地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
海のはじまり
2024/8/23公開
静寂の波紋-海が繋ぐ父と娘の物語
月9(フジテレビ系月曜夜9時枠)で放送されている『海のはじまり』は、自分に娘がいることを知った青年が父親になろうと悪戦苦闘するドラマだが、静かな映像が生み出す緊張感に毎週圧倒されている。
印刷会社で働く月岡夏(目黒蓮)は、大学時代に付き合っていた南雲水季(古川琴音)が亡くなったことを知り葬儀に参列する。そこで夏は水季の母親・朱音(大竹しのぶ)から、6歳になる水季の娘・海(泉谷星奈)が自分の子供だと知らされる。
夏は大学時代に水季から妊娠したと告げられ、人工妊娠中絶の同意書にサインしてほしいと言われた。水季に言われるまま夏はサインしたが、その後、水季は大学を辞め「夏君より好きな人できちゃった」と電話越しに別れ話を切り出される。夏は水季が子供を堕ろしたと思いこんでいたが、実は水季は夏の子供を産み、一人で育てていたのだ。
本作を観ていると「もしも中絶したと思っていた子供が別れた恋人の手で育てられており、その存在を突然知らされたとしたら、自分はどうすればいいのか?」と夏の立場になって考え込んでしまう。
痛いほど伝わってくるのが、海に対してどう振舞っていいのかわからず戸惑っている夏の心境だ。
夏は自分で物事を選ぶことが苦手で、いつも返事を曖昧にして相手の選択に合わせてしまう。実際、水季に中絶すると言われた時もちゃんと話し合わず、彼女に押し切られる形で同意のサインをしてしまった。自分の気持ちを押し付けないのは彼の優しさだが、選ぶという判断を相手に預けてしまう弱さでもある。
めんどくさいことが嫌で波風を立てずに穏やかに暮らしていきたいというのが夏の生き方だった。しかし、水季が残した自分の娘・海と向き合い父親になろうと決意することで彼は少しずつ変わっていく。
本作の脚本を担当する生方美久は現在、もっとも先鋭的なテレビドラマを紡ぐ新進気鋭の若手脚本家だ。
2021年に第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞した生方は、プロデューサーの村瀬健に抜擢され、2022年に初めての連続ドラマ『silent』(フジテレビ系)を執筆。手話とメッセージアプリを通してお互いを理解しようとする聴者とろう者の恋愛を描いた本作は反響を呼び、多くの若者から支持された。
翌年(2023年)には、再び村瀬と組んで連続ドラマ『いちばんすきな花』(同)を手がけた。本作は「二人組」を作るのが苦手な男女4人の物語で、現代を生きる若者の生きづらさが静かな語り口で吐露される異色の群像劇となった。恋愛ドラマという枠組みがはっきりとしていた『silent』と比べると人を選ぶ間口の狭い作品だったが、一部の視聴者からは熱狂的な支持を受けた。彼女の作家としてのポテンシャルは本作で証明されたと言って間違えないだろう。
そして今回の『海のはじまり』は、『silent』で佐倉想を演じた目黒蓮とチーフ演出を務めた風間太樹が参加している。そのため、台詞の切れ味が全面に出ていた『いちばんすきな花』よりも『silent』に近い作風となっている。
今作で生方は、モノローグとナレーションを使わず、説明的な台詞は可能な限り削っている。その結果、『silent』で確立された静かで淡々としたやりとりの中で生まれる緊張感はより強まっており、濃密な映像体験を毎話生み出している。
古川琴音、有村架純、池松壮亮、大竹しのぶといった実力派俳優がみせる静かなやりとりの中に込められた気迫の込もった演技は見るものを圧倒するが、名優たちの演技と対峙した時に見せる目黒蓮の受けの芝居が一番印象に残る。
夏は相手の問いかけに即答するのが苦手だが、何も考えていないわけではなく、ゆっくり丁寧に考えた上で、自分なりの結論を出そうとする。だから初めは優柔不断で逃げ腰に見えるのだが、実は誰よりも誠実に物事と向き合おうとしている。
見どころ盛りだくさんの『海のはじまり』だが、何より夏のような寡黙で優しい青年の魅力を描こうとしていることこそが、本作最大の美点だと感じる。
今回ご紹介した作品
海のはじまり
- 放送
- フジテレビ系で月曜21時~
- 配信
- FDO、TVer
情報は2024年8月時点のものです。