成馬零一さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

連続ドラマW フェンス

2023/03/22配信

野木亜紀子脚本・沖縄の現実を綿密な取材を基に描く社会派ミステリ

 野木亜紀子が脚本を手掛ける『連続ドラマW フェンス』(WOWOW)は、沖縄を舞台にしたクライムサスペンスだ。
 物語は元キャバクラ嬢のライターの小松綺絵(松岡茉優)が、沖縄へ向かう場面からはじまる。彼女の目的は、米兵による性的暴行事件の被害を訴えるブラックミックスの女性・大嶺桜(宮本エリアナ)を取材して、真相を確かめること。
 日米地位協定の影響で米軍の犯罪に対する起訴率は極端に低いことから、沖縄県警が捜査に及び腰になっているのではないかと綺絵は疑うが、キャバ嬢時代に常連客だった警察官・伊佐兼史(青木崇高)の話を聞き、大嶺桜の供述には不審な点が多いことを知る。

 その後、事件の容疑者である「蛇の絵がプリントされたTシャツ」を着た男を探そうとする綺絵だったが、沖縄が抱える複雑な現実に直面することになる。

 『アンナチュラル』(TBS系)や『MIU404』(同)といったドラマで知られる野木亜紀子は、近年、もっとも注目されている脚本家だ。
 彼女の脚本の魅力は、社会性の高いテーマを描くメッセージ性とエンターテインメント性を両立するバランス感覚。
 『フェンス』もまた、沖縄と性的暴行という難しい題材を、クライムサスペンスという枠組の中に落とし込んでおり、警察や米軍との政治的駆け引きや、謎が謎を呼ぶミステリードラマとしても面白い。
 何より主人公の綺絵がとても魅力的である。
 元キャバクラ嬢で3流雑誌のライターとして食いつなぐ日々を送る中で、男社会に蔓延する女性差別に怒りを抱えている綺絵は、これまで優等生的な主人公が多かった野木亜紀子作品にはいなかった、バイタリティ溢れるたくましい女性だ。
 綺絵を演じる松岡茉優は、野木亜紀子作品の出演は初めてだったが、二人の相性はバッチリで『フェンス』の世界にハマっている。

 物語は綺絵の視点で進んでいくのだが、ミステリードラマにおける探偵の役割を担う彼女が、沖縄を歩いて犯人を探し回る中で、日米地位協定や米軍基地の辺野古移転における埋め立ての問題や、性的暴行事件の背後にある男社会の問題に迫っていく姿を追うことで、視聴者も理解を深めていくことができる作りとなっている。

 物語は高村薫や桐野夏生が描く社会派ハードボイルド小説のテイストに通じるものがあり、長編小説ならば直木賞を受賞するレベルの仕上がりだ。

 また、主人公がライターということをあってか、本作はジャーナリスティックな作品で、ニュースや書籍だけではわからない米軍基地が存在する沖縄の現実が綿密な取材を基に描かれている。
 これはプロデューサーの北野拓の取材力に寄るところが大きい。
 NHKに所属する北野は、新人時代にNHK沖縄放送局に在籍しており、その時に得た知見が強く反映されている。

 野木と北野は2018年に『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』(NHK)というドラマを手掛けている。本作はインスタントうどんに青虫が入っていたという異物混入事件をきっかけに、加熱していくマスコミ報道やSNSの狂乱と、その背後で蠢く企業や政治家の思惑を描いたサスペンスドラマだ。
 前後編で2時間弱という短い尺の中に大量の情報が詰め込まれ、物語が二転三転する様子は、ネット上に噂や虚偽を用いた扇動が溢れることで現実に影響を与えるインフォデミックの混乱を可視化することに成功したドラマだった。
 何より本作が優れていたのは、正しいことを成し遂げたいという善意が政治利用されてしまう構造を描いていたことだ。
 『フェンス』もまた、米兵による性的暴行事件が政治利用されてしまうことで、弱者にしわ寄せが向かう危険を、第一話で提示している。
 この視点があることによって本作に対する信頼感は一気に高まった。

 立場が弱い者に暴力は向かうという社会構造が、本作では日本とアメリカの間で犠牲になる沖縄と、男社会の犠牲になる女性の姿と重ねられている。

 この構造を初回で提示した本作が、どのような結末にたどり着くのか楽しみである。

今回ご紹介した作品

連続ドラマW フェンス

放送
WOWOWにて毎週日曜よる10時~放送中
再放送 第1話 3/26(日)午前9時~ほか
配信
WOWOWオンデマンドにて第1~2話配信中。

情報は2023年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ