村上淳子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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マスクガール

2023/10/19配信

外見至上主義をテーマにした女たちのノワール

Netflixシリーズ「マスクガール」独占配信中

 人間の価値を測るうえで外見を最も重要な要素とする考え方が「ルッキズム※」です。整形大国の韓国はこの外見至上主義がかなり高い国だといえます。
※見た目や容姿を意味する「Looks」と、主義を意味する「ism」を組み合わせた言葉。

 韓国の女優のなかには理想の美に近づくために別人に整形することもためらわない人もいます。二重まぶたにするのは整形に入らない。両親が大学入学のお祝いに整形手術をプレゼント。整形して美人になった娘のお見合いのために母親も同じ顔にするなど、韓国の驚きの整形事情も韓流ブームの影響でよく知られるようになりました。

 Netflix グローバルTOP10のテレビ部門(非英語部門)で1位を獲得した『マスクガール』は幼い頃から歌って踊る歌手を夢見るも不美人のため挫折し、ある事件を起こし転落するヒロインを描き、現代の韓国社会の行き過ぎたルッキズムを風刺した作品です。と、同時に親の呪いの言葉がいかに子供に影響を及ぼすか、母子関係の葛藤と母性愛を含めたサスペンス・ノワールとして描かれます。

 主人公キム・モミを整形前は新人のイ・ハンビョル、整形後を人気ガールズグループ『アフタースクール』のNANA、刑務所に入ってからは国民的女優コ・ヒョンジョンが演じ、全7話の1話ごとに各登場人物視点のストーリーに変わるという構成で、キャラクターの背景や心情が深く心に刺さります。

Netflixシリーズ「マスクガール」独占配信中

 モミは幼い頃はステージで喝采を浴びていましたが、ある時期から脇役であることを思い知らされます。幼いから「可愛い」と評価されていたのが、年頃になると「ブサイク」と認定されるように。しかも、美人の母親から「その顔で歌手はムリ」と否定される。

 しかし、スタイル抜群なのを活かして昼は地味な会社員、夜は顔をマスクで隠し得意のダンスで投げ銭を稼ぐ動画配信サイトのスター「マスクガール」になっていきます。

会社にも親にも秘密の副業でしたが、ファンの男と直接出会ったことで運命は暗転。その苦況からモミを救った会社の上司チュ・オナム課長も巻き込み殺人事件を引き起こすのです。

Netflixシリーズ「マスクガール」独占配信中

 このオナムも外見至上主義の犠牲者。それは彼のハンドルネームが「前世はウォンビン」(ヒョンビンではなく初代韓流四天王。念のため)からもわかるはず。身を粉にして息子を育てたシングルマザーの期待を背負ったひとり息子。背が低く太っていたためずっとイジメにあってきた彼は気配を消すことで生きのび、母親が望んだ医師にはなれず、結婚を急かす母親から逃れてひとり暮らし。リアルドールと「マスクガール」の配信を楽しみにするオタク生活を送っていましたが、オナムの屈折した想いが暴走し、モミは罪を重ねることになるのです。

 その後、モミと親友になるキム・チュネも不器量であることがトラウマでした。「私たちは双子のようだった。美しくなりたかった過去、心に負った傷、生まれかわりたい気持、生きてきた道がそっくりだった」(チュネ)

Netflixシリーズ「マスクガール」独占配信中

 地味な高校生のときコンビニにでバイトしていたチュネは初恋の同級生に優しい言葉でお金を巻き上げられていました。やがてアイドルとしてデビューした彼が、チュネのことを「口座」と呼んでいたことを知りどん底に落とされ、ある復讐を決行。整形して美人になったチュネは、彼と再会し一緒に住むことになるのですが…。

 整形後のモミを演じたNANAはパーフェクトに華やかな美貌の持ち主。チュネの整形後を演じたハン・ジェイもクールビューティーです。劇中、スタイルも抜群なふたりが揃って歌とダンスを披露するシーンは女性から観ても眼福で、ともすると美しさは素敵だと認めざるえない気持になります。それがルッキズムの罠と知りながら。

Netflixシリーズ「マスクガール」独占配信中

 一方、オナムの母キム・キョンジャは行方不明の息子を探すため、息子の名前をつけた「オナム食堂」をたたみ、モミの追跡を始めます。それが母性愛と執念の暴走となっていくのです。

 塾に行かなくても成績がいい息子に「医者になれる」、初めてスーツ姿を見て「ウォンビンみたい!」「普通のことを望んでるだけ」と結婚して早く孫の顔をみせることをたびたび要求していたキョンジャ。それらがすべて息子にとっては呪いの言葉になっていたことに気づかないまま。母親の期待値がそこまで高くなければ、息子は心穏やかに伸び伸び生きていたかもしれません。

Netflixシリーズ「マスクガール」独占配信中

 かたや、豪邸で家政婦を雇う生活をしているモミの母親は娘と縁を切り、孫(モミの娘)とも一切関わらせない暮らしを貫いていました。しかし、孫の危機に駆けつけて娘と一緒に助けることを選ぶのです。娘にも孫にも愛情がないわけではなかったのですが、残念なことにうまく表に出せず関係が硬直化してしまった。

 子供をルッキズムの罠に落とすのも逃すのも親の発言が大きく影響すると考えられます。もし、世間的に美しくない範疇であったとしても、子供が自己肯定感を保つ言葉をかけるべき。そして、呪いの言葉をかけないように務めることが重要だと本作は痛感させてくれます。

今回ご紹介した作品

マスクガール

Netflixにて独占配信中

情報は2023年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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