辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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自白

2025/1/10公開

最後まで気が抜けないジュノ主演の法廷ドラマ

『自白』(2019年)を見終わって、これは人気が出るのも当然だな、と思った。

 法廷ドラマは、同じような事件であってもさまざまな角度からストーリーを作れるので、サスペンス的にもコメディ的にも仕上げることができる、作りやすいドラマ形態の一つだ。近年では、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』(2022年)など、自閉スペクトラム症の弁護士が主役というドラマもある。

『自白』はアイドルグループ2PMのジュノを主役にした作品だが、シナリオの力で最後まで視聴者を釘付けにした。

 チェ・ドヒョン弁護士(ジュノ)の父は、軍隊内での殺人事件の犯人として死刑判決を受けて収監中。彼は幼いころから心疾患があり、移植手術を受けた経験を持つ。そんなあやうい身体を抱えながら、父への判決に疑問を持ち、弁護士となった。

 そこに猟奇的な連続女性殺害事件が起きる。

 チェは事件の担当弁護士として無罪を勝ち取り、有罪と確信していたベテラン刑事キ・チュノとの因縁がスタートする。

 数年後、一度は無罪判決を受けた被疑者が、再び他の連続殺人事件で最重要容疑者となり、チェ・ドヒョンが再度弁護人となった。

 ここからドラマは一転する。

 実は、かつてチェが無罪を勝ち取った容疑者は、実際には犯人だったのだ。しかし、今回の犯行とは無関係だった。犯行の手口も以前の連続殺人とは共通点が少なかった。

 そこでチェは、一度は無罪となった殺人犯に法廷で過去の犯行を自白させ、今回の連続殺人との関連性を断ち切るという戦術に出る。

 やがて、次々に起こる殺人事件、死刑判決を受けた父と事件の関係、さらには自分の心臓移植を取り巻く人間関係までが、一本の線でつながっていく。

 このドラマは、弁護士としての主人公の立ち位置や依頼者への向き合いかたの描写、また法廷での駆け引きの演出が、他のドラマとは一線を画すと言えるほどうまいのだ。

 容疑者ハン・ジョング役のリュ・ギョンスの不気味なほど上手い演技、そして刑事キ・チュノ役のベテラン俳優ユ・ジェミョンの厚みのある演技が、主役であるジュノを支えていたのは言うまでもない。

 さらに、ドラマ全体に安心感を与えていたのが女性裁判長の存在だ。演じたのはパク・ミヒョン。母親役が多く、裁判長役は初めて見たが、機械的で冷たい「裁きの場」が、彼女の存在によって、無機質なものからなにか別なものに変わったように感じるほどだった。

 終盤の、チェ弁護士とキ刑事の二人三脚は、それってありか!? と言ってしまうほどで、思わず唸った。

 最後まで気が抜けない。是非、この後はサブスクで楽しんでもらいたい。

 主演のジュノは、アイドルグループ2PMのメンバーで、笑顔が可愛く、どちらかというとおちゃらけ担当だったが、2013年の映画『監視者たち』で初めて主演した。

 その後、『キム課長とソ理事』(2017年)でナングン・ミンと互角の演技をしたことで一気に注目度が上がった。この作品は、私も何回も見返したほどで、大爆笑の作品だ。そして『自白』の後には『赤い袖先』(2021年)でイ・サン役を演じて最優秀演技賞を受賞している。いずれの作品からも、彼の成長と努力が滲み出ている。

 日本ではアイドル出身の役者は軽く見られがちだが、韓国のアイドルは鍛えられかたが違う。すさまじいレッスン生時代を経て、デビューを勝ち取り、認知され、ファンクラブができるまでの奴隷労働は、韓国で社会問題になっているほどだ。

 先日もサバイバルオーディションで、無制限に踊らせるテストに中国出身の練習生が「これ以上やったら壊れる。ぼくたちは機械じゃない」と抗議したが、審査員は、アイドルを目指すならこれくらい連続して完璧な踊りができなければダメだと叱責した。それは競争社会韓国の姿そのものだった。

 ジュノもかつて、アクロバットの練習中に右肩を損傷し、手術できたのは二年後だった。脊髄骨折のときも、術後の状態が悪いのに鎮痛剤を飲んで芸能活動を続けた。

 そうでなくても兵役のために2年間の活動停止というペナルティが韓国のアイドルにはある。だから「いまこの時」を逃すことはできないのだ。

 絶えず競争を勝ち抜き、瞬間、瞬間を全力で努力し続けなければ一瞬で落伍者になる韓国芸能界。ここまで来るのには本当に血のにじむ努力があったはずだ。一方で、果たして人間社会としてそれはどうなのかという疑問はいつもある。

『自白』は、法廷ドラマとしても面白いが、血のにじむ努力の結果たどり着いたジュノの演技だと思うと、また違う味わいがある。

 どのシーンも立ち姿がカッコいい。

今回ご紹介した作品

自白

配信
Amazon Prime、Huluにて配信中

情報は2025年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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