影山貴彦さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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虎に翼

2024/7/22公開

NHK朝ドラの歴史を変える? 作品、ふたたび

 NHK朝ドラの歴史を変えたと多くの方から賞賛されているのが、宮藤官九郎さん脚本の「あまちゃん」(2013年)でしょう。東北・北三陸にある小さな田舎町を舞台に、海女さんを目指す主人公が、やがて地元アイドルとして活躍していく物語です。ヒロインの天野アキを演じていたのは、のん(放送当時・能年玲奈)さんでした。視聴率としては、特筆するほど高かったわけではありません。ですが放送中から「あまちゃん」の話題がメディア等でしばしば取り上げられるようになり、これまで朝ドラを見ていなかった層が、チャンネルを合わせ始めたのです。実は私もその一人でして、「あまちゃん」以来、朝ドラを欠かさず見続けるようになり今に至ります。今年62歳になりますので、朝ドラデビューは50歳を過ぎてからということになります。読者のみなさんは、朝ドラとどんな出合いをしているのでしょう?

 現在放送中の朝ドラが「虎に翼」です。ヒロインの寅子役を演じているのが、伊藤沙莉さん。実は今回、「あまちゃん」の時とよく似た現象が起こっています。メディアで取り上げられる頻度がとても高いですし、これまで朝ドラにさほど興味を示してこなかった人、とりわけ若い層が結構見ているようです。確かに大学の教え子たちに聞いてみると、「『虎に翼』、見てます!」と答える学生が、どの講義でも必ず数人います。ただ、ここで注意しなければならないのは、これまで朝ドラを見ていた若者の「母集団」自体がかなり少なめですので、「増えた」と言っても世代全体からすれば、大きな比率とはいえないのです。そのあたりもメディアはしっかり報じる必要があるかと思いますが、それを差し引いても、今回若者の朝ドラに対する注目度が増していることは間違いではないでしょう。

 さて、「虎に翼」をご覧になっていない方のために、かいつまんで内容をお伝えします。ドラマのタイトルになっている「虎に翼」は、もともと強いものにさらに勢いが加わるという意味です。そこからも強い主人公像が想像できるかと思います。寅子のモデルとなっているのは三淵嘉子さんという方で、日本初の女性弁護士の1人として活躍された人物です。次から次へと訪れる困難に決して屈することなく、新しい道を切り開き真っすぐ進むたくましさを備えており、やがては初の女性判事、そして家庭裁判所長を務められるのです。

 吉田恵里香さんの脚本がとてもみずみずしく、戦中戦後の時代からを描きながらも、そこに古臭さはありません。骨太な構成は現代にフィットしており、折に触れ社会への問題提起となるようなエピソードを挿入していきます。子役時代を描くことをせず、いきなり伊藤沙莉さんを初回からしっかり登場させたのも上手い展開でした。朝ドラは、ヒロインの幼少期を数週間に渡って描くのがひとつの定番ですが、そのパターンを取らないことで、視聴者を序盤からぐっと掴んだように思います。そのあたりのいわば変化球ですが、実は「あまちゃん」もそうで、ヒロインの幼少期は描いていません。その代わり、アキの母・春子を演じた小泉今日子さんの若い頃の役を有村架純さんが務めていました。有村さんにとっては、大きな人気を得るターニングポイントとなった作品となりました。

「虎に翼」における伊藤沙莉さんに凄みさえ感じながら欠かさず見ていますが、彼女の素晴らしいのは、どれだけシリアスな演技をしても、そこに行きっぱなしにならないということです。深みのあるところから、時に柔らかな笑いへと私たちを運んでくれるのです。その塩梅が素晴らしいのです。たくましい女性の生き方をテーマとした今回の朝ドラですが、伊藤さんの持つ絶妙な硬軟のバランスが、若い視聴者をも引き付けているのではないかと私は考えているところです。

今回ご紹介した作品

虎に翼

放送
NHK総合で月~金曜8時~

情報は2024年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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