辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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京城クリーチャー

2024/8/2公開

旧日本軍の人体実験で生まれた「怪物」に翻弄される家族の物語

Netflixシリーズ「京城クリーチャー」独占配信中

 日本社会における韓ドラの受け止めかたは、はっきりと二つに分かれる。

 一つはエンタメとしての消費であり、その代表的な作品が『愛の不時着』だろう。朝鮮半島の南北分断をも、軽々と「消費」してしまう。

 そして、その対極にあるのが、「反日」とするものだ。歴史的事実をシナリオに盛り込んだドラマや映画は、一様に「反日」だとしてネットで騒がれる。

 韓ドラで、旧帝国日本の蛮行と、その植民地支配に加担して甘い汁を吸った者たち(親日派)を描くと、日本では日本を貶めるための嘘だとされてしまうのだから厄介だ。

 トップスターであるパク・ソジュンとハン・ソヒ主演の『京城クリーチャー』は、その反日認定が最も素早くなされたドラマでもある。そもそもドラマなのだから演出が入るのは当たり前なのだが、まるでドキュメンタリーと勘違いしているかのようにこと細かく事実と異なるところを探し出しては捏造だと言い立てる。

Netflixシリーズ「京城クリーチャー」独占配信中

 要するに、内容が日本のネトウヨ層の中にある劣等感を刺激したために蜂の巣をひっくり返したような騒ぎになったのだ。

 このドラマは、旧日本軍による人体実験によって生まれてしまった怪物に翻弄される家族の物語である。そこに独立運動家たちの同志愛が描かれ、どのような思想信条の持ち主でも等しく苦難を抱えていた植民地時代を描き切った作品だ。

 このモチーフのもととなった人体実験は、第二次世界大戦期の帝国陸軍に存在した細菌戦部隊である731部隊(正式名称は関東軍防疫給水部)が満州で行った行為である。人体実験で殺した数は、判明しているだけでも3千人以上だ。

 日本の敗戦が決定的になると、すべての施設を爆破して証拠を隠滅し、隊員たちには「郷里に帰った後も731に在籍していた事実を秘匿し、軍歴を隠すこと」「あらゆる公職には就かぬこと」「隊員相互の連絡は厳禁する」として沈黙を強いた。また部隊の責任者だった石井四郎軍医中将は、その研究データをアメリカに引き渡すことで戦犯裁判を逃れた。

 その結果、部隊の秘密は戦後も長い間知られることがなかった。

 後に、複数の元731部隊員の証言によって、人体実験の被害者は主に捕虜やスパイ容疑者として拘束された中国人、朝鮮人、モンゴル人、ロシア人、アメリカ人等で、「マルタ(丸太)」という隠語で呼ばれ、中には一般市民、女性や子どもも含まれていたことが明らかになった。人体実験は歴史的事実なのだ。

 そして部隊の幹部たちは、部下には公職に就かないよう強いておいて、何食わぬ顔で日本の医療界に復帰した。

 薬害エイズ事件が起きたのは、731由来の命を軽く見る態度が戦後も医療界に継承された結果だと指摘されている。

 歴史の隠蔽はどこの国でも同じだ。

 しかし韓国には、朝鮮王朝時代の奴隷制をはじめ、植民地支配、朝鮮戦争、軍事独裁と、何世代にもわたって人々の命が軽んじられてきた歴史がある。韓国の民衆は常に支配され抑圧されるばかりで、旧帝国時代の日本の大衆のように植民者となっていい思いをした者はほとんどいない。

 だから、もううんざりだ、二度と権力に騙されてひどい目にあいたくないという思いが、過ちへの反省として多様な韓国エンタメのベースに通底している。

 それは、ドラマ『私の夫と結婚して』※などにも見られるように、二度と失敗を繰り返さないためのリベンジ精神であり、抑圧された者こそがヒーロー・ヒロインなのだ。

 その意味で、この『京城クリーチャー』のストーリーは、核の落とし子として人間が生み出した恐怖の存在を描いた『原子怪獣現わる』(1953年)や『ゴジラ』(1954年)の流れに沿っており、社会派エンタメの伝統芸と言えるだろう。

Netflixシリーズ「京城クリーチャー」独占配信中

 さらに、ハン・ソヒ演じる娘のチュオクが行方不明の母を探し続け、母の愛が娘を守るという家族愛に涙した人も多いだろう。しかしそれは、韓国社会に家父長制をベースにした母性神話が今も強固に存在することを示したとも言える。

 独立運動に身を投じた若者が、拷問に耐えかねて自白をしたり友を裏切ったりしながら、それでも最後には手を取り合うというのも、現実とはかけ離れたエンタメの世界そのものだ。

 つまり『京城クリーチャー』は、韓国版『ゴジラ』であると同時に、ある意味男のロマンが詰まったエンタメであって、ネトウヨたちが叫ぶ「反日」などとは程遠い物語なのだ。

※『私の夫と結婚して』
https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/drama/0007/20240412.html

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ『京城クリーチャー』

配信
Netflixで独占配信中

情報は2024年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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