寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

サバイバー:60日間の大統領

2025/3/31公開

「戒厳令事件」から混乱が続く韓国とドラマが示す未来

Netflixシリーズ「サバイバー: 60日間の大統領」独占配信中

 アメリカのトランプ政権が誕生してから、大統領という単語を聞かない日はないくらいだ。連日テレビ画面でドナルド・トランプなる男の勝手気ままにしか見えない放言ぶりを見せつけられていると、これに一喜一憂しなければならぬ日本は「対米従属」一辺倒の状態なのだと改めて思い知らされ、情けない気持になってくる。

 そのアメリカの大統領制度をテーマにした『サバイバー 宿命の大統領』(2016~2019年)を、韓国に移し替えてリメイクしたのが、このドラマである。アメリカの場合、大統領の突然の不在を防止するために、「指定生存者」制度が、憲法及び大統領継承法によって定められているそうだ。

 現職大統領及び副大統領、上下院議長、閣僚といった「大統領権限継承権」保有者が全員出席する大統領就任式、議会両院合同会議演説などの重要場面で重大な事故が起き保有者が全滅すると政府が機能を喪失してしまうため、必ずそのうち一人を欠席させ会場から離れた安全な場所で待機させる。いかにもアメリカらしい合理的な危機管理対策ではないか。

 韓国にはそんな制度はないので、主人公には、継承権を持つ閣僚の中で単に偶然一人だけ生き残ったために大統領権限が転がり込んでくる。前日に大統領と意見対立して非公式の段階だが解任宣告を受けた結果、議会を欠席せざるを得なかったのだ。

Netflixシリーズ「サバイバー: 60日間の大統領」独占配信中

 ただ彼は、本来政治家ではなく、元々は韓国科学技術院の化学科教授であり環境問題の研究に打ち込んでいたのを、若くして環境部長官(大臣に相当する)として「民間人大臣」に抜擢されていた。政治的野心ゼロの上に、政治経験も行政経験も皆無に近い彼が、大統領権限という絶対的権力を背負わなければならなくなるのである。次期大統領選挙実施までの「60日間の大統領」すなわち絶対最高権力者なのだ。

 こう書くと、日本だったらどうなるの? との疑問が浮かぶに違いない。戦前の大日本帝国憲法時代から、首相が突如辞任、急死などの事態となると天皇の任命により主要閣僚や枢密院議長が臨時兼任してきた。戦後の日本国憲法下では首相が臨時代理を指名することとなり、大平正芳首相が1980年に病死した際は伊東正義官房長官が首相臨時代理を務めている。

 だが、2000年の小渕恵三首相は意識不明のまま急死だったので青木幹雄官房長官への指名が実際にあったのかどうかに疑念が残り、以後は事前に5名の臨時代理予定者が決定されるようになった。現在は林芳正官房長官が第一順位、以下、中谷元防衛相、村上誠一郎総務相、加藤勝信財務相、岩屋毅外相の順となっている。

 三権分立の中に在る首相と違い、大統領は強大な権限を持つ。戦争を始めたり戒厳令を出したりできるのだから、一瞬の空白たりとも許されない。アメリカと違い核兵器を即座に使用する「核のボタン」こそ所持していないが、国境を接する北朝鮮に対する緊張した戦時体制にある国だ。これは、昨年12月に起きたあの戒厳令騒動でよくお解りになるだろう。このドラマでも、国会が爆破される大規模テロで真っ先に疑われるのは北朝鮮の関与だし、この混乱に乗じられないように厳戒態勢を敷かなければならないのも当然である。

 実は今年2月、コロナ禍以来久しぶりにソウルを訪れた。プロデュースする今秋撮影予定の映画が戦前の日本支配下だった韓国を舞台にするための準備が主目的だが、戒厳令事件の後、大統領弾劾派と擁護派の分断が激しい社会状況を把握する狙いもあった。街角の雰囲気こそ賑やかで全く変わりはないものの、大規模市民デモが日常的となった緊張感は伝わってくる。二十年来の付き合いの映画人仲間が、野党第二党「祖国革新党」の一員となり広報に携わっており、彼の話を聞くと国民全体の危機意識は相当なものだ。

Netflixシリーズ「サバイバー: 60日間の大統領」独占配信中

 その彼から誘われ、国会議事堂を訪問した。2ヶ月余り過ぎたその時点では平常の様子を取り戻していたが、突如戒厳令が発動した12月3日の晩、この建物の周囲に夥しい数の市民が結集し、警官隊突入を阻止しようとした熱気、議員や秘書たちが議事堂内にバリケードを築くなどして抵抗した心意気を感じさせる臨場感を味わえたし、急遽集まった議員たちが戒厳令解除決議をした議場を覗いて、崇高な空気を味った。

 訪れたばかりの議事堂から黒煙が上がり大爆発の起きるドラマ導入部には、それだけに強い衝撃を覚えてしまう。事もあろうに、民主主義の象徴たる建物が爆破されるのだ。危機の極みと言えよう。アメリカはチャンスだとばかり煽り立て、在韓米軍が戦時体制の強化を迫り韓国軍も同調していく。すわ開戦!のところを、科学者である主人公は化学の知識を生かして冷静に分析し、回避するだけでなく南北間の緊張を以前よりも緩和することに成功する。

 こんなふうに、主人公が大統領代行になってからの展開は小気味良い。今度は国民の間に脱北者が爆破犯人ではないかとの虚偽情報が広がると、大統領令を大胆に使って解決する。政治家や軍人、官僚の固定概念にとらわれた発想と違う自らの判断を生かしていくうち、少しずつ政治手腕を磨いていくのである。以前本欄で紹介した『旋風』が、プロの政治家たちの争いを描いたのに対し、こちらは政治の場に巻き込まれた素人が成長していく過程が面白い。

Netflixシリーズ「サバイバー: 60日間の大統領」独占配信中

 そういえば、仲間が支持する「祖国革新党」を結党した前代表チョ・グクも、ソウル大法学部教授からムン・ジェイン前大統領によって法務部長官に起用されたのがきっかけで政治活動を始めている。さまざまな疑惑にまみれてしまい、現在は罪に問われて服役しているが、政界復帰を求める声も相当に強いようだ。罪はきちんと償うとして、こうした政治家の登場も、これからの社会には必要なのかもしれない。

 一方で、並行して進む爆破犯の黒幕捜しは、国家情報院対テロチームの辣腕女性分析官のきびきびした動きで少しずつ進んで行く。とはいえ、奥深い政界の闇が背景にあるらしく、なかなか解決できないのはもどかしい。それでも、どこの国にも存在する闇を問題提起してくれる。

【なお、主演のチ・ジニは、在日コリアンである日本の崔洋一監督が韓国に乗り込んで撮った『ス SOO』(07崔洋一)に主演している。また、前大統領役のキム・ガプスは、野党政治家だった頃のキム・デジュン大統領が訪日中にKCIA(大韓民国中央情報部)により拉致され韓国へ連れ去られた73年の「金大中拉致事件」を描いた初の日韓共同製作作品『K.T』(02阪本順治)で、事件を主導する駐日韓国大使館一等書記官役を演じ、主演の佐藤浩市と対決している。】

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「サバイバー: 60日間の大統領」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ