村上淳子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

おつかれさま

2025/5/12公開

怒り、悲しみ、切なさをIU(アイユー)が全身全霊で演じる

Netflixシリーズ「おつかれさま」独占配信中

 ストーリーは1950年代の済州島(チェジュとう)で、海女の話から始まります。最初はあまりに地方色が強く「韓国版あまちゃん」になるのかと思いきや、3世代に渡る家族の紆余曲折を描くドラマティックな作品でした。とりわけ娘、母、祖母である女性の心に深く刺さる台詞や場面が多く、現代に繋がる女性の生きづらさを健気に逞しく乗り越える登場人物たちに背中を押される気持ちになります。

 なんといっても本作を牽引したのは、主人公エスンの若き時代とエスンの娘クムミョンの2役を演じたIUです。

 成績はトップクラスで詩が大好きで将来は「詩人」になりたいエスン。しかし、もともと家は貧しい上に父親は早くに他界。海女として働きエスンを自立した娘に育てようとしていた母親にも先立たれます。義理の父と兄妹の面倒をみるために、働きながら学校に通い市場でキャベツを売るときも本を手放さない。それは、恥ずかしさを隠すためでもあったのです。

 のちに、娘クムミョンも韓国イチのソウル大学に進学し、同じ大学の男性と恋仲になるも、ここでも実家が裕福でないことで、悔しい思いを散々することに。

 エスンもクムミョンも頭が良く、気が強く、実直な頑張り屋。そんなふたりの身に理不尽なことが山ほど降りかかります。

 その怒り、悲しみ、切なさをIUが全身全霊で演じ、心を動かさずにはいられません。中年期のエスンに扮した実力派ムン・ソリにも引けを取らない熱演に引き込まれました。

Netflixシリーズ「おつかれさま」独占配信中

 アイドル歌手としてデビューし「国民の妹」と呼ばれるほど人気者に。やがて女優にも進出はよくあるケースですが、ここまで急激に演技を磨きあげたのは驚きです。

『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』(2018年)で貧困のなかで祖母を介護するヒロインを演じ、是枝裕和監督を魅了し、カンヌ国際映画祭で2冠に輝いた『ベイビー・ブローカー』(2022年)の主役でスクリーンデビュー。このときも彼女に主演女優賞をあげたいと思うほど心を揺さぶられましたが、『おつかれさま』では涙を溢れさせる激情と感情を抑制した秀逸な演技に感銘を受けました。

 クムミョンがなにかと難癖をつける婚約者の母親に、「私は温室育ちなんです。この世で一番かけがえのないものとして、それはもう大事に育てられたんです。だから、どうか私をいびるのはやめてください。両親が泣いてしまいます」と、激しい怒りを秘めて淡々と語るシーンにシビれました。

 ちなみにIU自身もデビュー前、母親が借金の保証人になったことで、一時は狭いワンルームで家族で暮らすなど貧困生活だったそうで、当時の体験が本作の演技に少なからず反映されているかもしれません。

 一流スターになったいまは「寄付天使」と呼ばれるほど被災者や恵まれない人に多額の寄付を送っており、歌手としては言わずもがな演技にも秀で、善行も施すとは31歳にしてもう才能と人徳を兼ね備えた「できた人」すぎます。

Netflixシリーズ「おつかれさま」独占配信中

 全ての女性にとって、真の王子さまはエスンの夫グァンシクではないでしょうか。一途に愛してくれて、実の母親よりエスンをいちばんに考えて行動する。財力はイマイチですが、真面目な働き者。なんとかエスンの夢を叶えたいと思いながら実現できないことに胸を痛めている。

 青年時代をイケメンのパク・ボゴムがピュアに真っ直ぐに演じ、中年時代をパク・ヘジュンが『夫婦の世界』(2020年)の最低の不倫クズ男の痕跡を消し去り、朴訥ながら愛情深い理想の夫を好演しました。

 加えて、韓国の政治、エンタメ界の変遷が要所、要所に差し込まれているところも見どころです。

 とりわけ音楽に関しては、韓国の音楽シーンを一気に変えたヒップホップグループの先駆けソテジワアイドゥル、ボーイズグループのH.O.Tの場面では当時の人気の凄まじさがよくわかり、それが現代のK-POPブームに繋がるのが見てとれます。

 唯一、残念なのは舞台が済州島にもかかわらず大勢の島民が虐殺された1948年の「済州4・3事件」に全く触れていないこと。あまりに惨劇すぎてストーリーに絡めることができなかったのかもしれませんが……。

Netflixシリーズ「おつかれさま」独占配信中

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「おつかれさま」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ