村上淳子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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涙の女王

2024/7/12公開

「愛の不時着」を超えた!? 究極の夫婦愛の行方

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 恋愛や結婚に関してよく言われるのは「愛は3年で冷める」説です。『愛はなぜ終わるのか』の著者でアメリカの人類学者ヘレン・E・フィッシャーは、人間の男女関係の研究に取り組み、「恋愛感情は3~4年で冷めやすい」という結果を導き出しているので、これには裏付けもあるといえます。

 そんな定説どおり3年で破局する夫婦が、その後真っ向から定説に抗うのが「涙の女王」です。

 異色の設定、先が読めないストーリーに沼落ちする人続出で、配信中のNetflix のグローバルランキングでトップに輝き、韓国ドラマの歴史を変えてきたケーブル局tvNの歴代視聴率でも、あの「愛の不時着」(2019年)を抑えて最高視聴率を叩き出しました。

 脚本は「愛の不時着」と同じくパク・ジウン。前作では敵対する北朝鮮と韓国の国境を超えた愛を描き、涙を誘いましたが、本作ではすべての夫婦にとって‟鬼門”ともいえる結婚3年目からの復活愛を描き感涙させてくれます。

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 ソウル大法学部出身で故郷の村では秀才と讃えられたペク・ヒョヌは一流デパートに就職。そこで、インターン生としてやってきたホン・ヘインと出会います。新人とは思えないほど態度がデカい上に、なにかとミスするヘイン。純朴で優しいヒョヌはそんなヘインを放っておけず世話を焼いているうちに恋に落ちます。実はヘインは、デパートを経営する財閥クイーンズグループの令嬢。その事実を知ったヒョヌはいったん身を引こうとしますが、ヘインの逆プロポーズによって身分の差を乗り越え、「世紀の結婚」を果たすのです。それから約3年、妻の実家で暮らしていたヒョヌは冷たい妻と義理の家族からのパワハラに耐えられなくなり、離婚を決意します。そんなときヘインが余命3カ月であることが判明して……!?

 数多くの韓国ドラマを観てきましたが、まず、財閥と結婚して散々スポイルされるのが夫であるのが意外。これまでヒロインがイジメられる作品は多々ありましたが、本作はまさに男女逆転。

 さらに、恋愛ドラマといえば契約恋愛、契約結婚の設定がありがちですが、夫婦関係が破綻したところからスタートするのにも驚かされ、いったいどこに着地するのか全く予想できませんでした。

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 妻へインが他界すると知ったヒョヌは、離婚を切り出すのを止めて3カ月だけ耐えればいいとホッとして妻に優しく接するうち、しだいに恋していた頃の気持を取り戻していきます。そして、心の底では互いを大切に思っているのに、すれ違い続けていたふたりが徐々に素直になり、愛が深まる様子を時にコミカルに時にシリアスに描きます。

 そこにヘインに横恋慕するNY帰りのウンソン、財閥の財産を根こそぎ狙う計画が絡められ、最終話までハラハラしっぱなし。

 そんな緊張感を緩めてクスッとさせるのが財閥と庶民の生活感覚の違い。はじめヒョヌはヘインを財閥の娘だと知らず、「実家は地元で農園とスーパーマーケットを経営している」と自慢気に語りますが、スーパーというよりよろず屋のような店でヘインは苦笑。

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 また、訳あってヒョヌの実家に居候することになったヘイン一家。弟はやかんの水が飲めず、「アルプス産のミネラルウォーターがほしい」と要望します。それに対して父親は「アルプス産でなくても、ドイツや豪州の水でも構いません、フィジー産でも」と筋金入りの財閥ぶりを見せつけ、ヒョヌの家族を唖然とさせます。

 もうひとり「愛の不時着」では、‟耳野郎”と呼ばれた盗聴者役のキム・ヨンミンが、ヒョヌの故郷の村で自給自足で暮らす無欲の男を演じ、ピュアでちょっととぼけた言動で和ませてくれます。

「いい作品を待っていた」と3年ぶりにドラマ出演したヒョヌ役のキム・スヒョンは、心情的に振り幅の大きいキャラクターを魅力的に表現。作品名を「涙の王子」に変えたいぐらい泣く演技が心を掴みます。パク・ジウン脚本家の大ヒット作「星から来たあなた」(2013年)の主演で中国まで人気を拡大した彼が再びタッグを組み大成功!待った甲斐があったというものです。

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 本作はパク・ジウン脚本家の新たな挑戦の心意気に満ちた作品です。離婚から始まり、余命宣告、記憶喪失、三角関係、復讐、復活愛とドラマティックに展開させながら、最終話は「愛の不時着」では到達しなかった究極の夫婦愛へと見事に着地。離婚が当たり前の世の中だからこそ、逆張りのラストが心に沁みます。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「涙の女王」

配信
Netflixで独占配信中

情報は2024年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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