松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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皇后の品格

2025/3/28公開

架空の韓国王室の権力闘争、民主政治への理想

© SBS

 もし韓国の王室が今も存続していたら……、という架空の設定のドラマです。

 主人公は、売れないミュージカル女優のサニー(チャン・ナラ)。
 チキン料理店を営む父、妹と暮らす、心優しくて庶民的な若い女性です。

 サニーは、長身で颯爽とした皇帝(シン・ソンロク)のファンであり、ラッキーなことに、皇帝との昼食会に当選して出席し、自分のミュージカルのチケットを渡します。

 皇帝は、見た目はさわやかな独身ですが、実は、自分の秘書ユラ(イ・エリヤ)と愛人関係にありました。

 秘書のユラは、皇帝との恋愛は、王宮で、のし上がるための手段と割り切っている上昇志向の強い美貌の野心家です。

 皇帝は、夜道で女性を車ではねて、置き去りにするひき逃げ事件を起こし、その時間のアリバイ作りとして、サニーのミュージカル劇場へ行き、ずっと観劇していたと偽ります。
 皇帝は、卑怯で、不道徳な男なのです。

© SBS

 もっとずる賢い人物が、皇帝の母、太后(たいこう)です。

 李氏朝鮮では、「垂簾聴政(すいれんちょうせい)」といい、皇帝の母親が、垂(た)れた御簾(みす)の後ろにすわって顔を隠しつつ、政治を意のままに動かし、ときに悪政をほどこすケースがあり、時代劇によく出てきます。

 この母親も同じように、息子を操り、実権を握っているのです。

 太后は、皇帝の愛人で権力志向の強いユラを追放するため、純朴なサニーを、皇后として王宮に迎え入れます。

 主人公のサニーは、あこがれの皇帝とめでたく結婚して皇后になり、シンデレラ・ストーリーが始まりますが、愛人の存在を知って、夫に失望。王宮政治の腐敗にも驚きます。

 さらに皇帝には前妻があり、前の皇后は、謎の不審死を遂げていました。

 サニーは、いずれは自分も殺される、と気づきます。

 サニーは、前皇后の死の真相を暴くため、王宮の闇と巨悪、皇帝と太后との闘いに挑みます。

© SBS

 また、皇帝にひき逃げされて死んだ女性の息子ワンシク(テ・ハンホ)も、名前と姿を変えて、ウビン(チェ・ジニョク)として皇帝の警護員として王宮に入りこみ、皇帝に復讐するチャンスをうかがいます。

 こうして三つ巴(どもえ)の闘いが始まるのですが、もうハチャメチャな展開なのです。

  韓国ドラマには、宮中の壮絶な権力争いを描いた時代劇が多々あります。

 親子兄弟でも王座につくために騙して追放する。邪魔者は刺客をやとって始末する。自害に見せかけて亡き者する。刃向かう者は、牢屋に監禁。拷問で焼きごてをあてる……。

 これが本作にも登場するのです。

 時代劇の長い刀は、ピストルに代わっていますが、暗殺も、牢屋も、拷問もそのまま。

 この過酷な闘いのなかで、素朴な若い娘のサニーが、勇気と根性、覚悟のある強い女性へ変わっていく姿は、見応え充分です。

 結末で、サニーは「最後の皇后」となり、腐敗した王室は廃止。国民が直接選挙で大統領を選ぶ、民主的で、透明性の高い政治が始まります。

 独裁的な軍事政権から民主化をめざした韓国の誇りが、感じられます。

© SBS

 さて、本作の原題は「最後の皇后」です。

 では王室は、いつなくなったのか?

 朝鮮の王朝である李氏朝鮮は、14世紀から500年以上続きますが、日露戦争の後、1910年に、日本が韓国を併合して終わります。

 最後の皇帝は、第27代の高宗(こうそう)。

 ちなみに、第25代の哲仁(哲宗)は、傑作ドラマ「哲仁王后~俺がクィーン!?」に出てくる皇帝です。

 そして「最後の皇后(王妃)」は、27代国王の母にあたる閔妃(みんぴ)。
 宮廷で殺害された悲劇の王妃です。

 というわけで、一見すると、奇想天外なドラマですが、背後には実際の歴史、韓国の民主政治への理想が横たわり、なかなかに奥深い作品です。

 何歳になっても可愛いチャン・ナラさん、凜々しいチェ・ジニョクさんのファンである私は、2人の熱演を楽しみました。

© SBS


松本侑子さんの講座「『赤毛のアン』とプリンス・エドワード島の世界」、2025年5月4日(日)13時半~15時、池袋コミュニティカレッジ(西武池袋本店)。詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

皇后の品格

配信
FOD、Hulu、 JCOM STREAM、Lemino、 Netflix、U-NEXTなどで配信中

情報は2025年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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