田幸和歌子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

ひらやすみ

2025/12/1公開

フリーターと従姉妹の共同生活から始まるやさしく繊細な物語

「何かとしんどくて、最近はもう、こういうのしか観たくないんだ」

 同業者やエンタメ好きの友人知人から、こうした言葉を聞く機会が増えた。「こういうの」が指す1つは、真造圭伍原作、岡山天音主演のNHK夜ドラ『ひらやすみ』だ。主演・岡山天音、演出はドラマ『春になったら』『団地のふたり』などの松本佳奈、制作統括は『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の坂部康二と発表された時点で期待大だったが、予想を上回る愛おしい作品である。

 主人公は生田ヒロト(岡山天音)、29歳独身、フリーター。ひょんなことから意気投合した近所のおばあちゃん・和田はなえ(根岸季衣)からタダで戸建ての平屋を譲り受け、そこに美大進学で山形から上京した従姉妹・なつみ(森七菜)が一緒に住み始める。ヒロトは俳優を目指していたが、タイプの女優の前では緊張してNGを連発することから俳優をやめ、釣り堀でバイト生活をしている。

 特異なのは、ヒロトが定職もなく恋人もないのに、悩みも不安も抱いていない自由人であること。はなえに「次の段階の幸せを求めないのか」と問われても、「幸せ」が何かなど考えたこともない。親友のヒデキ(吉村界人)に子どもができても、置いて行かれる寂しさなど微塵もなく、元気な子が生まれることを素直に願う。毎日健康的な朝食を作り、バイト中も夕食の献立を考え、歩道橋からの眺めや新芽の匂いを楽しむヒロトの生活は、正直羨ましい。なつみに悩みはないのか聞かれ、「ないよ」「くよくよ考えたってしょうがないじゃん」と答えて驚かれた後、「夕飯、めっちゃ考える。でも、くよくよしないから」と補足し、さらに引かれる。

 この岡山と森の掛け合いが実に良い。ヒロトはなつみが来てから初めてはなえの死を思い、「ばあちゃん、ごめん、オレ頑張るよ!」と大声で泣くが、なつみの反応は「こわっ!」。確かに面識ない人物の死を、時を経て突然大声で泣き、何やら宣言する大人は、引いて見ると「こわっ」だろう。こうしたおかしみが本作の随所にある。

 ヒロトのような吞気な友人がほしい、あるいは自分がかくありたいと思う一方、そうした吞気さが他者を苛立たせることもある。ヒロトは意外と頑固でこだわりが強い、面倒くさい人でもあるからだ。象徴的エピソードが、エスカレーター片側開け問題。ヒロトはヒデキと実験まで行い、「エスカレーターで歩くのと階段で歩くの」の差3メートルという結果をもとに熱弁を振るう。「3メートルの差、それで人生の何が変わんの⁉」。これは忙しすぎる現代社会への抗議だと言う。

 世の中の「普通」に飲み込まれないヒロトの素直な感覚に苛立つのは、ニコニコ不動産勤務のよもぎ(吉岡里帆)だ。休日に釣り堀に来ても、仕事の電話に追われるよもぎ。そんなよもぎの服にタグがついていると気づいたヒロトは、とってあげ、タグに書かれた金額3万円に思わず「高っ!」と口走る。一生懸命働いた自分へのご褒美で買った服だけに、傷つき、「どうせ似合ってませんよ」とブチぎれるよもぎ。さらに、七夕祭りでハリボテを作らなければならず、実家にも長く帰省できない中、母から20年飼ってきた愛猫が死んだ電話が。それでも感情を表に出さないよもぎは、同じく祭りにハリボテを出すヒロトに「祭りって楽しいっすよね」と笑顔で話しかけられ、涙をこぼしながら八つ当たりしてしまう。「みんながあなたみたいに生きられると思わないでよ!」

 しかし、ヒロトにとってよもぎは初見で「タイプだけど、緊張しない」人で、後に親しくなっていく。「お仲間っぽい」「なんか仲良くなれそう」という嗅覚は、実は多数の人に備わった高性能のセンサーだと思うのだが、そんな人がこの世界には溢れている。自意識過剰で友達のいないなっちゃんにとっては、それが新歓コンパで酔いつぶれた自分に水をくれたあかり(光嶌なづな)だ。友達になりたての頃、互いをニックネームで呼び出す新鮮な時期は、恋愛に劣らないキラキラした楽しい時間である。

 ところで、本作は原作ファンに再現度の高さを絶賛されているが、それもそのはず、岡山と森はオファーを受ける前からこの作品の愛読者だったという。また、よもぎ役の吉岡が醸し出す絶妙な“残念”感も、同作者の別作品を読んでいたという解像度の高さによるもの。そして本作のもう一つの主役は「平屋」だ。公式の制作日誌によると、問い合わせた件数300軒ほど、足を運んだ60軒くらいの中から、原作にかなり似た2LDKの間取りの平屋が選ばれた。お勝手の小窓と外、縁側と庭など、内と外のゆるやかなつながり方が心地良い。

 NHK夜ドラは平均点が高い一方、民放GP帯(主に平日19時から23時までの時間帯)のドラマと重なるため、週末にまとめ見する人も多いだろう。でも、本作は1日の締めに毎晩会いたくなる人達であり、飯島奈美監修の料理も美味しそうで、就寝前のクールダウンにもふさわしい。時代性と「夜ドラ」の性質に合致した、こんな夜がずっと続けば良いのにと思える作品だ。

今回ご紹介した作品

ひらやすみ

放送
NHK総合にて毎週月~木曜22時45分~放送中
配信
NHKオンデマンドにて配信中

情報は2025年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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