地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった
2025/4/14公開
香取慎吾主演、現代のポピュリズム政治に一石を投じる
SNSや投稿動画の切り抜きといったネットメディアを戦略的に使用する政治家たちが影響力を見せるようになったことで、多くの人々が政治に関心を持つようになってきている。そんな時代の変化に誠実に対応しようとした連続ドラマが『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系)だ。
本作は、フリーの政治ジャーナリスト・大森一平(香取慎吾)が、区議会議員選挙に出馬する物語だ。一平はテレビ局でニュース番組のプロデューサーとして活躍していたが、パワハラ容疑をかけられたことでテレビ局を退社し、起死回生の一手として政界進出を目論む。そのために、義理の弟・小原正助(志尊淳)と彼の娘のひまり(増田梨沙)と息子の朝陽(千葉惣二朗)と同居し、育児をサポートする様子をSNSに投稿することで、生活者目線を持った政治家として高感度を高めるためにニセモノのホームドラマを演じようとする。
香取慎吾がフジテレビのドラマで主演を務めるのは11年ぶりだが、本作を観ていると、『人にやさしく』や『薔薇のない花屋』といった香取が主演を務めたフジテレビのホームドラマを思い出す。
また、第5話では一平が保育園の手伝いをするのだが、そこで香取がバラエティ番組で演じたキャラクター・慎吾ママが使っていた「おっはー」という挨拶を一平が使う場面が登場する。そのため、元SMAPという国民的アイドルの香取が選挙に出たらどうなるのか? というシミュレーション番組を観ているかのようで、政治家がSNSを通してアイドル化して推し活と似た熱狂を獲得している現在のポピュリズム選挙を描くにあたっては、完璧なキャスティングだと言えるだろう。
一方、本作のプロデューサー・北野拓はNHK出身で、これまで野木亜紀子脚本のドラマ『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』(NHK)や『連続ドラマW フェンス』(WOWOW)といったドラマを手掛けている。綿密な取材をもとに作り上げる社会派ドラマを得意としている北野は、ジャーナリスト的なアプローチを得意とするドラマプロデューサーで、ニュース番組のプロデューサーだった一平の経歴とどこか重なるものがある。
子供たちと暮らすようになった一平は、子育て世帯の家族を取り巻く様々な困難を知っていく。第5話では、保育園の重労働に耐えかねた保育士たちがストライキを行う姿が描かれ、第8話では、地域の学童保育が突然閉鎖されたため、一平が子供たちを家で預かることとなる。
子育てに関わる中で、育児と労働の両立が困難な日本社会の構造的な問題に一平は気づき、本気で地域密着型の政治に取り組みたいと目覚める。だが、彼の考えは現区長の方針と衝突することとなり、やがて一平は無所属で区長に立候補することを決意する。
9話から物語は選挙編となりSNSを駆使した激しい情報戦が展開されるのだが、一平はテレビ局時代に部下の野上慧(ヘイテツ)におこなったパワハラ疑惑が暴露され、窮地に追いやられる。
だが一平は、現在は動画配信者として活動する野上と直接対峙する姿を実況配信。野上を追い詰めてしまったことを謝罪すると同時に、報道に対する一平の想いを真摯に語る。
被害者の映像を撮るべきかという是非を中心に展開される二人のやりとりは、とてもシリアスで感動的なものだが、最後に一平が、対立候補の区長のパワハラを面白おかしく暴露したことで物語のトーンは一変する。
このシリアスな報道論からコミカルな実況暴露への流れが実に見事で、今のポピュリズム政治の空気をテレビの側から的確に捉えている。
SNSと動画配信が主戦場となったことで、新聞やテレビはマスゴミ、オールドメディアと批判される機会が年々増えている。
だが本作は、現代のポピュリズム政治の空気に肉薄すると同時に、育児と労働という足元の問題に対してもしっかりと向き合うことに成功していた。
テレビドラマというオールドメディアだからこそ実現できた誠実なアプローチである。
今回ご紹介した作品
日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった
- 配信
- FOD、Netflixなどで配信中
情報は2025年4月時点のものです。