松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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サムダルリへようこそ

2025/12/22公開

済州島を舞台にした挫折と再起のヒューマン・ドラマ

Netflixシリーズ「サムダルリへようこそ」独占配信中

 主人公は、ソウルに暮らす30代の写真家チョ・サムダル(シン・ヘソン)。

 彼女は、チョ・ウネという雅号で、ファッションモデルや女優、男優を撮る一流の商業写真家です。

 時代の寵児となり、メディアで華やかに活躍しているため、「調子に乗っている」と受けとられる言動も、ないではありません。

 そんなとき、彼女の撮影のアシスタントが、「チョ・ウネからパワハラを受けて、自殺をした、一命を取りとめた」とネットで公開。

 SNSで拡散されて、スキャンダルになり、芸能記者が集まります。

 しかし本当は、アシスタントが、チョ・ウネの恋人を奪った挙げ句、チョ・ウネを陥れて失脚させるために、わざとくわだてた狂言自殺でした。

 しかし、事実関係を知らない世間の人々は、チョ・ウネ叩きの尻馬に乗って、匿名のネットで無責任に彼女を攻撃。

 その結果、チョ・ウネは、公開間近の写真展など、すべての仕事の企画がボツになり、失職。

 親しいはずだった一流モデルや俳優、編集者たちも、手のひらを返したように彼女から離れていきます。

 チョ・ウネは、努力して築いた地位を失った虚しさ、何も知らないネット民に叩かれる傷心と無力感、今まで自分を持ちあげてきた仕事仲間に去られた絶望をかかえて、大都会ソウルを去り、ふるさとの済州島へ8年ぶりに帰っていきます。

Netflixシリーズ「サムダルリへようこそ」独占配信中

 故郷は、サムダルリという小さな漁村。

 実家には、バス運転手の父、海にもぐって貝をとる海女の母がいます。
 近所には、元カレのチョ・ヨンピル(チ・チャンウク)、幼なじみの男友だちも暮らしています。

 チョ・ウネは、ふるさとでは、本名のチョ・サムダルに戻り、生まれ育った静かな海辺の村で、本当の自分と過去を見つめ直します。

 元恋人のヨンピルは気象予報士で、情熱と誇りを持って働いていますが、内心では、今なおサムダルを愛していて独身です。

 実はサムダルも、彼に心を残しています。

 では、2人は、なぜ別れたのか?

 このドラマは、2人の過去、さらに親たちの過去にも遡り、取り返しのつかない昔の悲劇が少しずつ明らかになっていきます。

 人は誰しも、生きてきた歳月の歴史があり、そこには青春の喜びも、若気のいたりの失敗も、思いがけない、予期せぬ悲劇もあるのです。

 このドラマは、ゆったりしたテンポで進み、血湧き肉躍る大活劇も、殺人事件も、サスペンスもありません。

 私たちと同じように日常を生きる人々の苦しみ、喜びを丁寧に描きます。

 喜びとは、やはりチョ・サムダルの幸いです。

 帰っていく故郷と家が今もある、そこに両親が健在である、昔の友だちが以前と変わらぬ親しさと優しさで接してくれる、自分の味方になってくれる……。

 いずれも夢のような、かけがえのない幸いです。

Netflixシリーズ「サムダルリへようこそ」独占配信中

 いっぽうの苦しみとは、仕事を失ったチョ・サムダルの先の見えない不安、失職した娘を黙って見守りながら料理を作り、海女の仕事をする母、過去の悲劇を忘れられずに周囲を憎んで心を閉ざしている男、子どもに心配をかけまいと自分の病気を隠している老いた親、嫁ぎ先の姑とうまくいかず離婚した女性、夫が病死してシングル・マザーになって子どもを育てている若い女性……。

 様々な人々の生きる苦しみ、老いていく悲しみ、限られた命を生きている人間の宿命を感じながら、主人公のサムダルは、元恋人ヨンピルの愛、両親の見守り、幼なじみの熱い励ましによって、立ち直っていきます。

 済州島の水色から藍色まで様々な青い色の海、どこまでも広い空、表情豊かな雲、高い山ハルラサンの風景のなかで、人々の温かな心を描いた本作を、私は毎日一話ずつ視聴して、まるで自分も済州島に暮らしているような心地がしました。

 どんなにつらいことがあっても、人は立ち直ることができる……。
 人の挫折と再起を、済州島の自然と人情を背景に描いた佳作です。

 ドラマ「愛の不時着」で、北朝鮮の兵士ピョ・チス役で人気を博したヤン・ギョンウォンさんが、本作では、財閥の御曹司、それも不甲斐ないドラ息子を、コミカルに演じています。

 このドラマには、全体を通じて、そこはかとない喜劇的なテイストがあり、それも、ほんわかした面白さの一つと言えましょう。

Netflixシリーズ「サムダルリへようこそ」独占配信中

 2025年12月下旬、チ・チャンウクさんのファン・ミーティングが東京で開かれます。チケットを買いました! 今から楽しみにしているところです。


第26回カナダ『赤毛のアン』ツアー(プリンス・エドワード島とノヴァ・スコシア州へ)。2026年6月17日(水)~6月23日(火)、松本侑子企画・同行解説、ケイライントラベル株式会社主催、受付中。詳細は松本侑子さんのホームページへ。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「サムダルリへようこそ」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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