伊藤ハルカさんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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一流シェフのファミリーレストラン

2023/08/24公開

トラウマに苦しむ不器用シェフが織りなす涙腺崩壊のヒューマンドラマ

© 2023 Disney and its related entities

 美食家が集う華やかなレストランでさえ、その厨房は戦争のように慌ただしい。ピーク時には怒号が飛び交い、一息つくことさえも許されない。

『一流シェフのファミリーレストラン』は、そんなレストラン業界の過酷な現状をリアルに映し出す一作だ。同時に家族愛、チームビルディング(個々の能力や個性を最大限に発揮するための環境づくりや取り組み)など、人の感情の機微に触れたヒューマンドラマの要素も盛り込まれ、新たなアプローチで私たちに感動と高揚感を与えてくれる。

 主人公は、ニューヨークの一流レストランでシェフとして働いていたカーミー。敬愛する兄の突然死をきっかけに地元シカゴに戻ることになる。兄はシカゴの大衆食堂「ザ・ビーフ」のオーナーだった。「ザ・ビーフ」の看板メニューは、たっぷりの煮汁で煮込んだビーフを焼きたてのフランスパンに挟む、シカゴ名物イタリアンビーフサンドイッチ。カーミーがいた一流レストランとは対極にある店だが、カーミーにとっては兄とのつながりを感じる大切な場所だった。

 大切な兄の遺志を引き継ぐ形で、「ザ・ビーフ」のオーナーになったカーミーだが、店の実情は、借金だらけの悲惨な経営状況、無秩序でやる気のない従業員、不衛生な厨房と散々だった。どこから手をつけたらいいか分からないほどひどい状態なのだが、カーミーは、一流料理大学出身のシドニーを右腕とし、まずは従業員のモチベーション向上からはじめることにする。

© 2023 Disney and its related entities

 店にはさまざまな従業員がいる。現状維持を強く望む会計担当のリッチーや、向上心ゼロのティナ、自分の仕事に集中しすぎてしまって輪を乱すマーカス。同じ店で働いていること以外、まるで共通点のない彼らをカーミーはどうまとめていくのか。答えは意外にもシンプルだ。それは「互いに敬意を示すこと」、そして「常に感謝の気持ちを伝えること」だ。

 先に述べたとおり、現実問題、レストランのピーク時の厨房は、シェフやスタッフにとってストレスフルな環境だ。スピード重視の厨房では、「お前は何もできないクズだ」などの暴言や、「どけ!邪魔だ!」なんて怒号も日常茶飯事。シェフやスタッフにとって、パワハラが横行する劣悪な職場環境であることが近年、社会問題にもなっている。

 ドラマの中で、カーミー自身も、かつて勤めていた一流レストランで同じような経験をしている。同じ過ちを繰り返したくない。その強い思いから、カーミーは「ザ・ビーフ」にパワハラを持ち込まないことを決める。厨房で働くすべての従業員たちを「シェフ」と呼び、お願いしていたマッシュポテトをおいしく仕上げたティナには「おいしい。ありがとう」と感謝の意を示す。互いを「シェフ」と呼び合えば相手が自分より下だから何を言ってもいいなど思わない。「ありがとう」と伝えれば、ギスギスした気持ちが和らぐ。結果、従業員たちは次第に料理をすることに楽しさを見出していく。

© 2023 Disney and its related entities

 このドラマは、無秩序な環境でのチームビルディングやリーダーシップを学ぶ意味でも興味深い。一方で、ドラマのコア(中核)は、血の通ったドロ臭いストーリーだ。分かり合えぬまま亡くなってしまった兄に対するコンプレックスや喪失感、フラッシュバックする過去のトラウマ。カーミーには、向き合わなければならない心の問題が多くあり、それが時にうまく行き始めた「ザ・ビーフ」の未来の邪魔をする。

 ドラマの中盤で、カーミーが大きな失敗をしてしまい、「ザ・ビーフ」が振り出しに戻ってしまうエピソードがあるのだが、不思議と視聴者である私たちは、それを見てもがっかりしない。人は誰でも多かれ少なかれトラウマがあって、それを乗り越えたり、時に乗り越えられなかったりしてなんとか毎日を生きている。うまくいく日もあれば、感情が抑えきれなくて、台無しにしてしまう日もある。私たちは、華美に描かれすぎないカーミーの日常に次第に親近感を感じるようになる。そして、カーミーがどんな失敗をしても、それに落胆せず、見守り続ける度量ができてくる。これは私たちの日常でもあるからだ。

 シーズン1のラスト、カーミーが店名を「ザ・ビーフ」から「The Bear」に変える件がある。ここは名シーンなのでぜひ注目してほしい。この「The Bear」は、カーミーが幼少期、兄から呼ばれていたニックネームで、このドラマの原題でもある。兄との思い出のニックネームを、兄が残した店につけるこの決断が、カーミーにとってどれほど大きいものなのか、ドラマ冒頭からずっとカーミーを見てきた私たちなら容易に理解できる。ようやく兄の死を受け入れたカーミーのすがすがしい表情は、私たちに大きな感動、そして高揚感を与えてくれる。

© 2023 Disney and its related entities

 社会問題にもなる過酷なレストランの労働環境をドキュメンタリー作品のようなカメラワークでリアルに映し出し、気持ちがバラバラなチームを一つにまとめるリーダーシップ論を説く。それらを「家族の絆」や「トラウマ」といった極めてパーソナルでエモーショナルな要素と共に走らせ、最後はすべてを一つにつなぐ。完璧なバランスで構成されたこのドラマこそ、極上の1皿だ。高級ではないけれど温かくて、驚くほどおいしい。

 2023年7月26日からディズニープラスでシーズン2の配信も始まった。シーズン2では、レストランのリニューアルオープンに向けて、カーミーたちが新メニューの開発に取り組んだり、改装工事に着手したりする様子が描かれる。ここでも資金繰りに悩んだり、スケジュール通りに進まなかったりトラブルは尽きない。新キャストを迎えた新たな物語にも注目だ。

 トラウマだらけな料理人・カーミーと、彼と共に走る仲間たちが織りなす、泥臭くて温かな物語をぜひ楽しんでいただきたい。

今回ご紹介した作品

一流シェフのファミリーレストラン

配信 ディズニープラスのスターで独占配信中

情報は2023年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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