地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
いちばん好きな花
2023/11/23配信
若者たちの気分を掬い上げた時代の最先端をゆくドラマ
『いちばんすきな花』(フジテレビ系)は、34歳の塾講師・潮ゆくえ(多部未華子)、36歳で出版社勤務の春木椿(松下洸平)、26歳の美容師・深雪夜々(今田美桜)、コンビニでアルバイトをしながらイラストレーターを目指す27歳の佐藤紅葉(神尾楓珠)の物語だ。
椿の家の前で偶然出会った四人は、椿の家を部室のようにして集まるようになっていく。
周りの空気を読んで生きてきた四人は、幼少期から「二人組」を作るのが苦手だという悩みを抱えていた。
例えば、ゆくえには赤田鼓太郎(仲野太賀)という高校時代からの親友がいたが、婚約者の白石峰子(田辺桃子)からゆくえと二人で会うなと言われた赤田に「もう会えない」と言われてしまう。親友として赤田と会っていたゆくえは「しょうもな…」と呟く。
逆に椿は、二人組になりたいと思った相手とうまくいかないことが多く、婚約者の小岩井純恋(臼田あさ美)とも、彼女が男友達と浮気したことが原因で、別れてしまう。
一方、夜々の悩みは男性から女として見られて勝手に恋愛感情をもたれ、同性からは嫉妬されることで、第一話でも同僚の相良大貴(泉澤祐希)に悩みを相談するために一緒に飲んだら恋愛感情を持たれ、そんな気はないと拒絶すると「友達っていうのを自分が男と遊ぶ言い訳にするの良くないよ」と言われてしまう。
そして、紅葉は誰ともでも仲良くなれるが、一対一で向き合ってくれる人がいない。ルックスが良いため、友人からはナンパや合コンの時に女の子を引っ掛ける時に呼び出す「(人寄せ)パンダ」にされていた。
「二人組を作るのが苦手」と言っても苦手な理由はそれぞれ違うし、誰もが共感できるというものではない。
妻の立場ならゆとりの振る舞いは無神経だし、椿は繊細を通り越して神経質で、いっしょにいると疲れそう。夜々と紅葉の悩みは美男美女だからこそぶつかっている贅沢な悩みだと、切り捨てることもできるのだが、おそらく本作が描きたいのは、他人に共感してもらうことが難しい悩みを抱えた四人の姿なのだろう。
第6話で、ゆくえと夜々の間で「男女の友情は成立するのか」という話になった際に「人それぞれ」という結論に達し「他人の価値観に理解なんてできないよ。知ってくれたらいい。干渉しなければいい」とゆくえが言う。この台詞は、本作が描こうとしている価値観を強く表している。
本作の脚本を担当する生方美久は、2021年のフジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、2022年に初めての連続ドラマとなる『silent』(フジテレビ系)の脚本を執筆し、大きく注目された。
『silent』では、ろう者と聴者が手話やスマホのアプリメッセージを使ってやりとりする姿を魅力的に描くことで「音のない静かな世界の豊かさ」が表現されていたが、『いちばんすきな花』でゆくえ達が話す会話のトーンもとても静かなものとなっている。
四人は丁寧な口調でできるだけ冷静に話そうと心がけており、相手が抱え込んでいる他人と共有することが難しい複雑な気持ちに静かに耳を傾け、受け止めようとする。
この静かなトーンが生み出す優しい世界こそが、生方美久の脚本の最大の魅力だ。
若者にしか聞こえない高い高周波域の音をモスキート音と呼ぶが、『いちばんすきな花』はモスキート音のようなドラマだ。
ゆくえ達四人に近い年齢で、同じようなことに悩んでいる人は「これは私のために作られたドラマ」だと感じ、作品世界に没入できる、しかし、彼らよりも年上で、描かれる悩みにピンとこないと、宇宙人の生態を見ているかのうな理解しがたい世界に思えて、入り込むことが難しい。恋愛ドラマという型がしっかりと存在していた『silent』に比べると、観念的な悩みを扱ったわかりにくいドラマだ。
だが、演技や演出から漂う静かなトーンには、2023年現在の空気がはっきりと刻印されている。若い人たちが漠然と感じている気分を掬い上げた、時代の最先端をゆくドラマであることは間違えないだろう。
今回ご紹介した作品
いちばん好きな花
- 放送
- フジテレビ系で毎週木曜22時~放送中
- 配信
- FODで過去回を全話配信中、TVerで最新話を1週間無料配信中
情報は2023年11月時点のものです。