地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
地震のあとで
2025/5/26公開
村上春樹原作、阪神・淡路大震災からの30年間を描く
『地震のあとで』(NHK)は、村上春樹の小説『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)を原作とする全4話のドラマだ。
小説は阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の起きた1995年を舞台とした連作短編集だったが、ドラマ版は1995年から現在までの30年間を舞台にした物語となっている。
第1話「UFOが釧路に降りる」は、原作小説と同じ1995年が舞台となっている。阪神・淡路大震災のニュース映像を観続けていた妻の未名(橋本愛)に突然、家を出ていかれた小村(岡田将生)は、職場の後輩から預かった荷物を届けるため釧路へと旅立つ。そこでシマオ(唐田えりか)という不思議な女性と出会い、奇妙な一夜が過ごすことになる。
第2話「アイロンのある風景」の舞台は2011年。茨城県で暮らすコンビニ店員の順子(鳴海唯)は客の三宅(堤真一)と夜中に焚き火を楽しむ仲だったが、ある日、三宅が神戸出身で家族を阪神・淡路大震災で亡くしたことを知る。
第3話「神の子どもたちはみな踊る」の舞台は2020年。新型コロナウィルスのパンデミックで東京の街から人が減り始めた頃、宗教二世の善也(渡辺大知)は、地下鉄の車内で、自分の父親かもしれない耳の欠けた男の姿を目撃。彼の姿を追いかける中で、無人の東京をさまようこととなる。
そして、第4話「続・かえるくん、東京を救う」の舞台は2025年の現在。かつて東京の信用金庫で働いていた片桐(佐藤浩市)は、かえるくんと名乗る二足歩行で歩く巨躯のかえると共に、みみずくんが起こそうとしている大地震を防ぐため、東京の地下に降りていく。このエピソードのみ、原作小説「かえるくん、東京を救う」の続編となっている。
原作では物語の背後に阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の影響が存在したが、今回のドラマでは東日本大震災や新型コロナウィルスのパンデミックといった95年以降に起きた天災が背景となっている。そのため、私たちが経験してきた30年間の困難の多くは95年から始まっており、95年と同じことが形を変えて何度も繰り返されているのだという、現代日本に対する鋭い批評となっていた。
脚本は村上春樹の小説を濱口竜介が監督した映画『ドライブ・マイ・カー』の大江崇允、監督は連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)や、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(同)のチーフ演出だった井上剛が担当している。
大江の脚色は、同じことが形を変えて起こり続けているという時代の連続性の描写が秀逸だった。同時に『ドライブ・マイ・カー』で用いた他の村上春樹の小説の要素を細部に散りばめる手法は本作でも健在で、村上春樹ワールドの純度を高めることに成功している。
そして、監督の井上の演出も凝っており、小説の文字を読んでいるかのような不思議な役者の演技と、暗いトンネルや赤い廊下といった象徴的な映像を散りばめることで、村上春樹の小説の中にある「異界を彷徨うような感覚」を映像に落とし込むことに成功している。
精密な取材を元に作品を構築する井上のドラマはドキュメンタリー的なアプローチで作られていて現実の商品や風景が積極的に挟み込まれている。しかし映像は幻想的で、リアルだけどファンタジックという不思議な感覚が常に存在していた。そんな井上の映像と現実と非現実が混在する村上春樹の世界は相性が良く見事にハマっていた。
おそらく一番映像化が難しかったのは、第4話に登場するかえるくんだったと思うのだが、二足歩行で歩くかえるの不気味なビジュアルに中性的なのんの声を当てることで、不思議な実在感の獲得に成功していた。
どのエピソードも謎に満ちているが、謎が曖昧なまま放置されるため、暗闇の中に置き去りにされたような気持ちになる結末も多い。
その意味でテレビドラマとしては難解な作品だったが、だからこそ何度も見返し台詞や物語の意味について掘り下げたくなる。村上春樹の小説と同じように、とても噛みごたえのあるドラマである。
今回ご紹介した作品
地震のあとで
- 配信
- NHKオンデマンドにて配信中
情報は2025年5月時点のものです。