地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
イシナガキクエを探しています
2024/5/27配信
「失踪者を公開捜査」という設定のフェイクドラマ
テレビ東京系で深夜に放送されていた『イシナガキクエを探しています』(以下『イシナガキクエ』)は、最近のテレビでは深夜枠でも見ることが難しくなったいかがわしい空気が立ち込めた番組だった。
本作は55年前に失踪した「イシナガキクエという女性の情報を知りませんか?」と視聴者に呼びかける特別公開捜索番組。今年の2月に84歳で亡くなった米原実次さんからの申し入れを受けて、テレビ東京が捜索特番を製作した。
イシナガキクエさんは昭和22年生まれ。中肉中背で小柄の女性で、生きていれば現在76歳。会話は何らかの理由でできないという。唯一の手がかりとなる白黒写真は劣化しており、顔もぼやけていてわからない。AIで補正することで画質ははっきりしたが、目の部分が潰れておりどこか不穏である。
司会は安東弘樹、ゲストはお笑い芸人のサーヤ(ラランド)と元警視庁捜査一課の神崎一郎。彼女が失踪した理由は不明で、何か事件性があるのではないか? と生前に米原さんを取材した映像を交えて考察していく。
番組セットの背後では大勢のオペレーターが電話対応しており、視聴者にイシナガさんについての情報提供を呼びかける代表番号が表示され、実際に視聴者の証言や撮影した動画が挟み込まれ、終始不穏な空気が立ち込めているのが「この番組はフィクションです。実際の人物・団体・事件とは一切関係がありません」というテロップが最後に表示される。
最後まで観るとやっとわかるのだが、本作は特別公開捜索番組を装ったドラマ(フィクション)で、TXQ FICTIONというフェイクドキュメンタリーを放送する新設枠の第一弾だ。
フェイクドキュメンタリーとはホラー映画で多用される手法で、映画やテレビの取材でビデオカメラを回していたら恐ろしい出来事に遭遇してしまったという体のフィクションだ。
魔女伝説を題材にしたドキュメンタリー映画を撮影していて行方不明になった三人が撮影したフィルムを編集して映像化したダニエル・マイリック、エドゥアルド・サンチェス映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』、都市伝説や怪奇現象を調査する映像制作会社の取材スタッフが口裂け女や河童を捕まえようとする白石晃士監督のオリジナルビデオシリーズ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』、ある事情で放送禁止になった映像を再編集して放送した長江俊和監督のテレビ番組『放送禁止』(フジテレビ系)が有名だが、『イシナガキクエ』は「特別公開捜索番組」を模したフィクドキュメンタリーとして3週に渡って放送された。
本作の演出・プロデューサーの大森時生は、架空のバラエティ番組を下敷きにしたホラーを得意としている、
奥様応援バラエティ『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』、過去の番組を録画したビデオテープを視聴する『このテープもってないですか?』、「偉くなるためのハック」を紹介するビジネス番組『SIX HACK』といった大森の番組は、よくあるバラエティ番組としてスタートするが節々に違和感があり、その違和感がやがて全体を侵食していく。そのため、擬似的な放送事故を毎回起こしているようにも感じる。フェイクドキュメンタリーと謳っているため、フィクションの枠には収まっているのだが、番組として成立するギリギリの線を綱渡りしている緊張感が常に存在する。
また、今回の『イシナガキクエ』には皆口大地、寺内康太郎、近藤亮太といったホラーを得意とする映像作家が演出として参加しており、ホラーテイストが更に深まっていた。
何より面白かったのは、視聴者の情報提供によってイシナガキクエという女性の輪郭が浮かび上がっていく様子で、まるで都市伝説が生まれる過程に立ち会っているような不穏な気配に満ちていた。今回は全3話という短さだったが、この番組が長く続いていたらイシナガキクエの実在感はより深まっていたのではないかと思う。架空の人物を捏造するテレビを用いた、いかがわしい遊びとしても面白いドラマだった。
今回ご紹介した作品
イシナガキクエを探しています
- 配信
- ネットでテレ東、TVer、U-NEXTなど
情報は2024年5月時点のものです。