伊藤ハルカさんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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エミリー、パリへ行く

2023/01/18公開

「SATC」のクリエイターが再タッグ!鉄則を打ち破る、新時代のガールズドラマ

Netflixシリーズ『エミリー、パリへ行く』シーズン1~3:独占配信中

 2020年10月にシーズン1の配信がスタートするや世界中で大ヒット。リリー・コリンズ演じるエミリーが花の都パリを舞台に鮮やかなファッションを身にまとい、恋に仕事に友情に奔走。2020年のNetflixで最も多く視聴されたコメディシリーズになった。

 そんな人気シリーズの第3弾が、2022年12月21日より配信開始となった。すでにSNSを中心に話題になっているが、数あるコメディドラマの中でなぜここまで話題を集めるのか。

 本作を手掛けるのは、90年代を代表するヒットドラマ「SEX AND THE CITY(以下:「SATC」)を手掛けたことでも有名なダーレン・スター。そして、本作の要でもあるエミリーの衣装を手掛けるのは、ダーレンと同じく「SATC」で活躍した伝説の衣装デザイナー、パトリシア・フィールドだ。2人とも「SATC」を大ヒットシリーズへと押し上げた立役者で、本作を第二の「SATC」にするかのごとく、数十年ぶりに再びタッグを組んでいる。

 ストーリーは、至ってシンプル。アメリカ・シカゴのマーケティング会社に務めるエミリーが、急きょパリへの赴任を命じられ、現地でさまざまな人物と関わりながら、パリでの居場所を確立していくものだ。パリジェンヌに憧れるエミリーだったが、狭いアパートにそっけない同僚、お店ではパン1つ買えないなど、実際は期待したほど華やかではない。しかしエミリーは、思うようにいかない日々でも成功を決してあきらめず、前向きに突き進んでいく。

Netflixシリーズ『エミリー、パリへ行く』シーズン1~3:独占配信中

 見どころの一つは、画面いっぱいに映し出されるパリの街並みだ。ライトアップされたエッフェル塔に圧巻の美しさを誇るシャンゼリゼ通りは、定番シーンとわかっていても心が踊る。

 さらに魅力的なのは、美しきパリの街並みを舞台に繰り広げられるエミリーのファッション七変化。シャネルやヴァレンティノなどのハイブランドからZARAなどのファストファッションまで、ハイ&ローを取り入れたミックスコーディネートが意表をつく。ビビットなオレンジやイエローなど色彩豊かなアイテムとパリの景色とのコラボレーションもお見事で、つい酔いしれる。シーズン2の配信後には、「ネットで買えるエミリーファッション」の検索数が急上昇するなど、エミリーのファッションは一種の社会現象を巻き起こした。

Netflixシリーズ『エミリー、パリへ行く』シーズン1~3:独占配信中

 このように世界的に人気のある作品でありながらも、実はフランスに住む人たちの一部から批判の声があがっている。

「フランス人は土日に絶対働かない」、「フランス人は昼休憩を2時間とり、ランチタイムにワインを嗜む」、「フランス人は英語がペラペラ」、「街にはゴミ一つ落ちておらず、ホームレスも存在しない」。作中でのこれらの描写に「実際のパリとはまるで異なる」といわれているのだ。

 確かにリアルなパリライフと比較すると、虚構があるのかもしれない。パリの街で、フランスパンを片手にベレー帽をかぶるエミリーの姿は滑稽で、パリの人にとっては行き過ぎたステレオタイプに見えるかもしれない。

 しかし、2020年のコロナ禍に視聴者が求めたのは、「リアル」ではなく「夢」だった。キラキラ輝くパリの街並みを背に、アメリカからきたとびきりオシャレな20代の女性が多くの失敗を経験しながらめきめきと成長していく。不完全なファッショニスタ・エミリーの挑戦に多くの人が癒され、元気をもらった。

 次々と映し出されるパリの観光スポットは、コロナ禍で外出が制限される中で、リモート旅行気分を味わわせてくれた。自宅にいる時間が長く、着る服がどうでもよくなっていた時、エミリーのファッションは視聴者のオシャレ意欲を刺激した。

 世の中が沈みかけていた2020年の10月に新星のごとく登場した「エミリー、パリへ行く」は、私たちにとって心の疲れの処方箋になったのだ。

 その人気はコロナが落ち着いた2021年、2022年も衰えることはない。最新のシーズン3では、恋に仕事に決断を迫られたエミリーが「決断しないことも決断」と血迷った発言をしたり、親友と好きな人を天秤にかけて苦しみぬいたり、現職か新天地か選べず、みんなにいい顔をした結果、とんでもない結末が待ち受けていたり。

 みんなを喜ばせたい、みんなによく思われたい、お人よしなエミリーが行きつく先が想像できて少し不憫にもなる。斬新なファッションに身を包みつつもその実は意外にも泥臭くて古典的なエミリー。だからこそ、幅広い世代から愛され、応援され、今に至るのだ。

「SATC」のクリエイターと衣装デザイナーが約20年の月日を経て再びタッグを組んだ本作。舞台をニューヨークからパリにうつし、主人公が30代から20代になり、相も変わらず都会の街を奔走しながら、仕事に恋に翻弄される。この構図は時代が変われどやはり魅力的で、わかっていてもほだされる。

 一方で作品が発するメッセージは変化している。それは「自由」だったり「個性」だったり、「努力」だったり、「愛」だったり。無機質なものが溢れる今だからこそ、体温の通ったもっと泥臭い、純粋で喜びに満ちたものになっている気がする。だからこそ、ガールズドラマでありながらも男性からも愛され、若い世代だけでなく、さまざまな世代から愛されるのではないか。新時代のガールズドラマ、ぜひ幅広い方にみていただきたい。

予告編

今回ご紹介した作品

エミリー、パリへ行く

Netflixでシーズン1~3独占配信中

情報は2023年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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