松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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貞淑なお仕事

2025/4/28公開

下着を販売する女たちの奮闘と友情のコメディ

Netflixシリーズ「貞淑なお仕事」独占配信中

 インターネット普及前の1992年に、地方の小さな町で、大人の下着の訪問販売をする女性4人の人生を、ときにコミカルに、ときに人情味豊かに描いた面白いドラマです。

 主人公は、中年主婦のジョンスク(キム・ソヨン)。
 彼女の夫は喧嘩っ早くて、仕事が長続きしない上に、浮気をして家出。
 家計は苦しく、息子が小学校に入学しても、カバンを買ってやることすらできません。

 ジョンスクは、薬剤師の家庭に通って家政婦として働いていますが、もっと収入を得て自活しようと、訪問販売員募集のチラシを見て、説明会へ出かけます。

 ところが、販売する商品は、肌もあらわな下着とアダルトグッズだったのです。

 説明会には、知り合いの主婦ヨンボク(キム・ソニョン)も来ていました。

 ヨンボクは4人の子持ちですが、夫は前科もちで定職につかず、彼女もやはり貧乏です。

 そんな2人は、もう背に腹は代えられないと、訪問販売を始めます。

 しかし、今から30年以上前の田舎町ですから、お客の女性たちは保守的です。本当は興味があっても、照れや恥じらいがあり、買おうとしません。

 おまけに、女が性にまつわる活動をすることに嫌悪、反発する男たちによって、ジョンスクは陰口をたたかれ、嫌がらせにもあいます。

 幸い、協力者も現れます。

 ジョンスクが家政婦として通っている裕福な薬剤師の妻グムヒ(キム・ソンリョン)です。

 グムヒは、大学で英文学を学んだ知的で上品な奥さまですが、いつも家にいて、料理をこしらえて夫の帰りを待ち、趣味は生け花、という古風で静かな生活です。

 彼女は、そんな変わりばえのしない暮らしと自分を変えようと、セクシー下着を売る場所として自宅を提供します。きわどい商品の宣伝文句も書きます。そのうち別人のように生き生きと変わっていきます。

 もう1人の協力者は、おしゃれな美容師ジュリ(イ・セヒ)。
 彼女は、未婚の母で、息子を育てながら、美容院を経営しています。
 若いジュリも、美容院の客である主人公ジョンスクや薬剤師夫人グムヒのために、販売員になり、下着のモデルをつとめ、楽しんで働きます。

Netflixシリーズ「貞淑なお仕事」独占配信中

 こうして、年齢も、家庭環境も異なる4人の女たちが、勇猛果敢にアダルト商品を売って利益を出していく女の自立、厚い友情、仕事と起業のドラマに、犯罪サスペンスも展開します。

 ソウルの警察から、若々しいエリート刑事のドヒョン(ヨン・ウジン)が、赴任したのです。

 彼は養子として育ち、実の母親を知りません。

 自分の出生の秘密が、この町で過去に起きた連続放火事件と赤ん坊の誘拐事件にあると考え、捜査をはじめます。

 ジョンスクの家の壁に、嫌がらせの落書きをされたときは、ドヒョン刑事は捜査にあたり、解決して、彼女の力になります。

 やがて主人公ジョンスクは、ダメ夫と離婚して、刑事ドヒョンとの間に、ロマンスが芽生えます……。

 もっとも、ドラマの最終回で、2人の恋の結末は、ちょっと肩透かしでした。

 同じ感想をもった視聴者が多かったらしく、韓国では、2人の後日談が、番外編として放送されたそうです。

Netflixシリーズ「貞淑なお仕事」独占配信中

 さて、このドラマで最も印象的な俳優は、過去を乗りこえて、生き方を変えていく薬剤師の妻グムヒを演じたキム・ソンリョンさん。
 そんな妻に反発しながらも、妻の人生を理解して寄り添っていく薬剤師の夫役のキム・ウォネさん。2人の夫婦愛のドラマに心動かされます。

 本作は、イギリスで放送された『ブリーフ・エンカウンターズ』(2016年)のリメイクです。

 英国版の予告動画を見ると、「女たちを性的に目ざめさせることは、私たちの義務」という台詞があり、性の解放も意図されているようです。映像は暗めで、アダルトな雰囲気も感じられます。

 いっぽう、韓国版は、明るいコメディで、夫婦の性の倦怠、女性の性の自立を、さらっと描いて、いやらしさは皆無です。

 昔はよくあった男性目線の艶笑譚的、女性差別的な笑いもありません。あくまでも女性主体のドラマです。

 このすごいドラマを書いた脚本家は、女性のチェ・ボリムさん。以前ご紹介した「九尾の狐とキケンな同居」、「キム秘書はいったい、なぜ?」も担当した実力派です。

 ドラマのネット配信により、テレビでは放送できない作品も製作され、韓国ドラマの新しいテーマの開拓、企画力につくづくと感心します。


松本侑子さんの講座「『赤毛のアン』とプリンス・エドワード島の世界」、2025年5月4日(日)13時半~15時、池袋コミュニティカレッジ(西武池袋本店)。詳細は松本侑子さんのホームページをご覧ください。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「貞淑なお仕事」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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