寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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復讐代行人 ~模範タクシー~

2025/1/31公開

韓国版「必殺仕掛人」!? はタクシー運転手

©SBS

 昨年11月29日にここでご紹介したドラマ『旋風』の世界が現実になったかのような、5日後の12月4日に起きた戒厳令事件だった。ユン・ソンニョル大統領が突如発した戒厳令は、一夜のうちに国会から解除要求決議が出され撤回を余儀なくされたのである。国民の怒りの声に押され14日には国会で弾劾議案が可決されて、大統領が刑事訴追される可能性が出てきている。

 韓国ドラマが、いかに現実の社会をリアルに映し出しているかを、改めて感じた次第である。その意味で、このドラマ『復讐代行人 ~模範タクシー~』も世相を切実に反映していると言っていい。少女への性的暴行、通り魔殺人、弱者からの搾取、いじめ、ネット上への画像流出、電話詐欺、闇バイト……等々当節の卑劣な犯罪が目白押しだ。政治体制と違って、こちらは日本も全く同様だから、切実感を共有できる。

 復讐代行人というと、五十代以上の方々は『必殺仕掛人』(1972~73年)に始まり、『必殺仕置人』『必殺仕事人』など29作にも及ぶ時代劇で、『必殺剣劇人』(87年)まで15年間にわたって放送された『必殺』シリーズを思い出すに違いない。緒形拳の鍼医者・藤枝梅庵、藤田まことの同心・中村主水といった当たり役を覚えているだろう。映画でも、『必殺仕掛人』(73年)から『必殺!三味線屋・勇次』(99年)まで多数の作品があり、最近でも、2023年には豊川悦司が梅庵役の『仕掛人・藤枝梅安』が作られたほどである。

 一応のヒーローたる主人公はいるものの、リーダーの下、チームを組んで連携プレーで活動するのも似ている。梅庵や主水に相当するヒーローがタクシー運転手なら、山村聡や山田五十鈴の大ベテランが扮する「元締(もとじめ)」は、犯罪被害者救済のための財団代表でもあるタクシー会社の社長だ。

 なお、「模範タクシー」とは、普通のタクシーより格上で料金も少し高めという韓国特有の存在であり、ドライバー歴10年以上かつ無事故の運転手が丁重に応対するので安心できる。われわれ外国人旅行者にとっては心強い。劇中にもあるように、多くは黒い車体の高級車が屋根に黄色い「모법(模範)」マークを付けている。

©SBS

 さてドラマの内容だが、1話ごとに悪人が成敗されて完結し、めでたしめでたしで終わる『必殺』シリーズと違い、複数のストーリーが並行して進行していく。一つの事案が落着する少し前あたりから、次の案件が発生してきて息つく暇もない。さらに、折々に、代行人チームの面々が抱える過去の事件被害が回想されるから忙しい。いかにも韓国ドラマらしい(良い意味での)せわしなさだ。

 それに加え、オリジナル版の16話構成をNetflix版は32話に分割しているので1話ごとのスピード感はさらに増し、ぐいぐい物語の中に引きずり込んでくれる。模範タクシーが登場し、減刑されて出所した女子中学生への性的暴行犯を、非難する群衆やマスコミから逃避させると見せかけておいて拉致する導入からして、息もつかせない。

 冷静な判断を下し作戦を立てる社長、実は凄腕ハッカーでネットを自由自在に操り任務の基盤を支える経理担当の女性、メカニック技術を駆使してタクシーの性能を上げるのみならず時として危険な潜入任務までこなす整備士コンビ、そして格闘ならどんな敵でも一撃で倒すヒーロー。この5人の個性豊かなキャラクターも楽しい。

 法律上では十分な罰を下せない連中を捕らえ、監禁して更生を迫るのがチームの目的なのだ。そう、原則として殺害が目的ではないところも『必殺』とは違う。このあたり、死刑制度はあるものの1997年を最後に27年間執行されていない「事実上の死刑廃止国」である韓国と日本との相違点に気づかされる。

 もうひとつ、このチームが常に検察と接触しているのが特長だ。本来、彼らのように法を超越して私的制裁を加える勢力とは敵対するはずなのに、半分近くは検事たちの活動が描写されるほど占めるウエイトが大きい。社長は犯罪被害者救済の活動家でもあるため、そちらの面では検察とつながりが深いし、幹部とは個人的にも親しいようだ。一方で、巧妙に罪を逃れる犯罪者を憎む、正義感の強い新鋭女性検事は、チームの行動にも疑いの目を向け始める。

©SBS

 戒厳令を発した大統領は検事出身で、革新派のムン・ジェイン前大統領が検察との対立を深める中で保守派の大統領候補となった。その経緯もあり、近年なにかと政治との結びつきが問題視されているらしいが、そもそもは悪を糾弾するための組織であり、上司に逆らってまで捜査の陣頭に立つ彼女は、徐々にこのドラマのヒロインとも見えてくる。

 こうして、チームと検察がそれぞれの力を発揮し、次々と悪を懲らしめていくのである。見ている者が溜飲を下げること請け合いだ。つい先日の北九州での女子中学生殺害通り魔事件とか、頻発するトクリュウこと「匿名・流動型犯罪グループ」と呼ばれる卑劣な集団がネットを使って闇バイトの若者に命じる殺人、傷害を伴う粗暴な強盗事件とかが横行する状況に心を痛める向きが多いのだから。

 ヒーロー役のイ・ジェフンは映画『金子文子と朴烈』(2017年)で戦前の日本で活動した朝鮮独立運動の闘士パク・ヨル(朴烈)を演じたし、ヒロイン役のイ・ソムは『サムジン カンパニー1995』(20年)で自分の勤める会社の不正行為を暴く末端女子社員となって勇ましいところを見せた。その二人が、ここでも毅然として活躍してくれるのもうれしい。

©SBS

【今回の戒厳令騒動を機に、韓国における戒厳令の意味合いや、それを軽々に使わせることに抵抗する民主主義運動の歴史をもっと深く知りたい方には、今年日本公開の『ソウルの春』(23年)はもちろん、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17年)、『1987 ある闘いの真実』(17年)をご覧いただきたい。

 実は、『1987 ある闘いの真実』と『ソウルの春』には、社長役の名脇役キム・ウィソンも出演しているので、ご覧の際は気をつけていてください。】

今回ご紹介した作品

復讐代行人 ~模範タクシー~

配信
U-NEXTほか動画配信サービスにて配信中

情報は2025年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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