地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
舟を編む ~私、辞書つくります~
2025/7/7公開
映画化やアニメ化された本作を現代的視点で描く
昨年、NHK BSで放送され、国内外で絶賛された『舟を編む ~私、辞書つくります~』が6月17日から、NHK総合のドラマ10(火曜夜10時枠)で放送されている。
本作は、出版社の辞書編集部を舞台にしたお仕事モノの連続ドラマ。
ファッション誌の編集者だった岸辺みどり(池田エライザ)は、雑誌の廃刊が決まったことで、辞書編集部に異動となり辞書「大渡海」の編集に関わることになる。
真面目な上司・馬締光也(野田洋次郎)たち編集者と辞書の監修を務める国語学者・松本朋佑(柴田恭兵)の辞書にかける情熱が理解できず、初めは戸惑う岸辺だったが、次第に彼女も辞書づくりを通じて、豊かな言葉の海へ乗り出していく。
原作は三浦しをんの小説『舟を編む』(光文社)。2011年に刊行された本作は当時話題となり、2013年には石井裕也監督の手で映画化。2016年にはアニメ化もされている。
原作小説、映画、アニメでは馬締が主人公だが、今回のドラマ版では、岸辺みどりが主人公となっている。岸辺は原作では途中から登場するキャラクターだが、彼女を中心に置いたことで、物語の印象は大きく変化している。
辞書作りの内幕を覗き見ることができるのが本作の面白さだが、ファッション誌の世界にいた岸辺にとって辞書は未知の世界。逆に馬締たち辞書編集部の面々は、ファッション誌の世界にいた岸辺は異世界の住人だ。
それは両者の外見や服装に強く現れており、野田洋次郎が演じる馬締の外見がボサボサの髪の毛に地味なスーツというやぼったい見た目なのに対し、池田エライザが演じる岸辺は顔立ちも衣装も派手で元読者モデルらしいビジュアルとなっていて、両者のビジュアルの対比がまず印象に残る。
同じ出版社にいても別の世界の住人だった馬締たちと岸辺みどりが出会ったことで起きる文化の衝突が本作では描かれており、その結果、とてもドラマチックな仕上がりとなっている。
また、2017年から物語がスタートする本作は、原作とは違う時代の物語になっている。
展開されるエピソードは原作のものが多く、辞書作りの流れも概ね原作通りだが、時代背景が違うことによって、物語に微妙な違いが現れていることが、とても興味深い。
何より大きく違うのが出版業界の状況だろう。
2010年代後半は出版不況が叫ばれ、紙の出版物の売上が落ちていく一方、WEBメディアや電子書籍が社会に普及し初めた時期。岸辺のいたファッション誌も売上が落ちて廃刊となり、編集部はファッションサイトに移行した。
筆者も雑誌やウェブで記事を書くライターなので、当時の空気はよくわかるのだが、紙媒体の仕事が消えていく中で多くの編集者やライターがWEBに拠点を移していったのが当時の状況だった。
そんな出版業界の荒波が辞書編集部にも直撃する様子がドラマ版では描かれており、物語終盤では2020年の新型コロナウィルスのパンデミックに出版業界が直面する場面も描かれている。
この時代の激動感はドラマ独自のモノで、原作小説、映画、アニメの世界を知っていれば知っているほど「こう来たか」と驚く現代的な展開となっている。
脚本を担当している蛭田直美は、NHK BSで放送されたオリジナルドラマ『しずかちゃんとパパ』をきっかけに大きく注目された。近年は『ウソ婚』(フジテレビ系)、『あの子の子ども』(カンテレ・フジテレビ系)といった少女漫画原作のドラマや、政治と選挙を題材にしたドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系)に参加しており、ポップで明るい語り口の背後にシリアスな社会問題が見え隠れする物語を得意としている。
『舟を編む』も辞書作りの背後に、2017年以降の出版業界や日本の社会情勢が浮かび上がる物語となっており、平成末から令和の現代を描いた歴史ドラマとして見応えがある。
NHKの仕事が続いているため、蛭田が連続テレビ小説や大河ドラマを書く日もそう遠くないだろう。その時はぜひ『舟を編む』のようなポップな歴史ドラマを期待したい。
今回ご紹介した作品
舟を編む ~私、辞書つくります~
- 放送
- NHK総合にて毎週火曜22時~放送中
- 配信
- NHKオンデマンドにて配信中
情報は2025年7月時点のものです。