地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
御手洗家、炎上する
2023/08/02配信
経済大国の座から滑り落ちた現在の日本人の気分を反映したホームドラマ
Netflixシリーズ『御手洗家、炎上する』独占配信中
山田太一脚本の『岸辺のアルバム』(1977年、TBS系)や遊川和彦脚本の『家政婦のミタ』(2011年、日本テレビ系)など、日本のテレビドラマにはホームドラマの名作が多く、放送された時代の空気が強く反映されてきたが、現在の気分をもっとも反映しているホームドラマは、7月13日からNetflixで全話配信がスタートした『御手洗家、炎上する』ではないかと思う。
本作は、2017〜21年に女性向け月刊漫画雑誌「Kiss」(講談社)で藤沢もやしが連載した同名漫画をドラマ化したサスペンステイストのホームドラマだ。
舞台は代々、病院経営を営む御手洗家。主人公の村田杏子(永野芽郁)は、山内しずかという偽名を用いて、家事代行として御手洗家に潜入する。
彼女の目的は、セレブ妻の読者モデル・御手洗真希子(鈴木京香)に復讐することだった。
杏子は御手洗家の父・治(及川光博)の娘だったが、13年前に起きた自宅兼病院が全焼した事件をきっかけに、家族は離婚。杏子は妹の柚子と共に母親の皐月(吉瀬美智子)に引き取られ、村田杏子として庶民的な暮らしを送っていたが、皐月の友人だった真希子が、家に火を付けたのではないかと、疑っていた。
火事のショックで心身を病んで入院している母親の汚名をはらすため、杏子は家事代行として豪邸の清掃や料理の仕事をこなしながら、真希子が火事の犯人である証拠を探っていく。
彼女は妹の柚子(垣松祐里)と、山内しずかという本名を杏子に貸しているクレア(北乃きい)と共にチームを組んで、御手洗家の秘密を探っていくのだが、杏子たち村田家と対比されるのが、現在の御手洗家の面々だ。
セレブ妻の真希子と海外の商社で働いていることになっている長男・希一(工藤阿須加)と医大生の次男・真二(中川大志)は、表向きは華やかなセレブファミリーに見える。しかし、希一は実は引きこもりで、彼の存在を真希子が世間から隠そうとしていることが原因で、家族内には軋みが生まれていた。
父親の治を間に挟んだ、杏子たち村田家と、真希子たち渡家の新旧の御手洗家の対比で本作は進んでいくのだが、豪邸を舞台に二組の家族の衝突を描いた物語は、第92回米アカデミー賞で作品賞を受賞したポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』を彷彿とさせる。
だが、坂の上で暮らす富裕層の家族と半地下で暮らす貧困層の家族の対決という格差社会の縮図が強く提示された『パラサイト』と比べると、『御手洗家、炎上する』で描かれる、新旧、御手洗家の物語は複雑に捻れている。
杏子たち村田家がお金持ちの富裕層の生まれなのに対し、シングルマザーで二人の息子を抱える真希子は、火事をきっかけに、治と結婚しセレブ妻としての現在の地位を獲得した。つまり『パラサイト』で描かれた貧困家族によるセレブ家族への寄生(パラサイト)が本作では成功し、真希子たちに御手洗家を乗っ取られた状態から物語は始まるのだ。
つまり本作は『パラサイト』とは逆に、貧困層の家族に全てを奪われ没落した富裕層の逆襲を通して、家族の再生を描いているのだ。杏子が悪戦苦闘する姿は、経済大国の座からじわじわと滑り落ちていくことに手をこまねきながらも、復活の糸口が見出せない現在の日本人の気分を反映していると言えるだろう。
新旧の御手洗家は、鏡で反転させたように対比されるのだが、当初は対立関係に思えた双方の家族は、杏子の行動がきっかけで、予想外の姿へと変わっていく。
何より面白いのは、真希子と杏子の関係だろう。真希子の信頼を獲得して懐に入り込むために、杏子は家の中の掃除や料理だけでなく、テレビ出演する際のイメージ戦略にも協力するマネージャー業務にも関わるようになっていき、やがて彼女の片腕とでもいうような存在へと変わっていく。
その姿はマフィア組織の中に潜り込んだ刑事が組織内で出世していく姿を見ているようで、二重スパイの物語としても楽しめる奥行きの深さが、本作の魅力である。
今回ご紹介した作品
御手洗家、炎上する
Netflixにて独占配信中
情報は2023年8月時点のものです。