戦後78回目の8月15日──

日本は再び戦争をする国になるのですか。

戦争と平和を考える18人の声

岸田政権は昨年12月、敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有することを決めました。攻められないかぎり攻撃をしない「専守防衛」を国是としてきた日本の安全保障政策は、戦後78年のいま大きく変えられようとしています。「戦争と平和を考える」18人の声をお読みください。

早川タダノリさん

吉良智子さん

辻田真佐憲さん

私はこう考える

早川タダノリさん

雑誌編集者

「新しい戦前」をこれ以上進めないためにも、国策で進められる「日本スゴイ」ブームを鵜呑みにしないことが大切です。

 21世紀に入ってから「世界が尊敬する日本」「本当はスゴイ日本の文化」など、「日本スゴイ」を紹介するテレビ番組や書籍が増えました。外国人に日本の文化の素晴らしさを語らせる、あるいは世界で活躍する日本人を紹介する。「日本スゴイ」を紹介した後、番組に出演したタレントが「日本人であることを誇りに思いました」とコメントすることもあります。
 これはおかしなことです。日本人といっても、総理大臣から痴漢までさまざまです。大谷翔平選手がメジャーリーグで活躍しているのは大谷選手がスゴイからであって、日本人全員がスゴイわけではありません。
 実は、こういった言説は、1930年代にもブームになりました。昭和恐慌で経済が不安定になり、満洲事変で大陸への侵略が本格化した頃と重なります。
 その内容は「日本人は米を食べるから粘り強い」といった日本人の肉体的優秀さを主張するものから、戦争を「大東亜の民族解放」と正当化するものまでありました。共通しているのは、「日本人は他の民族より優秀である」という言説を、長い時間をかけて繰り返していったことです。戦争をやるためには「国民」を統合し、動かすシンボルが必要になるからです。
 現代の「日本スゴイ」ブームも、国策として進められています。例えば、2015年に安倍晋三首相(当時)の下で発足した「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」では、「日本人の美意識」を国外のみならず国内向けにもアピールし、“日本人としての誇り”を付与することを目的としていました。
 戦争は、突然始まるわけではありません。湾岸戦争、イラク戦争、ウクライナ戦争など、世界で大きな戦争が起きるたびに日本も事実上「参戦」してきました。そのたびに法律を変え、つい昨年には自衛戦力しか持たないという政府の方針も変化しました。いくつもの「新しい戦前」をすでに私たちは経験しているはずなのです。「日本スゴイ」ナショナリズムと「戦争の準備」は、同時に進んでいくのだと思います。
 「新しい戦前」をこれ以上進めさせないためにも、現代のナショナリズム=「日本スゴイ」を鵜呑みにしない、「ものわかりの悪い人間」になろうではありませんか。


はやかわ・ただのり●1974年生まれ。編集者。戦前から現在までの「日本的なるもの」言説に関心を持ち、各種プロパガンダ資料を蒐集している。著書に『「日本スゴイ」のディストピア 戦時下自画自賛の系譜』(朝日文庫)、『「愛国」の技法』(青弓社)など。

吉良智子さん

美術史・ジェンダー史研究者

「女性の地位向上のチャンス」と捉えて戦意高揚に積極的に協力した女性画家たち。その社会構造は現代も同じかもしれません。

 「大東亜戦皇国婦女皆働之図」と題された絵があります。制作は昭和19(1944)年。戦争末期の女性が担っていた様々な戦争支援の労働を、パッチワークのようにして一つの絵にしたものです。戦意高揚のための戦争画の一つで、女性画家延べ49人の「女流美術家奉公隊」による共同制作でした。
 戦争の歴史化や栄光化のために描かれた戦争画については、藤田嗣治(つぐはる)に代表される男性画家の作品が知られています。一方、戦争末期には、軍需工場などで働く女性の姿をテーマにした戦争画も描かれるようになりました。
 そうした絵を実際に描いた女性に話を聞くと、驚くほどあっさりと話をしてくれる方が多かったのです。戦争画を描くことは戦闘行為への直接的な参加ではないので、当事者意識が薄かったのかもしれませんが、戦争は知らないうちに巻き込まれるものなのだと実感しました。
 女流美術家奉公隊のなかには、隊の中心となった長谷川春子のように、日中戦争の時から戦地で取材した女性もいます。当時の美術界は男性画家中心に運営されていましたから、戦争を「女性画家の地位向上のチャンス」と捉えた側面もあったのでしょう。
 実際、女性画家も戦争画という国家プロジェクトに参加することができました。しかし、実際には国家というシステムの中に組み込まれたに過ぎず、戦争が終わると、女性画家も一定程度の地位の向上はみられましたが、日本の美術界の中枢は男性中心の世界のままでした。
 この構造は現代でも変わっていません。美術大学に進学する学生の6割から7割は女性ですが、美術教員の8割は男性です。戦争中の女性画家たちが置かれていた立場は「遠い昔」の話ではありませんし、美術界に限った問題でもありません。
 現代の日本の今ある社会構造を「仕方ない」と思っている人も多い。しかし、「仕方ない」と思っていると、戦争のような大きな時代の空気に飲み込まれてしまう。戦時中の女性画家たちは、そのことを教えてくれています。


きら・ともこ●1974年、東京都生まれ。2000年、学習院大学大学院人文科学研究科修了。2010年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。博士(文学)。現在は日本女子大学学術研究員、東洋英和女学院大学などで非常勤講師。著書に『女性画家たちと戦争』(平凡社)など。

辻田真佐憲さん

文筆家

大日本帝国時代に作られた「神話国家・日本」の物語が、いま亡霊のように復活しています。

 毎年8月になると、メディアでは原爆の日や終戦記念日に合わせた特集が報道されます。いわゆる「8月ジャーナリズム」です。ところが、戦後78年が経って戦争経験者の証言が減り、大きな転換点を迎えています。
 終戦直後の日本人には「戦争体験」という共通の物語がありました。それなのに近年は「いつまで敗戦を引きずっているのか」という声に押され、大日本帝国時代に作られた「神話国家・日本」の物語が亡霊のように復活しています。
 戦前の大日本帝国は、日本は神武天皇が創設し、先祖代々続く世界最古の特別な国であるという神話をもとにして成り立っていた国家でした。全世界を一つの家にする「八紘一宇」が戦争遂行のスローガンになり得たのも、神話の中でこの言葉を神武天皇が唱えたとされていたからです。実は、令和改元があった2019年頃から神武天皇の実在説に人気が集まり、書店には復古主義的な関連書籍がたくさん並んでいます。
 このような物語を信じる人々が増えればどうなるのか。「しょせん、オカルト的なものじゃないのか」と軽視してはいけません。政治家のなかにも影響される人が現に増えています。その結果、憲法改正が実現するかもしれません。これまで「ネタ」だと思われていたものが、「ベタ(当たり前)」になっていくのです。
 一方、リベラルとか左派と言われる人たちも「戦前」を正しく認識できていません。ファクト(事実)を突きつけて右派を批判し、戦前の日本を全否定するだけでは「神国・日本の物語」は解体できない。なぜなら、「国家」という枠組みが今後も続く以上、国民の間で共有できる物語は必要だからです。むしろ、神話国家としての日本とは違う別の物語をつくることが、これからの時代には求められています。
 長きにわたる日本の歴史をひもといても、国外に軍事侵攻した明治・大正・昭和時代こそが特異な時代でした。まずは、その事実を多くの人に知ってもらい、新しい時代の物語の土台とするのです。現在を「新しい戦前」としないためにも、私たちは「戦前」を学ばなければなりません。


つじた・まさのり⚫︎1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『防衛省の研究』(朝日新書)、『超空気支配社会』(文春新書)、『大本営発表』(幻冬舎新書)など。