ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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御宿かわせみ

2025/8/18公開

平岩弓枝・原作の江戸捕物帳

 小説や映画・ドラマで「三大捕物帳」といえば、日本のシャーロック・ホームズといわれた名探偵を描いた「半七捕物帳」(原作・岡本綺堂)、悪人に銭を投げて闘う「銭形平次」(原作・野村胡堂)、推理と剣の腕が抜群の同心が活躍する「右門捕物帖」(原作・佐々木味津三)だと言われる。いずれも岡っ引きや同心が主人公の男性作家による小説が原作のシリーズだが、1980年にNHKで放送が始まった「御宿かわせみ」は、まったく味わいが違う捕物帳だ。

 物語の主人公は、大川端で小さな宿屋「かわせみ」を営む庄司るい(真野響子)。同心の娘であったるいには、町奉行所与力の弟・神林東吾(小野寺昭)という恋人がいる。彼女は、東吾や彼の親友の定町廻り同心・畝源三郎(山口崇)、番頭の嘉助(花沢徳衛)や女中頭のお吉(結城美栄子)とともに宿を訪れるさまざまな人にまつわる事件に向き合うことになる。

 原作は、平岩弓枝。昭和7年東京、代々木八幡の一人娘として生まれ、大学卒業後、戸川幸夫に師事。後に「瞼の母」などで知られる長谷川伸主宰の新鷹会に参加する。昭和34年「鏨師(たがねし)」で直木賞。数多くの小説を発表する一方、関東地区で56.3パーセントと驚異的な高視聴率を記録したオリジナルのホームドラマ「ありがとう」(主演・水前寺清子)などの脚本家でもある。

 それまで、女性が主人公の時代劇といえば、お姫様ものか、大奥もの、くノ一ものの3パターンがほとんど。町中でふつうに暮らす女性の物語というのは、珍しかった。

 ドラマで目の前に現れたるいは、浮世絵風のあでやかな髪型で、美人なのにお茶目。誰より東吾を愛している。東吾が「かわせみ」を訪れたときの彼女のうれしそうな表情といったら。見ているこっちが恥ずかしいくらいなのだが、士分を捨てたるいと、町奉行所与力の弟で、跡取りと目されている東吾とは、身分違いで添い遂げることは難しいのである。東吾はモテモテだし、花嫁候補の七重という存在もある。るいは、自分の立場をわかっていながら、不安で涙を流し、焼きもちを焼いて東吾のひざをつねったりする。時代劇で恋愛がシリーズ通しての軸になることは新鮮だった。

 キャスティングも絶妙で、真野響子は芯の強さとおきゃんな娘になり、「太陽にほえろ!」の殿下刑事で知られた小野寺昭は飄々とした次男坊侍、東吾に対する友情にも仕事にもまっすぐな山口崇の源三郎。生き字引の嘉助の花沢、おしゃべりお吉の結城、実直な十手持ち長助の大村崑、みんなぴったりとはまった。厳しさとべらんめえの親しみを併せ持った田村高廣の兄上、気品漂う河内桃子の義姉上もおとなの魅力にあふれている。東吾は颯爽とした剣の達人だが、小野寺は時代劇経験が浅く立ち回りには苦労したという。事件現場を走り回る下っ引の徳松役で村上弘明が時代劇初出演している点も注目だ。

 もうひとつの特長は、ハードな事件も多く、心理描写やアリバイ崩しなど謎解きの要素も強いこと。

 例えば第10話「女主人殺人事件」では、茶屋の女主人に続き、船宿の女主人も殺され、東吾や源三郎が、事件の共通点を探る中で第三の事件が起こる。そして「かわせみ」のるいにも魔の手が……。女の身で店を守る被害者の心につけこむ悪人の正体を暴く「かわせみ」の面々が活躍は見事だ。

 当時の社会、政治の暗部を感じさせる事件もある。

 第14話「初春の客」は、夜更けに「かわせみ」を訪れた女・千代菊(角替和枝)と顔を隠した長身の男がからんだ事件。やがて長崎から連れてこられた遊女と“黒い犬”が逃げ出したという情報が入るが、それは貨幣改鋳をめぐる談合にからんでいるらしい。世の不正に利用され、奴隷のように虐げられ続けたふたりの運命に涙せずにはいられない。

 厳しい展開が続いても、どこかほっとできるのは、「かわせみ」の普段の雰囲気が和やかで人情味があるからだ。

 聞けば、「かわせみ」の面々が集まるお茶の間は、実際に撮影の休憩中も茶の間だったという。本物の鉄瓶にお湯が沸き、出演者みんなで自由にお茶を飲んだりお菓子を食べながらおしゃべりをする。ベテラン花沢は物知りで、若手にいろいろなことを教える。結城美栄子は「本番よりもおしゃべりしてる時の方がイキイキしてたかも(笑)」と語っている。

 ゲストもハナ肇、千秋実、尾藤イサオ、南田洋子、市原悦子など昭和の名優が揃う。伴淳三郎は、セリフが出てこないからとカンペを火鉢の後ろに貼っていたというも面白い。

 驚くのは、大川端の水路や川岸、小さな橋、満開の桜など、ほとんどの場所をスタジオに作ってしまったこと。水辺を進む猪牙舟(ちょきぶね)もスタジオの中に浮かんでいたのである。

 ホタルや月見、金魚売など季節の風情や団子、饅頭、蕎麦など庶民の味とともに、江戸の空気を感じながら、じっくり味わいたい「捕物帳」だ。

今回ご紹介した作品

御宿かわせみ

放送
NHK BSにて毎週火曜18時~放送中

情報は2025年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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