少女老いやすく、尿止めがたし。

伊藤比呂美さん(詩人)
高尾美穂さん(産婦人科専門医)
「わたしたちの問題」について語り合いました。

あなたは友だちと尿もれの話ができますか?
そして、なぜ尿もれが起こるのか、ご存じでしょうか?わたしたち女性にとってごく身近な問題なのに、たまに雑誌やテレビで取り上げられていても、どこか小声。尿もれ対策の道具も、こそこそ売ったり買ったり。もう「こそこそ」、やめませんか?先陣を切って、女の人生のプロ、伊藤比呂美さんと、女の人生サポートのプロ、高尾美穂さんに尿もれについて真正面から語り合ってもらいました。

伊藤
尿もれね、友だちと話すことは話すんです。世にそういう問題があるって。でも、わたしが尿もれで困っているとは言わない。尿じゃなくて「お湯もれ」というものもあるじゃない?
高尾
お風呂に浸かっている間に腟に入り込んだお湯が、お風呂から上がってから出てくる状態ですね。出産後に経験する女性が多いです。
伊藤
お風呂から出てしばらくしたら「あら、もれてるわ」みたいな。それは自分の経験としてわりと気楽に話せるんです。だってお湯だから。ところが尿となると、話が抽象的になる。
 わたし、6月から8月末までベルリン自由大学のクラスター研究所の招聘アーティストとしてドイツに滞在していたんですけど、ある日、若くない女たちがうちに集まってパーティーをしたのね。「ヒロミはどんな仕事をしているんだ」と聞かれたので、「こんど尿もれの対談をする」と話したら、60代、70代、80代の女たちが「ああ、あるわよね」「問題よね」「それはわたしたちの問題よね」と口々に言うの。
高尾
どれくらいの割合の女性が尿もれをしているのかというデータはあるにはあるんです。ただ、40%以上だとか、60%以上だとか、調査によって数字はバラバラ。なぜかというと、みんな本当のことを言わないから。
伊藤
本当はもれているのに?
高尾
ちょっとの量だしあれは尿もれに入らないな、と無意識に「なかったこと」にしてしまう。トイレをコントロールできるかどうかは人としての尊厳にかかわりますから、自分でも認めにくいし、まして口に出せない。
伊藤
わかります。
高尾
多くの女性は産後に尿もれの問題がふりかかってきますが、わたしたち産婦人科医に相談するママは5%しかいなくて、あとはママ友に相談する人が10~15%ほど。残りの8割は誰にも相談しない。時間が経てばよくなると思っているのね。たしかにある程度は改善しますが、伊藤さんのベルリンのお仲間たちのように年齢が高くなってから「尿もれのハイリスクグループ」に入るのは、じつはこの産後に尿もれを経験した人たちなんです。
伊藤
齢をとると頻尿もありますよね。
高尾
頻尿は回数の問題で、1日8回以上おしっこに行くのが頻尿です。過活動膀胱といって膀胱が過敏になり、尿がたまっていないのに膀胱が勝手に収縮してしまうのが原因のひとつ。薬を使わないとあまりよくなりません。 かたや尿もれは、おしっこをしようと思っていないのに何かのはずみでピュッと出てしまう状態。おもに骨盤底筋のゆるみが原因で、こちらは薬では改善できません。
伊藤
おなじ尿のトラブルでもまったく違うんですね。うちの母はたぶん頻尿も尿もれもあって、84歳で亡くなったあとお風呂場の棚に「あれ、お母さん、これどうしたんだろう?」と思うほど大量の生理用ナプキンが残っていました。昔だから尿取りパッドなんてなくて代用していたんだと思う。
高尾
尿もれはお腹に圧がかかるときに起きやすいのですが、くしゃみや咳をしたり、重い物を持ち上げたり、階段を駆け上がったり、日常生活で腹圧がかかる場面ってとても多いんです。何がよくないかというと、不意にもれたらどうしようと心配で家に引きこもってしまうこと。体を動かさないと骨盤底筋はますます弱るし、うつ傾向になる人も多いですから、お母さまのように工夫をして動きつづけてくれたほうがずっといいんですよ。

子どもを産んだあとの人生はずっと「産後」がつづく。

伊藤
ど真ん中でお聞きします。尿もれは治りますか?
高尾
尿もれには、1回にもれる「量」が多い場合と、1日にもれる「回数」が多い場合の2タイプがあるのですが、量も多く、回数も多い人は自力で治すのは難しいでしょうね。でも、少しなら改善する可能性は高いと思います。
伊藤
希望はあるわけね。鍵を握っているのは、先ほどからお話にチラチラ出てきている「骨盤底筋」ですよね。さらに厄介な問題ですけど、便もれというのもあるでしょう?
高尾
便の場合だと、お尻の穴に単独で取り巻いている「外肛門括約筋」という筋肉があるんです。一方のおしっこの穴は、腟の穴とともに筋肉がハンモック状に取り巻いています。いわば兼業状態。お尻の穴には専業の筋肉がついていますから、老化で筋力が衰えてきても尿もれよりリスクは低い。

骨盤底筋は、ハンモックのように骨盤の穴をふさいで守っている。

骨盤底筋は手のひらくらいの大きさで、骨盤内にあるいくつもの臓器を下から支えている。腹圧を受け止めて内臓を守ったり、尿道や腟口をゆるめたり閉じたりもする働き者だ。

伊藤
なるほど。前から見た位置はおしっこの穴、腟の穴、お尻の穴の順ですか?
高尾
そうです。骨盤底筋がおしっこの穴と兼任で担当している腟の穴というのが、人生でもっともダイナミックに変形します。なぜなら赤ちゃんが通るから。出産のときには、腟の穴を取り巻いている骨盤底筋が赤ちゃんの頭が出る大きさまで押し広げられます。
 わたしたちの身体の筋肉でここまで変形させられる筋肉ってほかにないですよ。上腕二頭筋が収縮すると言っても、たかだか1センチくらいですから。
伊藤
わたし、その変形3回やりました。
高尾
おみごとです(笑)。骨盤底筋には膀胱や子宮といった骨盤内の臓器を支える役割もあるのですが、出産で筋肉が伸びてしまってヨワヨワで支えられないよ……というのが産後のお母さんの状態。もうひとつ言うと、妊娠中はお腹を球状にせり出させるために骨盤につながっているお腹の腹直筋も左右に開きます。だから産後のお母さんは、下はゆるゆる、前もゆるゆる。
伊藤
妊娠と出産を経験した女は、同じ状態がずっとつづくんですか?
高尾
出産後1~2ヵ月くらいかけて戻っていきますが、元通りにはなりません。筋肉で見ると、赤ちゃんを産んだあとの人生ずっとが「産後」です。
伊藤
すばらしいわね。

高尾
ゆるんだ状態に慣れてはいくのですが、更年期でエストロゲンの分泌量が減ってきて骨盤底筋そのものの量が減少すると、ふたたび問題が出てくる。産後尿もれを経験した人が、年齢が高くなったときに尿もれのハイリスクグループに入る理由はそこ。出産経験がない人でも加齢で骨盤底筋が弱ると尿もれをしますから、経腟分娩の経験がある人はなおさらです。
伊藤
出産で一度ゆるんだ骨盤底筋がさらに弱るから、お腹に圧がかかっておしっこが出そうになったときに穴を締められなくてもれる、ということですね。何かしておけば違ったのかしら。むかし流行ったボディスーツのようなものでキュッと締めるとか。
高尾
出産では骨盤の骨と骨をつないでいる靭帯も伸びて開くのですが、骨盤だったら産後に締めてあげることでちょっとは戻るかも。ただし伸びた靭帯は半年ほどでセメントみたいに固まってしまうので、その先はどう頑張っても戻らないでしょうね。
伊藤
どちらにしてもトゥ・レイト(手遅れ)ってことですね。後悔するのは癪だから考えないことにします。

尿もれを自分で受け入れられないと、解決の道は見つからない。

伊藤
先生に聞きたいのは、トゥ・レイトになってしまった産後のお母さん、つまりわたしたちはどうしたらいいですか?ということです。
高尾
自分はいま何に困っているかを具体的に考えて向き合うことが大事だと思います。困っていることに対してできる対策が1つはあるはず。「もれてもいいや。不快だからパンツだけは取り替えよう」だっていい。先ほども言いましたが、尿もれを心配して活動量が落ちるのがいちばんよくない。
伊藤
先ほど、尿もれ自体もちょっとなら改善するとうかがいましたが、どうすればいいですか?
高尾
骨盤底筋を地道に鍛えることでしょうね。骨盤底筋の動きって感じ取りにくいのですが、じつは腕や脚の筋肉と同じ「随意筋」で、自分の意思でコントロールできる筋肉。本来はトレーニングで鍛えられるはずの筋肉なんです。
 まず、どこが骨盤底筋なのか実感してみましょうか。伊藤さん、リラックスした姿勢で立っていただけますか?
伊藤
こんな感じですか?
高尾
腕をだらんとさせてリラックスしたまま大きく息を吸い込んで……ハイ、息を大きく吐いて! いま、お尻と腟の穴の間の柔らかい部分が上の方へ上がる感じがしませんでしたか?

伊藤
息を吐いたときですよね?
 もういちどやってみます。
高尾
2つの穴を意識しながら大きく息を吸って……ハイ、吐いて。
伊藤
うーん、腟のあたりが少し上がる感じがした……感じもするような。
高尾
骨盤底筋を意識するのは、これくらい微妙で難しいんです。だから骨盤底筋そのもののトレーニングも挫折しやすい。動かしにくいし、効果も感じにくいから。
伊藤
挫折しないでつづけられそうなエクササイズはありますか?
高尾
たとえば床に何か落としてしゃがんだら、スクワットのように垂直に立ち上がる。このとき、いま呼吸で意識した穴のあたりをピッと締めるイメージをする。骨盤底筋は脳の指令に反応してゆるんだり縮んだりしますから、このイメージがだいじです。尿もれしそうな腹圧がかかる動きをするときも、先に穴をピッと締めるイメージしてから動くと予防になります。
伊藤
じつはわたし、4年前までアメリカにいたときはズンバというエクササイズのクラスに通っていたんです。
高尾
ズンバ、最高じゃないですか!

伊藤
ラテンのリズムに合せて体を動かすんだけど、骨盤周りの筋肉をよく使うの。腰を旋回させたりして楽しいんです。先生、「ケーゲル体操」ってあるでしょう?
高尾
膝を立てて仰向けに寝転んで、お尻を持ち上げながら骨盤底筋をキュッと締めるエクササイズですね。
伊藤
あれもズンバのクラスでよくやりました。そのときズンバの先生がね、100人ほどいるおばさん生徒たちに向かって「みんな、このエクササイズをやっておけばもれないわよ!」って大声で言うの。わたし、尿もれのことをこんなにはっきり教えてくれるんだって感動して。
高尾
すごくいいことですね。
伊藤
中年の女は、みんなズンバをやるべきだと思う。大股を広げたり腰を回す感覚がおもしろいんだけど、そのときに思ったのが、日本の女がはしたないと言われてきた動きが、じつは骨盤底筋には効くんじゃないかと。
高尾
鋭いです。骨盤底筋はさまざまな筋肉とつながってもいて、となりの筋肉が収縮するとつながっている骨盤底筋も収縮しますから、ふだんの生活でしないさまざまな動きをしたほうが刺激は増える。ズンバでいうと、大股を広げる動きとか、脚をくるりと旋回させる動きとか。
伊藤
やっぱり。日本へ帰ってきたあとも絶対ズンバだと思ってスタジオへ行ったら、残念ながら日本のズンバは動かす部分がもっと上で、なんか違う感じがして。重心が低い動きをしたほうが骨盤底筋にはいいでしょう?
高尾
重心が低いと負荷がかかりやすいのは、骨盤底筋につながる太ももの内転筋やお尻の大殿筋です。この股関節周りの筋肉も骨盤底筋に関連しているので、動かすたびに間接的に刺激が入るからすごくいいですよ。内転筋や大殿筋は動かしやすいし運動効果もわかりやすいから、骨盤底筋そのものを鍛えるよりも運動をつづけるモチベーションを保ちやすいですし。
伊藤
あとズンバの先生に教わったのは、実際おしっこをするときに途中で止めてガマンするっていうやつなんですけど、これはどうですか?
高尾
骨盤底筋のエクササイズを教えるときにイメージとして、「おしっこをしている途中で止める感覚で」という表現はよくします。だけれども、実際には止めない方がいいともされていて、理由はおしっこを出したいときに出せなくなってしまうことがあるから。泌尿器内科のお医者さんなんかは、おしっこを止めるトレーニングはやめてほしいと言っていますね。
伊藤
なるほど、これは練習しないほうがいいですね。わたしの生活で言うと、いまはズンバができていないし、家族もいないから料理もろくにしないで座って日がな一日仕事をしているだけ。犬と散歩はするけど、立って歩くだけ。いまの生活のなかでもう少し骨盤底筋を鍛える方法はないですか?
高尾
散歩のとき、わんこが公園で水を飲んでいる間にズンバっぽいスクワットの動きを入れるのはどうですか?たとえばベンチの前に立って膝を曲げて、座面にお尻がついたら上がるとか目安があるとやりやすいかも。わたしがよくやるのは、ズンバみたいに足幅を広めにとったスピードスクワットで、しゃがんだときに両手を上げるんです。25回を1セットで。
伊藤
25回ですか?
高尾
すぐにできますよ。
伊藤
25回?
高尾
うん、それを1セットで。
伊藤
25回?
高尾
(笑)。はじめは10回にして、余裕が出てきたら15回はどう?
伊藤
10回で手を打ちましょう。半年間、がんばってやってみます。
高尾
尿もれの問題はなかなか受け入れにくいですけど、伊藤さんと今日こうやってお話ししたみたいに率直に語れる場があったらいいですよね。ランチをしながら語れる話題ではないかもしれませんが、人に話せないということは、おそらく自分でも受け入れたくない状態なんです。そこを超えないとつぎの改善のステップへは行けないから、自分なりに前向きに受け入れることがだいじだと思います。
伊藤
ショッキングに考えがちだけど、尿もれって齢をとるうえでわたしたちが持つたくさんの問題の1つにすぎないんですよね。60年か70年か80年か生きてきて、子どもを産んだり産まなかったりして、その結果、尿もれもあるとしたら、「まあそういうことなんじゃない」って軽く受け止めたい。
 それよりも夫にどんな話し方をするかとか、自分のための時間をどう使うかとか、生き方が出るほかの場面のほうがずっとだいじなわけで、そこがちゃんとできていれば尿もれをしたってじつは怖くもなんともない。
高尾
おっしゃる通りです。
伊藤
わたしはいまここで生きていて、わたしはわたしであって、それが尿もれして何がわるいって、そう思いたいですよね。


たかお・みほ●医学博士。日本スポーツ協会公認スポーツドクター、イーク表参道副院長、ヨガインストラクターなど女性の心身サポートの場で活躍。近著に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
いとう・ひろみ●1980年代に女性詩ブームの先駆けとなる。自身の出産育児、閉経、介護をエッセイで発信しつづけるとともに『女の一生』(岩波新書)『女の切望』(光文社文庫)など女性の人生相談をまとめた著書も多い。


まずは、呼吸をしながら骨盤底筋を意識してみましょう。


高尾美穂先生おすすめの60歳からでも骨盤底筋を鍛えられる電車で「ながらエクササイズ」。

「ながらエクササイズ 」その1

「ながらエクササイズ 」その2

「ながらエクササイズ 」その3