田幸和歌子さんのドラマ批評 - 火星の女王

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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火星の女王

2026/1/30公開

NHK×SF意欲作『火星の女王』が突きつける私達の現在地

 かつて未知の世界や未来を描くSFには、畏怖と憧れがあった。宇宙が遠く謎に満ちていた時代、人類はその暗黒の彼方に希望を投影していたものだ。しかし、科学技術が進歩し、さまざまなことが解明され、宇宙が近くなった今、SFが描くのはディストピアの未来になってきている。人類の叡智の末に壊れてきている地球をどう守るのか。利便性を捨てることができない私達の日常が孕む矛盾。SFは今や究極の社会派ドラマになっているのだ。

 NHKが『きれいのくに』『17才の帝国』に続いて放つ本作『火星の女王』は、放送100年を機に「宇宙・未来プロジェクト」の一環として制作・放送された意欲作である。

 舞台は2125年、人類が火星に移住して40年後の未来。『地図と拳』で直木賞を受賞した小川哲の小説を原作に、『けいおん!』や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズの吉田玲子が脚本を手がけた。『17才の帝国』同様、アニメ・マンガ的手触りを取り入れた映像は、明らかに世界を視野に入れている。早くも49分×6話に再編集したスペシャルエディションがNHKBSとBS4Kで2026年度に放送されることも発表済みだ。

 物語は現在の2125年と22年前の「宇宙港事件」、2つの時間軸で描かれる。過酷な環境下で少人数が助け合って生きてきた火星のコミュニティ。初期の開拓民が立ち上げた互助組織「コクーン」を中心に、孤児のための養護施設や診療所、学校を整備しながら人々は生き延びてきた。

 ところが、人口が10万人に達すると、ISDA(惑星間宇宙開発機関)が火星を統治するようになる。火星は事実上の植民地状態にされ、住民は人体に埋め込まれたタグで管理されることに。人間は番号に、命は数字にされていく。タグを持たない「タグレス」は社会から排除され、生存に必要な物資すら与えられない。それは国民を番号で管理しようとする今の日本の姿とも、どこか重なって見える。

 22年前、火星で感染症が広がったとき、タグレスには薬が供給されなかった。その差別的な対応への抗議が「宇宙港事件」につながった。この事件で何が起きたのかは、物語の核心に関わってくる。そして現在、ISDAは「地球帰還計画」を発表する。期限までに撤退しない場合はコロニーの全機能を停止する。水も酸素も止めるという、事実上の死刑宣告だ。

 主役級の豪華俳優陣を集めると、内容そっちのけの"お祭り"状態で内容が疎かになるケースも多い中、この作品は「謎の物体」を中心に据え、役者ひとりひとりが適材適所で、自身の役割を誠実に果たしている。

 主人公は生まれつき視覚障害があり、音楽とラジオを愛する22歳のリリ。ISDA日本支局長タキマ(宮沢りえ)の娘として育った彼女を、国際オーディションで抜擢された台湾出身のスリ・リンが演じる。火星での研修でリリと出会い、"ある約束"を交わしたISDA職員アオトに菅田将暉。火星副支局長ガレにシム・ウンギョン。虐げられた労働者の街で育ったチップに岸井ゆきの、警察捜査官マルに菅原小春。謎の物体を追い続ける科学者カワナベに吉岡秀隆。ホエール社CEOにナイジェリアのデイェミ・オカンラウォン、ISDA事務総長に台湾のサンディ・チャンと、日本語、英語、韓国語、中国語が飛び交う国際色豊かなキャスティングも見どころだ。

 物語を動かすのは、火星で発見された「謎の物体」である。膨大なエネルギーを内包するそれが発見されたとき、地球と火星の両方で異変が起こる。物体をどうすべきか、何に使うべきか。調べれば調べるほどありえない仮説がわいてくる。この物体をめぐって、人間の欲望と驕りが剥き出しになっていく。地球出身者が火星社会で優位に立ち、火星生まれの人々が抑圧される構造は、現実世界における植民地支配の縮図のようだ。

 衝撃的なのは、ISDAが火星住民に対して行う暴力的な鎮圧の描写だろう。殴って服従させようとし、やがては動かなくなる人の姿。それは私達がニュースで幾度も目にしてきた、権力が人々を踏みにじる光景と重なってしまう。幾度も見たさまざまな光景がフラッシュバックするのだ。

『きれいのくに』『17才の帝国』に続いて本作を手がけた演出の西村武五郎は、作品の中心的テーマとして「未知の物体」と「地球から見えない火星」という二重の未知を据え、「見えないものをなきものにしないための戦い」を描くことを意図したという。視覚障害を持つリリというキャラクター設定もまた、「見えないもの」を「無きものとしない」というメッセージを内包している。NHKの科学番組チームも制作に参加し、「100年後に本当にありうる世界」を追求した映像も圧巻だ。

 100年前、ラジオ放送が始まった頃、人々は未来に何を夢見ていただろうか。そして100年後、私達の子孫はどんな世界に生きているのだろう。本作が描く2125年の火星は、希望というより警告として私達の前に差し出されている。

今回ご紹介した作品

火星の女王

配信
NHKオンデマンドにて配信中

情報は2026年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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