松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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涙の女王

2025/6/30公開

壊れた夫婦関係は修復できるのか

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 恋愛ドラマは男女の出会いに始まり、ロマンスや結婚に発展していく希望のあるプロセスに、視聴者はときめき、幸福感をおぼえます。

 ところが本作「涙の女王」は、壊れた夫婦の冷え切った関係と絶望から始まります。

 主人公は、ソウル大学法学部卒のエリート弁護士ヒョヌ(キム・スヒョン)。

 彼は、一流百貨店の法務部で働いていますが、妻のヘイン(キム・ジウォン)は、その百貨店の取締役社長、かつ百貨店創業者の孫娘です。

 ちなみに、ドラマが撮影された百貨店は、漢江(ハンガン)の汝矣島(ヨイド)にある「ザ・現代ソウル」です。

 先日訪れたところ、建物の外観が斬新で、内部には公園と美術館もあり、照明や設計もモダンで、洗練された大型商業施設でした。

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中

 さて、夫のヒョヌは、美貌の女社長ヘインと結婚したことから、世間からは、「逆玉」に乗ったラッキーな男と思われていますが、現実は、みじめな生活を送っていました。

 職場の百貨店では、妻が社長、彼は部下です。

 経営の方針をめぐって二人の意見が対立すると、まわりの同僚たちは社長の顔をたてて、彼のまともな提案が却下され、くやしさとストレスがたまります。

 家に帰っても、妻の実家に住んでいるため、くつろげません。

 しかも同居する妻の身内が、大勢いるのです!

 妻の両親、百貨店を創業した祖父、祖父の素性の知れない愛人、妻の無能な弟とその妻子、三度目の離婚をして戻ってきたおば……。

 浮世離れした贅沢な財閥一家のなかで、ふつうの家庭に育ったヒョヌは肩身が狭く、妻の母親にあれこれ命令されます。

 妻ヘインは冷淡、高慢で、夫の味方になってくれません。

 夫婦の寝室も別々です。

 かつて妻のヘインが流産したとき、二人の気持ちのすれ違いから、夫婦仲は冷えきってしまい、今では、世間体を保つためだけの仮面夫婦なのです。

 夫のヒョヌは、人生をやり直そうと、離婚を決意します。

 するとそのとき、妻が病気で余命3か月と知らされるのです。

 ヒョヌはひそかに考えます。
「あと3か月だけ、我慢すれば、妻は死んで、何のトラブルもなく別れることができる……」

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 ふつうのドラマなら、配偶者が病気になって、夫婦はおたがいの良さにあらためて気がつき、関係が修復……となるかもしれませんが、本作は、そんなに単純ではありません。

 米国帰りの野心的な投資家ウンソンの登場です。

 ウンソンは企業合併のプロであり、ヘインの百貨店の株式を詐欺的に買収して、経営を乗っ取ります。
 さらにヘインを、夫のヒョヌから奪い取ろうと、あの手この手で攻めてきます。

 妻の病気の進行、百貨店の乗っ取り、その詐欺的な犯罪、妻を狙う男の陰謀に対して、夫のヒョヌは、どう対処するのか?

 本作「涙の女王」は、「愛の不時着」と同じ脚本家と製作会社スタジオドラゴンが手がけ、共通するキャストが何人もいます。

 さらに、脇役たちの心温まるサブストーリーに、ほっと癒されるぬくもりも同じです。

「愛の不時着」では、北朝鮮の素朴な兵隊たちと村の女性たちが人情味豊かに描かれ、ソウルから来た実業家ユン・セリ(ソン・イェジン)との間に、親しみと友情がうまれた物語は、今でも忘れがたいものです。

 本作でも、大都会ソウルに暮らすヘインの一家は、金儲けと虚栄と権力支配にのみ執着していますが、夫ヒョヌの実家は、田舎で梨を栽培する農家です。堅実に生きているヒョヌの父や母たち家庭のドラマは、一服の清涼剤です。

 さらに、田舎に暮らすヒョヌの家族や近所の人々が、ソウルから来たヘインの財閥一家を温かく迎え入れ、やがて両者に、信頼や恋が育まれていく展開も、面白いサブストーリーです。

 さて、一度壊れた夫婦関係は、修復できるのか?

 結婚生活で感じた小さな失望、落胆、怒りがつもりつもって、相手へのあきらめ、不信感となり、心からの和解や共感をさまたげることは、よくあります。

 本作前半のヒョヌとヘインは、そうした夫婦です。

 しかし夫も妻も、意地とプライドを捨て、素直な気持ちになり、相手を思いやる言葉をかけて歩み寄ることで、新しい道が見つかるのではないか。

 恋して一緒になった相手への夢が、少しずつ失われていくのが、結婚の現実だとしても、失われた夢のなかから、また新しい幸せのかたちを探していくことが、できるのではないか。

 男女の出逢いから始まる恋愛ドラマではなく、夫婦の絶望から始まる本作に、韓国ドラマの成熟を感じます。

Netflixシリーズ「涙の女王」独占配信中


松本侑子さんの池袋の講座「なぞとき『赤毛のアン』シリーズ~第2巻『アンの青春』と第3巻『アンの愛情』の魅力を徹底解説」を2025年7月19日(土)13~14時半に開催。詳細は「松本侑子ホームページ」を御覧ください。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「涙の女王」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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