地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
グレースの履歴
2023/4/11配信
粋な大人の世界に浸る
新ドラマが始まる谷間の3月後半、とても「粋」な作品に出合えました。
3月19日にスタートして、4月9日の放送で4回目となる「グレースの履歴」(NHKBSプレミアム・BS4K)。全8回の放送のようですので、ちょうど折り返したところです。BSということもあって、もしかするとまだお気づきでない方がいらっしゃるかもしれませんが、これからでも十分間に合います。日曜夜10時からですので、ウイスキーのグラスでも片手にゆったり見るのが似合う「大人のドラマ」です。自信をもってお勧めいたします。
希久夫(滝藤賢一)と美奈子(尾野真千子)は仲睦まじい夫婦でした。「でした」と過去形にしているのには、理由があります。ドラマの初回、いきなり美奈子は亡くなります。仕事に区切りをつけ、ひとり訪れたヨーロッパでバス事故に遭遇してしまったのです。妻をこの上なく愛する希久夫は、茫然自失で何をする気力も起こりません。
そんな時、彼の元にひとりの老弁護士(石橋蓮司)が訪れてきます。石橋さん、相変わらず実に味のある演技です。美奈子の遺言状を預かっているという弁護士。不慮の事故で亡くなっているはずなのに、なぜ遺言状?と思うところですが、実は彼女は夫に何も言わず、長年重い病と闘っていたのです。不妊治療をしていたことも、希久夫はその時初めて知るのでした。弁護士の話に驚きを隠せない希久夫。それはそうです。実際にそんなことが可能なのかと感じなくもありませんが、そのあたりもこの作品がしっかり練られているおかげで、視聴者も自然に受け入れられるはずです。
亡き妻は夫に遺産として「グレース」という愛称のスポーツカーを託します。希久夫は自動車免許を持っていなかったため、あわてて教習所に通います。悪戦苦闘して「マニュアル免許」に挑戦する描写など、思わず笑ってしまいます。シリアスなようでいて気持ちを柔らかくほぐしてくれるところがあるのも「グレースの履歴」の面白さです。滝藤さんや尾野さんはじめ、魅力ある俳優陣がそろえばこその効果でしょう。
ちなみに「グレース」というのは美奈子が名づけたクルマの愛称で、正式な名称は「ホンダS800」、「エスハチ」と呼ばれる往年の名車です。私自身、大のクルマ好きなのですが、たとえクルマにさほど興味がない方でも、「エスハチ」の美しさは、ドラマで見るだけでお分かりになると思います。公共放送のNHKではありますが、「HONDA」の文字を隠すことなく画面に出しているのは大正解でした。ドラマの原作・演出を手掛けた源孝志さん自身、原作の冒頭で、【本田宗一郎(本田技研工業創業者)が「エスハチ」という魅力的な車を作らなければ、この物語が書かれることはなかった】と記しています。もしこの名車のエンブレムを隠した状態で撮影がなされていたら、このドラマの「粋」はたちまち損なわれ、「無粋」なものになっていたことでしょう。
希久夫は、「グレース」のカーナビに、見覚えのない場所が履歴として残っていることに気づきます。美奈子は海外旅行に旅立つ前、国内のいくつかの場所を「グレース」で訪ねていたようなのです。不審な思いを払拭できない思いを抱えながら、彼は名車に「初心者マーク」を貼って、カーナビの履歴を辿る旅に出るというお話です。
神奈川県の藤沢に始まって、長野県の松本、さらには滋賀県の近江八幡などへとクルマを走らせていく道中、彼はさまざまな人と出会います。懐かしい人との出会いもあれば、まったく予期せぬ新たな出会いもあります。そこから希久夫は再び生きる力を取り戻し、同時に、美奈子の彼に対する深い愛を再確認するという流れではないでしょうか。なぜ「エスハチ」に「グレース」という愛称を彼女はつけたのか。そんなエピソードもそろそろ出てくる頃かもしれません。
今回ご紹介した作品
グレースの履歴
- 放送
- NHKBSプレミアムにて毎週日曜よる10時~放送中
毎週水曜よる11時~再放送中 - 配信
- NHKオンデマンドにてこれまでのエピソードを全話配信中
情報は2023年4月時点のものです。