地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
母の待つ里
2025/10/24公開
全4話、大人が楽しめる甘く切ないメルヘン
9月に韓国に出張し、放送界・エンタメ界で活躍する人たちのお話を数多く聴く機会に恵まれました。かつて韓国ドラマといえば、数十回以上続く大作が目立ったものですが、最近は10回以下の作品が多くを占めるようになったとのお話でした。日本もかつては2クール(半年間)のドラマが主流でしたが、今では半年続くドラマはNHKの朝ドラくらいになりましたね。そういう意味では1年かけて放送しているNHK大河ドラマは、今や異色中の異色といえるでしょう。
作品の長さと面白さは決して比例するものではありません。現在日本の連続ドラマは、全10回程度の作品がほとんどです。民放では、1回のみのスペシャルドラマが主に改編期に放送されることもあります。ここでも面白いのはNHKで、2回とか3回、4回程度のドラマを結構な頻度で放送しています。その中には、とても素晴らしい作品が目立ちます。リアルタイムでしかテレビを視聴できなかった時代と違い、今では見逃したり録画し忘れたとしても後日配信で見ることができます。本当に便利な時代になりました。
今日ご紹介するドラマもまさにそんな作品です。「母の待つ里」(全4回)。直木賞作家、浅田次郎さんの同名の小説が原作で、実は昨年NHK BSプレミアム4Kで放送され、高い評価を受けました。それを受け、今年の8月から9月にかけて地上波で放送されました。BSで評判の良かった番組を地上波で再び放送する手法は、最近NHKが得意とするパターンですが、私はとてもいいと思います。優れた作品をひとりでも多くの視聴者の目に触れるよう工夫することは、テレビ業界にとって意義深いことです。
さて、「母の待つ里」のイントロの部分を紹介致しましょう。未見の方は是非配信でご覧ください。
中井貴一さんが演じるのは、大手食品メーカーの社長・松永徹。独身で日々仕事に追われる孤独な中年です。ドラマ初回で、徹は東北の地に「母」を訪ねます。ここで不思議なことに、彼女の名前が思い出せないのです。認知症? あるいはミステリー? と思われた方も多かったでしょうが、そのいずれでもありません。実は彼、年会費が35万円もするクレジット会社のプレミアム会員になっており、そこが提供するスペシャルなサービス、「ふるさとを、あなたへ」に申し込んでいたのです。そのサービスとは、1泊2日50万円で、架空の「母」から安らぎを得るというものでした。「母」の名前が分からなくて当然ですよね。
「母」の名前はちよ。演じているのは名優・宮本信子さんです。面白いのは、村を走るバスの運転手も、お寺のご住職も、ご近所に住む村人も、いわばそれぞれ「役を演じている」ということです。そのため、思いもよらぬ出来事が起こると、「役者さん」たちは戸惑ってしまうのです。ただ、ちよは少し違っていて、サービスとは思えない極めて自然な立ち振る舞いをするため、ほどなく徹は彼女に深く癒されていくのでした。
徹と同じようにサービスに申し込む人が登場します。母を看取ったばかりの医師・古賀夏生役を、松嶋菜々子さんが演じています。母をしっかりと介護しないまま天国に旅立たせたことから、後悔の念を払しょくできずにいたのですが、夏生もまた「母」であるちよによって救われるのです。
もうひとり、ようやく定年退職したと思ったと同時に、妻から離婚届を突き付けられる男・室田精一役を佐々木蔵之介さんが務めています。私自身佐々木さんと年齢が近いこともあって、何だか身につまされる思いで、精一に声援を送っていました。最初はサービスにからかい半分だった彼もまた、どっぷりとちよの愛情に包まれていくのです。
そんな共通の「母」を持つ3人がどのように互いに関わっていくのか。ちよが抱えていた秘密は何なのか。甘く切ない大人のメルヘンをたっぷりと堪能していただきたいと思います。
今回ご紹介した作品
母の待つ里
- 配信
- NHKオンデマンドにて配信中
情報は2025年10月時点のものです。














