成馬零一さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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あまちゃん

2023/04/18配信

再放送が大反響。放送10年、社会はどう変わったか?

 4月からNHK BSプレミアムで連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あまちゃん』の再放送が始まり、新たな盛り上がりをみせている。

 『あまちゃん』は2013年上半期に放送された朝ドラだ。主人公は能年玲奈(現・のん)が演じる少女・天野アキ。物語は2008年から始まり、離婚した母の春子(小泉今日子)に連れられて、母の実家がある岩手県北三陸に帰省するところから始まる。春子にとっては、何もない田舎の北三陸だったが、初めてみるアキにとっては何もかもが新鮮だった。やがてアキは海に潜る祖母の夏(宮本信子)のかっこよさに惹かれて海女(あま)の仕事を始めるようになる。

 タイトルの「あまちゃん」には海女と、アマチュアの二つの意味が重ねられている。
 海女の仕事をしながらアキは北三陸の高校に通う一方、友人の足立ユイ(橋本愛)とローカルアイドル・潮騒のメモリーズを結成し、やがてアイドルになるために上京することとなる。アキの目的はコロコロと変わり、その都度、春子に叱られる。しかし、本作は次々と楽しそうなものに飛びついていくアキのアマチュアリズムを肯定的に描いている。

 朝ドラというとヒロインの成長物語を描くものだが、アキの人生は、アイドルになるために84年に上京した若き日の春子(有村架純)の物語をなぞっている側面が大きく、彼女自身の物語は空っぽで希薄だ。しかし空っぽだからこそ彼女は何者にでも成れるし、どこにでも行ける。そして、そんなアキの姿に影響を受けて周囲の人々も少しずつ変わっていく。

 脚本は宮藤官九郎。2000年代に『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)や『木更津キャッツアイ』(同)といったドラマで高く評価された宮藤は、情報量の多い若者向けの尖ったドラマを書く脚本家というイメージが強かった。

 そのため、老舗の国民的ドラマ枠である朝ドラを書くと知った時は、相性が悪いのではないかと心配だったが、放送が始まるや否や『あまちゃん』は話題となり、社会現象となった。
「笑い」が基調にある宮藤の作風は朝ドラにうまくハマった。プライムタイムの連続ドラマでは過密に感じた情報量の多さも、一話15分の中に少しずつ散りばめられると程よいユルさとなって見やすくなった。マニアックな小ネタもSNSで共有されることで毎回話題となった。『あまちゃん』を書いたことで宮藤官九郎の立ち位置は大きく変わり、日本を代表する国民的作家へと成長した。

 歌あり笑いありのコントバラエティのように楽しめる『あまちゃん』だが、物語は重層的で、テーマは海のように深い。物語は、暗くふさぎ込んでいたアキが海女とローカルアイドルを経験したことで、元気を取り戻していく姿を描いた北三陸編、東京でアイドルとして揉まれながら、母の物語をなぞっていく東京編、そして、2011年3月11日の東日本大震災に直面したアキたち北三陸の人々の姿を描く震災復興編の三部構成となっている。

 テレビを中心とした80年代のアイドル文化と対比する形でインターネットを中心とした10年代のライブアイドルカルチャーの勢いを取り入れると同時に、まだ震災の記憶が生々しかった時期に、3.11で描いたことで、『あまちゃん』は2010年代を代表するテレビドラマとなった。

 放送から10年が経ち『あまちゃん』で楽しく描かれた世界は大きく変容した。

 2020年の新型コロナウィルスの世界的流行によって人の移動が制限されたことで、ライブアイドルカルチャーも、ご当時グルメを打ち出す観光産業も大打撃を受けてしまった。また『あまちゃん』では人と人を繋なぐ手段として肯定的に描かれていたインターネットは、生活に欠かせないインフラへと変わったが、SNSはネガティブな情報が渦巻く制御不能な空間に変貌しつつある。

 だが、2023年に入り、ライブハウスの収容人数制限は条件付きで緩和され、地方の観光客も戻りつつある。このタイミングで放送される『あまちゃん』は、私たちの目にどのように映るのか? 毎朝、楽しく見届けよう。

今回ご紹介した作品

あまちゃん

放送
BSプレミアム・BS4Kにて毎週月~土曜 朝7時15分~
BSプレミアム・BS4Kにて毎週日曜 朝9時~1週間分6話再放送
配信
NHKオンデマンドにて全話配信中

情報は2023年4月時点のものです

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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