村上淳子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

その恋、断固お断りします

2023/9/13配信

フェミニズムを背景に新たなヒロイン像を誕生させたラブコメ

 最近、大話題の韓流ラブコメといえば8月初めに最終回を迎えた『キング・ザ・ランド』(Netflix)でしょう。2PMのジュノと少女時代のユナ、K-POPスターのふたりがタッグを組んで、ホテルを舞台にオーナーの息子と有能なホテリエの社内恋愛模様を描き、グローバルランキング1位を獲得しました。『キング・ザ・ランド』(23年)がまさに韓流ラブコメ“あるある”王道の成功例だとすると、『その恋、断固お断りします』(23年)は“ないない”の異色の成功例です。

Netflixシリーズ「その恋、断固お断りします」独占配信中

 最悪の出会いからの契約恋愛、のちに本気になる展開はいつものパターンですが、イケメン俳優と弁護士、主演男女のキャラ設定が意外すぎる。

 なにしろヒロインのヨ・ミラン(キム・オクビン)がやたら腕っぷしが強く、男には絶対負けたくない勝ち気な性格。男尊女卑の父親に反発して自立できる仕事と武術を学んで強靭な腕力を手に入れたのです。ミランにとって男性と付き合うのは一種のサンプリング、自ら主導権を握り一夜限りの関係を重ねる肉食系。

 かたや人気俳優ナム・ガンホ(ユ・テオ)はかつて恋人に裏切られたトラウマから女性不信になり、プライベートでは嫌悪や蔑視発言を繰り出します。表面的には「メロ職人」「キス職人」ともてはやされ、共演者やスタッフへの対応の良さから「美談製造機」と評されますが実は大の女嫌い。共演する女性とのキスシーンの前は精神安定剤を服用して撮影に入るのがルーティン。終わった後はえずきながら歯磨きをするほどの苦痛を味わいます。

 そこで兄のように信頼する事務所の代表を相手役に見立てラブシーンの練習をしていたのを目撃され、ゲイという噂が広まってしまう。それをもみ消すためにミランと契約恋愛するという展開です。

Netflixシリーズ「その恋、断固お断りします」独占配信中

 ミランは女友達とシェアする高級マンションの家賃のために引き受けますが、男に負けたくない女と女性不信の男の契約恋愛は前代未聞。

 ミランは「女らしさ」や「女性だから」の常識を押し付けられることになにかと反発し、男尊女卑的な相手の言動はキッパリした態度で批判します。その台詞や対応には強いフェミニズム志向が現れています。

 実はそれも本作の重要な要素のひとつ。韓国では2016年5月に発生した「江南駅通り魔事件」(トイレで22歳の女性が面識のない34歳の男性に刺殺された)をきっかけに女性蔑視の男性に対して女性たちが声を上げ、それが世界的#MeTooの流れを受け、ジェンダー平等を求める動きやフェミニズム運動が盛んになりました。

 時事週刊誌『時事IN』の調査(2021年7月30日から8月2日まで、韓国の全国満18歳以上の男女2,490名を対象に実施したWeb調査)によると、20代女性の41.7%は「自分はフェミニストである」と回答。そこまでフェミニズムが根付いているからこそミランのようなヒロインが生まれたに違いありません。

 日常的にあるジェンダーバイアスや、家父長制による男尊女卑をエピソードに加えて批判し、いわゆる「女らしい」女性像とは逆の魅力的なミランに好意を持つガンホを描き、互いに尊敬し合える対等な男女関係を成立させたところが新規軸。

Netflixシリーズ「その恋、断固お断りします」独占配信中

 韓国ドラマのヒロイン像をガラリと変えたのは『私の名前はキム・サムスン』(05年)でした。それまではスリム美人で健気で控えめな女性が代表格でしたが、キム・ソナ演じるサムスンはふっくら体型で言いたいことはズバズバ発言。しかもヒョンビン演じる年下の御曹司と恋するという当時としては画期的な設定で、女性の容姿や年齢について画一的な価値観しか認めない風潮をコメディ要素を加え批判した本作は女性の共感を呼び爆発的な人気を呼びました。

 それから18年後、フェミニズムを背景にこんなヒロインのミランを誕生させた韓国ドラマ界、進化が止まりません。加えて、ミランが所属する弁護士事務所は芸能人を顧客としておりガンホは顧客。なのでふたりが反発しながら惹かれていく過程に、芸能人にまつわる依頼や事件、映画制作を絡めて、刺激的に盛り上げるストーリーラインもゴシップ的に楽しめます。社会的な要素にラブと笑いのフレイバーを振りかけ、仕上がりはクスクスが止まらない。『私の名前はキム・サムスン』にハマった人なら本作にハマること間違いなしです。

今回ご紹介した作品

その恋、断固お断りします

Netflixにて独占配信中

情報は2023年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ