地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
フューリアス:奪う女と追う女
2026/10/16公開
女性捜査官と女性のシリアルキラーの危うい関係

『フューリアス:奪う女と追う女』
ディズニープラス スターで独占配信中
© 2026 20th Television
ゴールデングローブ賞の国際投票者を務めていると、本国と直接ルートができて作品を先行視聴したり、キャストやクリエイター陣に話を聞いたりする機会がある。ただ、テレビシリーズの全話が、配信開始よりずっと前に届くことは、私の経験ではそう多くない。早くから記者に全話の視聴を促し、取材の場まで積極的に設ける作品からは、送り手の自信が伝わってくる。今年、その手応えを強く感じた一本が『フューリアス:奪う女と追う女』だ。実際に見て、その自信に納得した。
エミー・ロッサム演じるFBI捜査官アリスが追うのは、富と権力を持つ男たちを狙う連続殺人犯キャサリン。演じるのは、本連載で以前紹介した『セイ・ナッシング』でも暴力と深く関わる女性を体現したローラ・ペティクルーだ。追う側と追われる側の双方に暴力を受けた過去がある。全8話を通して、二人の人生が次第に絡み合っていく。女性捜査官と女性のシリアルキラーの危うい関係には、異色のヒットシリーズ『キリング・イヴ/Killing Eve』に通じる、ぶっ飛んだ面白さがある。過激で刺激的な映像世界には、時に笑っていいのか迷うほど毒気のあるユーモアも漂う。
企画のもとになったのは、1987年の映画『ブラック・ウィドー』。脚本・製作総指揮のエリザベス・メリウェザーが心をつかまれたのは、女性捜査官と女性連続殺人犯が追跡劇の途中で、海辺で一緒に過ごす場面だった。米映画サイトMoviefoneのインタビューで、こう語っている。「結局これは、人生のほかの場面ではうまく人とつながれない二人の女性が、互いにはつながれる物語なのです」。敵同士のはずなのに、相手にだけは通じるものがある。その奇妙な親密さが、ドラマの芯にある。
余命宣告を受けた女性が自らの性を見つめ直す秀作ドラマ『人生の最期にシたいコト』でも、女性の身体と欲望に向き合ったメリウェザーは、本作で「暴力の連鎖」というテーマに踏み込む。キャサリンは過去に傷つけられ、暴力を解決の手段に選んだ人物だ。しかも、自分の過去には欠けている記憶がある。捜査官が犯人を追う一方で、犯人自身も自分に何が起きたのかを探っていく。被害者が加害者へと転じる過程を通して、暴力はどのように連鎖し、どうすれば断ち切れるのかという重い問いが浮かび上がる。

© 2026 20th Television
アリスもまた、容易に共感を誘う人物としては描かれない。ロッサムは「他人のためには正義を求めて行動できるのに、自分の痛みには向き合えないという矛盾に、アリスという人物の複雑さを見いだしている」と先のインタビューで語っていた。舞台で長く活躍してきたクインシー・タイラー・バーンスタインが演じる、アリスの上司にあたる捜査官ノラにも、強さと心身の消耗、そして組織内での保身が同居する。日々起きる事件に憤りを感じる彼女たちは、いずれも揺るぎない「正義の味方」としては描かれない。
一方で、本作には世間が思い描く「完璧な被害者」も登場しない。演じるペティクルーは「キャサリンは『完璧な被害者』という考え方の対極にある人物」と語る。好感の持てる人物に見せることより、その状況でなぜその選択をするのかを理解して演じたという。殺人を正当化できないとわかっていながら、私たちはキャサリンに魅了され、いつの間にか彼女の逃走を願っている。こうして感情や倫理観を揺さぶられるところに、本作のスリラーとしての面白さがある。
ここで改めて考えさせられるのは、私たちが被害者に何を求めているのかということだ。気の毒で、善良で、おとなしい人なら守ってあげたいと思う。しかし、怒りをあらわにしたり、欲望を持ったり、好ましくない振る舞いをした途端、同情が不信や非難に変わることもあるだろう。そのとき私たちは、被害の事実より、同情に値する人物かどうかの品定めを優先してはいないだろうか。無数の人々のそうした視線が、被害に遭った人をさらに責め、傷つける二次加害につながる。
ある行為の責任を問うことと、その人が受けた被害を認めることは両立する。本作は、その二つを同時に考えるよう視聴者に迫ってくるのだ。

© 2026 20th Television
こうしたステレオタイプを、別の角度から揺さぶるのが、車椅子で生活するオールデンだ。日常では在宅介護助手として働くキャサリンのケアを受ける相手である。演じるスティーヴ・ウェイは、生まれつき筋ジストロフィーがあり、秀作ドラマ『ラミー:自分探しの旅』でも知られる俳優・コメディアンで、障害者の権利を訴える活動も続けている。オールデンは皮肉屋で、欲望も毒気もあり、キャサリンに恋をする一人の男性である。そんな彼が、たまらなく魅力的だ。社会の中で不利な立場に置かれることと、性格まで従順で無害であることは別の話だ。同情しやすい善人に収まらない彼の存在が、作品を豊かにし、作り手の志を伝えている。
こうした姿勢は、撮影現場でも貫かれている。キャサリンは復讐を遂げるために、自分の身体さえ手段にする。露出の多い場面や性的な場面を演じるうえで、ペティクルーは「彼女にふさわしい尊厳を与えたかった」と語る。その配慮は、メリウェザーや主演に加えて製作総指揮も担うロッサムら、制作陣全体で共有されていたという。
親密な場面の撮影を支えたのは、インティマシー・コーディネーターのクレア・ウォーデンだ。俳優の同意を確認し、身体の見せ方や触れ方などを調整する専門家である。ロッサムによればウォーデンは安心して話し合える環境をつくり、性的な場面で人物のどんな一面を表現するのか、演技を掘り下げる手助けもしてくれたという。大胆な表現を支えるためにこそ、こうした専門性が必要なのだ。
ここで思い出さずにはいられないのが、アカデミー賞作品賞などを受賞した映画『アノーラ』だ。娼婦を演じたマイキー・マディソンは、監督側からの提案を受けた上でインティマシー・コーディネーターを付けない選択をしたと明かしていた。本人の選択は尊重されるべきだと思う。それでも私は、性や性暴力を扱う現場には、この専門家がいることが当たり前であるべきだと考える。俳優個人の判断に委ねる前に、制作側が用意すべき最低限の体制ではないだろうか。
女性の声や尊厳を大切にしようとするハリウッドの動きが、また後退しているのではないか。2026年に入ってからは、そんな不安を覚えることが増えた。今年公表されたUCLAの調査でも、映像業界で最も女性の進出が遅れている分野=監督業に占める割合の低下が報告されている。だからこそ、女性を厄介さや矛盾ごと描き、女性主体の現場で演じる人への配慮も作品作りに組み込む『フューリアス:奪う女と追う女』が痛快でもあり、心強くもあるのだ。

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今回ご紹介した作品
フューリアス:奪う女と追う女
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- ディズニープラス スターで独占配信中
情報は2026年10月時点のものです。














