能登半島地震が直撃した志賀原発を、再稼働しても本当に大丈夫なのですか。 能登半島地震が直撃した志賀原発を、再稼働しても本当に大丈夫なのですか。
解説/鈴木達治郎
(原子力工学者、長崎大学核兵器廃絶研究センター・教授)

2023年8月24日、東京電力福島第一原子力発電所のタンクに貯まり続けた「処理汚染水」が海洋放出されました。以降、これまで計4回の放出を実施。その後はしばらく、この話題がメディアで取り上げられることも少なくなっていました。ところが、今年2月には放射性物質を含む設備配管中の汚染水が1.5トンも漏出。漏れた放射性物質の総量は国への報告基準である1億ベクレルを遥かに超える66億ベクレルの放射性物質が含まれていたと発表されています。この事故そのものは人為的ミスと見られていますが、そうした作業ミスの可能性も含めて、処理汚染水を海に流すことに関する「安全性」への疑問は完全に解消されたとは言えません。そこでウェブ通販生活では、原発に詳しい科学者たちに初歩的な疑問をぶつけ、根掘り葉掘り聞いていくことにしました。まずは、長崎大学核兵器廃絶研究センターの鈴木達治郎教授の話を3回にわたってお送りします。

前編

なぜ「汚染水」は増え続けているのか?

鈴木教授のお話に入る前に、「処理汚染水」に関する「そもそもの話」を。
2011年3月に発生した福島第一原発の事故は、3つの原子炉がメルトダウンして大量の放射性物質をまき散らす世界最悪レベルの規模になりました。

溶け落ちた核燃料を冷やすため、東京電力は大量の水を壊れた原子炉に注入し続けています。この水は、溶けた核燃料(デブリ)に触れて高濃度に汚染され、建屋の地下に溜まっています。さらに、ここに地下水や雨水が流入して高濃度汚染水が増え続けたため、東電は放射性物質を除去する「多核種除去設備(ALPS)」で汚染水を浄化し、タンクに貯めてきました。その結果、タンクの数は2023年9月時点で1000基を超え、水の貯蔵量は130万トン以上になっています。
政府は「福島第一原発の廃炉を進めるためにはタンクを減らす必要がある」とし、タンクの水を海に流すことを決定。2023年8月24日から実際に放出を開始しました。

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放出する水について政府は、

  1. トリチウム以外の放射性物質は安全基準を満たすまでALPSで浄化する
  2. ALPSで浄化できないトリチウムに関しても国の放出基準の40分の1まで薄めて海に流す

と強調。環境や人体への影響は考えられないと言います。
福島第一原発以外の国内外の原発から海に放出される排水と福島第一原発の「処理汚染水」は同じなのか、違うのか。海に流すことによる危険性はあるのか、ないのか。鈴木教授へのインタビューをお読みください。

福島第一原発の敷地内に並ぶタンク。撮影/木野龍逸

「福島第一原発の処理汚染水」と「通常の原発の排水」は何が違うの?

──政府は海洋放出する水を「ALPS(多核種除去設備)処理水」と呼んでいます。新聞やテレビも同様で、「処理水」という言葉しか使いません。「ALPSを使って放射性物質を処理した安全な水」というイメージで語られていますが、まずこの「処理水」という呼び名についてどうお考えですか。

鈴木
私は23年9月に海洋放出に関する論文を発表し、そこでは福島第一原発から放出される水を『Fukushima nuclear wastewater』と表記しました。日本語にするのは難しいのですが、「核廃水」あるいは「放射性廃液」と訳すのがいいかもしれません。

──その論文で、鈴木先生はこう書いています。

福島の「処理水」と他の原子力発電所の通常運転中に放出される「トリチウム水」の比較は誤解を招く可能性がある。後者は他の放射性核種で汚染されていないからだ。

──これは、どういう意味でしょうか。

鈴木
通常の原発では、原子炉の制御や冷却に使っているホウ素などに中性子が当たるとトリチウムという放射性物質が発生します。トリチウムは化学的に水と分離できず、簡単には取り出せません。そのため、通常の原発から海に放出される排水に含まれる放射性物質はほぼトリチウムで占められるので、「トリチウム水」と呼ばれます。原発の燃料棒に穴が開くなどの重大な事態が生じない限り、通常の原発から出る排水にトリチウム以外の放射性物質が入ることはほぼあり得ず、日本や各国の原発からは「トリチウム水」が海洋に放出されています。

──政府は、福島から放出される「処理汚染水」のトリチウムについては、「海水で希釈して、国の定めた安全基準の40分の1(WHO飲料水基準の約7分の1)未満にしてから放出する」としています。

鈴木
トリチウム水の安全性については、濃度が十分に低ければ人体に与える影響は他の放射性核種に比べても低く、おそらく無視できる程度だといわれています。ただ長期的には影響があるという科学者もいます。一方、今回の「処理汚染水」には半減期の長い核種も含まれていますので、海洋環境や生物に与える長期的な影響についてさらなる研究が必要だという科学者もいます。今回問題なのは、福島第一原発では事故によって溶け落ちた核燃料を冷やすために大量の水が使用されており、当然その水は溶け落ちた核燃料に直接触れているため、トリチウム以外にも複数の放射性物質が含まれているということです。事実、放出する際の濃度基準は、すべての放射性核種の濃度比を計算して、基準値の合計比を1.0以下にすること、となっており、トリチウムの濃度だけで決められるのではありません。

──核燃料に触れた水は、トリチウム以外にどんな放射性物質を含んでいるのですか。

鈴木
放射性セシウムや放射性ストロンチウムのほか、コバルト60、ヨウ素129などの放射性物質を数十種類も含んでいます。

──政府は、そうしたトリチウム以外の放射性物質が含まれた「汚染水」を、ALPSを使って「処理」し、放射性物質の濃度を日本の規制基準以下に下げて海に放出すると説明しています。それでは不十分なのでしょうか。

福島第一原発の敷地内に設置された「多核種除去設備(ALPS)」を視察する岸田首相(中央)。東京電力の公表資料から。

鈴木
まず、ALPSを一度通したからといって、トリチウム以外の放射性物質の濃度がすべて日本の規制基準以下になるわけではありません。いまタンクに貯めている水は、一度はALPSを通しています。しかし東電のデータによれば、2023年3月31日時点で約130万トンの水のうち規制基準以下になっているものは、約3分の1に過ぎません。9月までに行われた海洋放出では、濃度が下がっているこの3分の1の水から流しました。

──残りの3分の2の水は?

鈴木
残りの水は、1度目の処理ではトリチウム以外の放射性物質を規制基準以下にできなかったということです。そのため、放出前にもう一度ALPSを通して規制基準以下の濃度にすることになっています。

──ALPSによる「二次処理」をして、トリチウム以外の放射性物質を規制基準以下にするわけですね。

鈴木
そうです。ただし「規制基準以下」と言っても放射性物質を完全に除去できるわけではなく、二次処理の後でも放射性物質が残っている可能性があります。ほぼトリチウムしか含まれていない普通の原発の排水と、溶けた燃料に直接触れたトリチウム以外の放射性物質も含まれる福島第一原発からの「処理汚染水」は明らかに性質が違うのです。

──「中国や韓国やフランスだって原発の排水を海に流しているじゃないか、福島だけ批判されるのはおかしい」という主張は間違いなのですね。

鈴木
少なくとも正確ではなく、誤解を招きます。

取材・構成:木野龍逸/協力:フロントラインプレス

中編

事故を起こした原発の排水を海洋放出するのは福島第一原発が世界で初めて。

──福島第一原発から放出される「処理汚染水」と、通常の原発から放出される排水とでは、トリチウム以外の放射性物質の存在が大きな違いであることは分かりました。しかし政府はホームページで「安全基準を満たした上で、放出する総量も管理して処分するので、環境や人体への影響は考えられません」と強調しています。一方で、海洋放出に反対する人たちのなかには健康への影響を心配する声もあります。この点は、どう考えればよいのでしょうか。

「処理水」の安全性を訴える経済産業省の特設ウェブサイト。

鈴木
メルトダウンという深刻な事故を起こした原発の排水を海洋放出するのは福島第一原発が世界で初めてです。しかも、福島第一原発からの海洋放出は30年以上も続きます。これほどの長期間になると、未知の部分が非常に大きいわけです。今すぐに問題は出なくても、長期的な安全性には懸念があるという専門家もいます。現行の基準を満たしているからといって、即、将来的にも安全だとは言えないでしょう。

──中国は安全性を理由に日本の水産物の輸入を全面禁止しています。日本の水産物を食べることですぐに人体に影響があるかのような主張は過剰な反応のように思いますが、いかがでしょうか。

鈴木
現段階では、福島第一原発の海洋放出による人体への影響は少ないだろうと私自身は思っています。ただ、長い間に植物の汚染、海洋生物への蓄積があるかもしれません。そうした影響があるかどうかは、今の段階ではまだ確実には判断が難しいということです。

──放射性物質の濃度が「規制基準以下」だから「安全」ではないんですね?

鈴木
規制基準を満たしていることが、イコール安全と言い換えられてしまうことに私は抵抗があります。基準を守るのは最低限のこと。規制基準と安全は違うんです。原発では「新しい規制基準を満たしているから事故は起きない」とは、誰も言いませんよね。
規制の基準値は、社会に受け入れるリスクを考えたときに「最低限このくらいはやらなければいけない」というレベルのものです。自動車の運転免許をもらったのと同じで、あとは事業者が将来の不確実性も考慮して、安全性を確保する義務があります。

──健康被害や公害問題を考えるうえで重要な、科学的に因果関係が十分証明されていない状況でも慎重に対応するという「予防原則」を重視すべきということでしょうか。

鈴木
そうです。基準を満たしているというだけで、長期にわたる「処理汚染水」放出計画全体を「安全」と断言するのはまだ早いと思います。

福島県の漁港。奥は東京電力福島第1原発。写真提供/共同通信社

──政府や東電が言う「安全の論理」以外に不安な要素はありますか。

鈴木
東電の計画は、あくまで「計画」であって、ALPSによって放射性物質を規制基準以下にし続けることが可能かどうかは証明されていません。
ALPSによる二次処理でトリチウム以外の放射性物質を規制基準以下にできると言いますが、実は1000トンのサンプル試験で確認しただけなのです。

──130万トン以上もある「処理汚染水」のうちの、たった1000トンですか。

鈴木
そうです。これでは短期間ならともかく、ALPSが今後30年以上も正常に作動することは保証できません。

──東電は2月に作業ミスで、放射能汚染のある汚染水を1.5トン、合計66億ベクレルの放射性物質を環境中に漏えいさせました。2023年にはやはり作業ミスにより複数の作業員の身体汚染事故も起きています。東電が放出作業を管理することに問題はないのでしょうか。

鈴木
忘れてはいけないことですが、海洋放出を実施する東電は原発事故を起こした当事者だということです。柏崎刈羽原発(新潟県)でも東電側の人為的ミスによる多くのトラブルが起き、再稼働はできていません。そんな東電が「海洋放出についてはうまくやります」と言っても、信用できるでしょうか?
本来であれば、東電以外に海洋放出の運営事業者を変えるなど、別の仕組みを構築すべきです。長期間、安全に作業を進められる体制が整っているかどうか、懸念は払拭できません。

2021年3月26日、テロなどを防ぐ核物質防護設備の不備などの問題に関し謝罪する東京電力の小早川智明社長。写真提供/共同通信社

取材・構成:木野龍逸/協力:フロントラインプレス

後編

「廃炉」を進めるためには「海洋放出」が不可欠?

──政府は、福島第一原発の「廃炉作業を安全に進めるためには新しい施設を建設する場所が必要」なので「タンクを減らす必要がある」と主張しています。「処理汚染水」を海洋放出をしなければ廃炉が進まないというこの説明に、合理性はありますか。

タンク群と第一原発の建屋。撮影/木野龍逸

鈴木
説得力はありません。東電は、溶け落ちた核燃料(デブリ)を取り出した時に貯蔵する場所がないので、タンクを減らしてその敷地を確保する必要があると説明しています。それならまず、「きちんとした今後の廃炉計画を見せてください」ということです。
今の計画だと、廃炉作業は40年で終わるとされていますが、それなら、いつ、どうやって、どのくらいのデブリを取り出す予定なのか、保管にはどのくらいのスペースが必要なのかなど、明らかにすべきポイントがたくさんあります。
でも、これらの計画は出ていません。具体的な計画の説明がない限り、急いで海洋放出する理由はどこにもありません。

──当初の予定では、デブリの取り出し作業を始めるのは2021年末でしたが、今は、はっきりした見通しは立っていません。取り出したデブリを貯蔵するために、急いで海洋放出を進めるという理屈はどう考えてもおかしいですよね。

鈴木
そもそもタンクを置く場所がないと言いますが、すぐ近くには福島第二原発がありますよね。福島第二なら、陸上からでも海からでも「処理汚染水」を運べると思います。ただ、貯蔵を続けることもリスクがありますので、それとの比較は必要でしょう。

──政府や東電が説明している福島第一原発の「廃炉」とは何を意味するのでしょうか。実は、政府と東電は、今に至っても廃炉の定義を決めていません。

鈴木
通常の原発の場合、廃炉は法律で定められた「廃止措置」を意味します。廃止措置は原子炉の解体、核物質の除去などを通じて敷地内に放射性廃棄物がなくなり、「グリーンフィールド」と呼ばれる更地にすることで完了します。
もっとも諸外国では、すべてを「グリーンフィールド」にすることを廃止措置の定義にしているわけではありません。例えば、建屋が残っていても、敷地境界で一般の人が被ばくする被ばく量を年間1ミリシーベルト以下にすることなどで「廃止措置完了」と定義してもいいのです。
ただ、福島第一原発は事故を起こした原子炉なので、「炉規法(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律)」では通常の原発の規制と区別しています。そのため、通常の廃炉とは違う定義が必要になるはずですが、現在、何も決まっていません。

資料提供/共同通信社(クリックすると拡大します)

––––福島第一原発の「廃炉のかたち」を決めるためには、何をすべきでしょうか。

鈴木
福島第一原発は、建物を含めてすべてが放射性廃棄物になります。今後の事故処理の過程で、大量の高レベル放射性廃棄物が発生する可能性もあります。廃炉のかたちを決めるには、まず、こうした放射性廃棄物をどうするのかを考えないといけません。その場に置いておくのか、どこか他の場所に持っていくのかなどです。
これは東電だけでできることはありません。最終的には政府が全責任をもって取り組むべき作業です。
まずは原発の推進・反対に関係なく、日本全体で民間と政府が一体となって知恵を出し合い、一番リスクが少なくなる方法を見つける必要があると思います。

──現状は、廃炉の定義も廃炉の方法も何も決まっていないわけですね。

鈴木
そうです。それなのに「廃炉のために海洋放出する」と言うから、おかしくなるんです。本来なら流す必要のないもの、海と生活している人たちにとっては「余計なもの」を海に流すのですから、海洋放出してほしくないという漁業者の気持ちはよく分かります。

40年ではとても終わらない廃炉作業。

──日本政府は、国際原子力機関(IAEA)が公表した報告書を根拠にして海洋放出を正当化しています。この報告書は妥当なのでしょうか。鈴木先生は論文の中で「IAEAの審査は、東京電力から提供された最初の放水に関するサンプルを検証するだけで、今後30年間続く可能性のある計画全体を審査するものではない」と指摘しています。つまり、今後何かが起きた時の結果に責任を負わないということですか。

鈴木
実は、IAEAの報告書はその冒頭で「(日本政府の)政策を推奨するものでも支持するものでもない」と明確に記しています。報告書が今回の海洋放出計画全体にお墨付きを与えたわけではないのです。
IAEAは日本政府の依頼でリポートを作成しているため、活動には制限があります。当該政府から依頼されたことしかやらないし、できません。日本の原子力規制委員会も、日本政府の決定に対しては反対しません。電力会社などの事業者の計画を見て、基準を満たしていれば、原子力施設の新設などを認可します。代替案を比べて評価しているわけではないのです。

2023年10月、福島県いわき市の久之浜漁港で放射性物質の測定に立ち会うIAEA職員。写真提供/ロイター=共同

──IAEAは第三者の立場ではないわけですね。

鈴木
そうなんです。日本の原子力規制委員会も、日本政府の決定を評価する立場にはありません。だから、本当の意味で計画全体を評価する第三者機関が必要です。独立した第三者機関は、放出そのものの必要性、他の選択肢との比較、地元住民や漁業に与える影響など、幅広い視点で独自に計画全体を評価できるような権限が必要です。場合によっては、規制委員会とは別に現地調査を行うこともできるといいでしょう。そういう権能を持つ機関が判断しなければ、市民から信用されません。

──その第三者機関とは、具体的にはどんなイメージですか。

鈴木
福島第一原発の事故後、法律によって国会に「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」ができました。報告書も出ています。あの形が一番いい。専門家を入れて、法律で権限を与え、独立を保証した組織を作ることです。福島原発の廃炉措置は本来、そこまでやらないといけないレベルです。人類史上、前例がないことを実行しているわけですから。
でも、事故から10年以上も経っているのに、事故の処理は東電に責任を負わせたままです。私は以前から「東電だけでは無理なので国際機関を作れ」と言ってきました。“国際福島廃止措置機関”をつくって、日本だけではなく、世界の、過去に事故を起こしたロシアやアメリカ、イギリス、フランスなどから経験のある専門家がメンバーに入って、一番いい技術を使う。何が起きているかについて、地元の方だけではなく、国民、国際社会に対しても説明をする。そういう仕組みがないといけないと思っています。
福島第一原発の廃止措置、すなわち廃炉は40年ではとても終わりません。たぶん、100年はかかるでしょう。それを考えれば、専門の国際機関をつくっても十分に間に合うし、そうすべきだと思うのです。

取材・構成:木野龍逸/協力:フロントラインプレス

すずき・たつじろう

長崎大学核兵器廃絶研究センター、教授。1975年、東京大学工学部原子力工学科卒業。78年、マサチューセッツ工科大学プログラム修士修了。工学博士(東京大学)。2010年1月より2014 年3月まで内閣府原子力委員会委員長代理。核兵器と戦争の根絶を目指す科学者集団パグウォッシュ会議評議員としても活動中。