成馬零一さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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First Love 初恋

2023/01/20公開

宇多田ヒカルの名曲にインスパイアされた珠玉のラブストーリー

 2022年11月24日にNetflixで配信された『First Love 初恋』は、宇多田ヒカルが1999年に発表した「First Love」と2018年に発表した「初恋」の2曲と、同タイトルの2枚のアルバムにインスパイアされた全9話の連続ドラマだ。

 物語は、野口也英と並木晴道のラブストーリー。
 野口の少女時代は八木莉可子が、大人になった姿は満島ひかりが演じ、並木の少年期は木戸大聖が、大人になった姿は佐藤健が演じている。

 舞台は90年代末から始まり、00年代、10年代と移り変わり、その時代ごとのカルチャーや社会的事件が背景として描かれる。

 劇中では、高校で出会った二人の馴れ初めと、現在(2018年)、タクシー運転手として働いている也英と、警備員として働いている晴道の物語が同時進行で描かれるのだが、観ていて驚くのが、現在と過去の自然な切り替わり方。

 映像の質感は同じまま、テロップなども最小限に抑えているため、最初は切り替わる度に、劇中の時間が、現在なのか過去なのかわからず、混乱した。

 テロップと台詞であらゆることを説明する日本のテレビドラマに慣れていると、物語についていくだけでも一苦労である。だが、慣れてくると、言葉による説明を最小限に止め、映像と音楽で現在と過去をつなぐ映画的手法が、どんどん心地よくなっていく。

 冒頭、「誰かが言った。“人生はまるでジグソーパズルだ”と」という也英のモノローグが語られるのだが、本作の構造自体が、ジグソーパズルのようである。

 つまり、也英と晴道の人生の記憶を一度バラバラに解体した上で、断片の一つひとつをパズルのように埋めていくという作劇構成だ。

 二人の初恋を描いた過去編は、宇多田ヒカルのアルバムや映画『タイタニック』といった当時の大ヒット作が二人の共有する大切な思い出として描かれ、甘酸っぱい青春ドラマが展開される。

 だが2018年の時点で、二人は別々に暮らしている。
 二人に何があったのか? これが大きな謎として提示されるのだが、欠けたピースが気になって、どんどん続きが観たくなる。

 同時に興味深いのが、過去パートと現在パートが同じ比重で描かれていることだ。
 そのため、本作の時間は一直線に繋がっているのではなく、その時代ごとに也英と晴道がいて、別々に存在しているようにも見えてくる。

 過去と現在が混濁して見えるのはその描き方のためだが、おそらくこの記憶の混濁こそ、本作は1番描きたかったのだろう。

『First Love 初恋』の監督と脚本を担当したのは寒竹ゆり。
 彼女は岩井俊二を師事する映像作家だが、本作を観ていると岩井作品の影響を強く感じる。

 特に映画『Love Letter』の影響は大きく、北海道という舞台や現在と過去を行き来する構成。淡い光や逆光が画面全体を覆っている少女漫画的な手触りなど枚挙に暇がない。
 何より、影響を強く感じるのが、記憶に対するアプローチだ。

 岩井俊二の映画は「懐かしい」とよく言われる。
 だが、その懐かしさは特定の時代の風俗を精密に描いているからではなく、子どもの時に感じていた世界に対する漠然とした不安をカメラワークによって可視化するからである。
 そのため、劇中の懐かしさはとても主観的なもので、他人の記憶の中を見せられているような、ゆめうつつとしたものになる。

 寒竹ゆりは、そんな岩井俊二の持つ映像の手触りを引き継いでいる。だから本作の映像は也英の頭の中を覗いているかのように、現在と過去が混濁しているのだ。
 また、物語の核に音楽がありMV的に見える映像も『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』といった架空のミュージシャンが劇中に登場する岩井の映画を彷彿とさせる。

 だが、岩井と違い架空のアーティストではなく、宇多田ヒカルという“実在する”国民的アーティストの曲を配置したことで、本作の背後には、平成~令和の日本という強い歴史性が生まれている。

 その結果、本作は80年代末に盛り上がったトレンディドラマのアップデート版とも言える時代の空気を取り入れた王道ラブストーリーとなっているのだが、同時にとてもパーソナルな作品にも見える。

 これは也英を演じる満島ひかりの芝居によるところが大きい。

 満島ひかりの芝居は、笑っていても悲しそうで、悲しんでいるようでも、どこか楽しそうといった、相反する感情が同時ににじみ出るものが多い。
 そのため、全ての芝居に意味があるようにも見えるし、何の意図もなく、ただ存在しているだけのようにも見える。

 大人になった也英の存在自体が最大のミステリーとして描かれているため、彼女の芝居も謎めいていると言えばそれまでだが、次から次へと見せ場が続く波乱万丈のラブストーリーが悪い意味でカタログ化して流れて行かないように、満島は演技の力で作品を支え、ドラマとして成立させようとしているようにも見える。

 時代の激流を真正面から受け止めると同時に、複雑な表情で受け流していく彼女の芝居もまた、本作の大きな魅力である。

今回ご紹介した作品

First Love 初恋

Netflixで独占配信中

情報は2023年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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