「3.11」のあと原発反対の世論が高まり、今年5月に稼働原発がゼロになった台湾。
──8月23日の台湾での国民投票については日本のメディアでも報道されましたが、その扱いは大きいとは言えず、日本国内の多くの人はこの国民投票のことや台湾の原発事情について、よく分わかっていないと思います。
- 今井
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そうでしょう。沖縄の少し先に位置する隣国なのにね。台北や高雄、九份など人気の観光地に出かける日本人は多いですが、首都・台北から車で40分ほどのところに3機の原発があることなど、たいてい知らないですよ。
それに、台湾で「原発」に関する国民投票が行われたのは今回が初めてではなく、過去に2度実施されています。
──台湾の原発の歴史、稼働実態はどうなっているのですか。もう少し詳しく教えてください。
- 今井
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日本では、1970年代初頭に関西電力や東京電力が相次いで原発の営業運転を開始しました。台湾は日本のあとを追うように第1原発が1978年に商業発電を開始し、その後1999年着工の第4原発まで8つの原子炉が作られました(上地図参照/第4原発は未完成)。
ところが、2011年(3.11)の東京電力福島原発の深刻な事故のあと、「原発のリスクは高すぎるのでこれをやめて再生エネルギーにシフトしよう」という世論が高まります。
2016年に総統の座に就いた蔡英文(ツァイインウェン)の民進党政権は、その声に押されて2018年から稼働中の原子炉の運転を順次終了させ、総統が賴清徳(ライチントー)に代わったあとの2025年5月17日には第3原発の2号炉が運転を停止。台湾での稼働原発はゼロとなりました(別表参照)。
──今年5月に「稼働ゼロ」になったのに8月には稼働の是非を問う国民投票実施。なぜそういうことに?
- 今井
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今回の台湾の国民投票(8月23日実施)は「稼働ゼロ」を打ち破りたい原発肯定・推進派が仕掛けたものです。ゼロになる直前の4月に野党の民衆党が「再稼働の是非を問う国民投票実施案」を(与党・民進党が少数の)国会に提出し、5月20日に野党の賛成多数で可決・成立して実施となりました。
国民投票の主文(設問)は「第3原発が主務機関の同意を経て、安全性が確認された後に運転を継続することに同意するか」となっています。主権者・国民はこの問いに対して「同意」あるいは「不同意」の意思表示をします。
写真はいずれも台北市内の投票所。今回の国民投票では590万6370人が投票した(投票率は29.53%)。
兄は「反対」、弟は「賛成」。兄弟や親子で再稼働の是非を毎日論争。
──今井さんは現地の投票所前などで対面調査をしましたが、台湾のみなさんはどういった思い、考えで投票されたのでしょうか。
- 今井
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私が個人的に行なった調査ではなく、私が企画・運営委員を務める一般社団法人 INIT国民発議プロジェクトとして調査しました。
投票日の前日には首都台北市の南東に位置する宜蘭市に赴き、市民に聞き取り調査を行いました。
そして、投票日には台北市内の小・中学校などいくつかの投票所前でINITのメンバーや台湾在住の日本人協力者とともに対面調査を行いました。当日は36度を超す猛暑。その炎天下、多くの市民が協力し、さまざまな意見を聞かせてくださいました。その声をいくつか紹介しますね。なお、調査の中身については、調査用紙をご覧ください。
台湾国民は何を基準に「賛成」「反対」の1票を投じたのか?
宜蘭市内のカフェで聞き取り調査を実施。2人は兄弟で、兄のマイケル(写真右)は「台湾での原発稼働はリスクが高すぎる」と再稼働に「反対(不同意)」。弟のレイは「賛成(同意)」を主張。この数週間、兄弟や親子で毎日論争しているという。その弟はこう語った。
「福島の原発事故の時はまだ子どもだったけど、どれほどひどいものだったかは、あとで調べてちゃんと理解しています。だけど、日本はあの事故の後もあちこちで原発を再稼働してますよね。それは安全だからでしょ。そうじゃなかったら再稼働しないし、国民も再稼働を認めないでしょ。今回の国民投票の設問は【第3原発が主務機関の同意を経て、安全性が確認された後に運転を継続することに同意するか】となっています。安全性を確認できるのなら台湾も再稼働すればいいと私は考えています」
以下は、台北市内の投票所前での対面調査で伺った意見。
「台湾は日本同様、よく大きな地震が起きるし、原発はリスク大。私たちは3.11の日本の深刻な原発事故からもっと学ぶべきです。とにかく、核のゴミの処理方法も処理する場所も決まってないのに、原発稼働なんて間違ってます」(60代女性)
「風力にしても太陽光パネルにしても民進党政権が推し進めた台湾での再エネ政策はうまくいってません。失敗ばかり。なので、原発に頼るのはやむを得ないかもしれない」(男女数人)
「台湾はエネルギーのほとんどを海外から輸入する石炭、石油、天然ガスに依存しています。なので、もし中国が台湾周辺の海や港を封鎖してエネルギー輸入を遮断すれば終わり。台湾は一気に電力不足になって麻痺してしまう。だから、自前の原発発電は欠かせないと思う」(60代男性)
「私は原発がいいと思っているわけではありませんが、民進党を支持していないし信じてないから今回は再稼働に[賛成(同意)]と投票しました」(男女数人)
「きょうの国民投票が私にとって(選挙も含めて)初めての投票。原発に関する情報を積極的に得たし、テレビの討論会(意見表明会)も視聴しました。投票する前にかなり勉強して、友人や家とも話し合いました」と語ったのは20歳の美術大学生で、彼女は「反対(不同意)」に投票した。
対面の聞き取り調査で判明した再稼働賛成票が多数となった4つの要因。
──今回の投票結果は意外な大差がつきましたが、国内外の国民投票、住民投票の現場取材を重ねている今井さんはこの大差をどう分析されますか。
- 今井
- 投票結果はご覧のとおりで(下コラム)、規定の成立要件をクリアできず不成立となりましたが、再稼働賛成(同意)票(約434万票)が反対(不同意)票(約151万票)を圧倒しました。
8・23「原発国民投票」の結果
- 投票総数
- 590万6370票(投票率29.53%)
- 同意票
- 434万1432票(74.17%)
- 不同意票
- 151万1693票(25.83%)
同意票が不同意票のほぼ3倍に達した。ただし、台湾の国民投票は「成立要件」として絶対得票率制を採っており、多数を制しても有権者総数の25%(今回は500万523票)以上の票を得られなかったら無効、不成立となる。
そして、今回、賛成(同意)派はそのハードルを越えることができなかった。
※数字は台湾中央選挙委員会の特設ページ記載のもの。
- 今井
- この大差をもたらした要因はいろいろ考えられますが、対面調査での聞き取りを基に4つほどあげてみます。
- 原発への電力依存率は数%に過ぎなかった(2025年4月時点で)のに、数十%に達しているというデマ、嘘の情報を信じて「原発を動かさなければ停電になってしまう」と思い込んでいた人が少なくなかった。
- 自分の政治的代理人となる人・政党を選ぶ「選挙」と特定の事柄について自分で決める「国民投票」は異なるものなのに、「反対(不同意)」を呼びかける民進党が嫌いだから「再稼働賛成(同意)」に投票したという人が多かった。賛成派の宣伝戦略もそれを押し出していた。
- この十数年の間に取り組んできた再生エネルギーへのシフトがうまくいかず、脱原発に賛同していた人たちのそちらへの期待が萎んでしまった。
- 中国の海上封鎖によるエネルギー枯渇への恐れ。それに日本の原発再稼働の進行も、台湾の人の意識に影響を与えた。
選管や市職員による開票作業の様子。一般市民が投票所内を撮影することは禁じられているが、開票作業については不正や誤りを監視するということから、誰もが自由に現場に入ることができ、撮影もできる。
──投票率も29.53%と、国民投票にしては低い数字だと感じます。
- 今井
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確かに低いですよね。そうなった理由はいくつかあります。今回、国民投票の対象となった原発は台湾の南端の過疎地域に位置する第3原発でしたが、これが人口密度の高い首都・台北市や新北市に近い所に建設されている第1原発、第2原発だったら、両市の住民の関心が高まり、投票率はもっと上がっていたと思われます。
そして低投票率に終わったもう一つの理由は、今回の国民投票の主文(設問)の不明瞭さです。
「第3原発が主務機関の同意を経て、安全性が確認された後に運転を継続することに同意するか」、主権者・国民はこれに同意するか否かの意思表示を投票するのですが、この設問に問題があるという市民の声を多数耳にしました。たとえば、宜蘭市で農業経営に携わっている賴青松(ライチンソン)さんたちはこう語っていました。
「大事な問題を議員だけで決めず、国民投票にかけるのはいいことです。ただし、今回の原発・国民投票には納得できません。設問には『安全性が確認された後に運転を継続する』と記されていますが、安全かどうかなんて一般人にはわからない。それは原子力発電の専門家が判定することですよね。原発のことを国民投票にかけるなら、今回のような設問ではなく、たとえば『台湾が原発ゼロ政策を保持し続けることに同意するか否か』といった原則的な姿勢について問うべきです」
「そもそも安全性が確認されない原発を稼働させるなんてあり得ないことです。それを、ことさら『安全性が確認された後に』という一文を入れていることに作為、企みを感じる。そんな国民投票に乗せられるのはごめんです」
今回、こういった考えを持った人たちの多くが、投票所に行かず棄権したと思われます。
原発再稼働など重大な案件は国民投票や住民投票で決めるべき。
──今後の台湾での原発再稼働と日本の原発再稼働への影響をどう予測されますか。
- 今井
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今回、国民投票が不成立となったことで再稼働は阻めたものの、反原発派及び政権を担う賴清徳総統と民進党の後退が明白になりました。
野党・国民党は「立法院(国会)を通過している原発運転延長法案をさっさと履行して原発を動かすべし」と民進党政権に強く迫っています。反原発派の市民の中には、今後、賴清徳総統が「稼働」という政治的判断を下すのではと危惧する人もいます。
すでに、3.11後の「稼働ゼロ」から一気に「14基稼働」までもっていった日本の政府と電力会社ですが、台湾での今後の動きは柏崎刈羽原発や泊原発など、この先の日本の原発再稼働をめぐる動きに少なからぬ影響を与えるでしょう。
いずれにせよ、私は、こうした重大な案件の決定は政府や国会内多数派に委ねるのではなく、台湾やスイス、イタリアのように国民投票や住民投票で決めるべきだと考えます。
たとえば、東京電力の柏崎・刈羽原発は新潟県民の問題であり、東京都民をはじめとする首都圏で働き暮す人々の問題でもあります。なので、住民投票は新潟県のみならず、電力の大量消費地である東京都や神奈川、埼玉などでも実施すべきです。
──大量消費地の住民投票の結果が、新潟県などの原発立地県への「押しつけ」にならないでしょうか。
- 今井
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2011年から12年に「原発・東京都民投票」、「原発・大阪市民投票」の実施を求める直接請求運動を私が仲間たちと共に起こした時も、一部の反原発派の人は「(都市住民が)住民投票をやって再稼働賛成票が多数を占めれば、原発を擁する新潟県民や福井県民への『原発押しつけ』になるから、東京や大阪での原発・住民投票には反対だ」と言っていました。
でも、実際はすでにずっと「原発を押しつけ」続けているのです。住民投票をやっていなくても、それが事実です。電力の大量消費者である私たち大都市住民は、国会議員選挙で原発推進・肯定の人を大勢選出しています。先日の参院選挙の東京選挙区で当選した7人のうち5人が原発推進・肯定の人です。そして、そういう選挙で国会に議席を得た多数の議員が「原発再稼働」を認めているのです。
3.11以前も3.11以降も私たち都市住民は、双葉町や女川町、伊方町や玄海町等々日本各地の海辺のまちに原発を押しつけてきました。ところが、「押しつけている」という自覚をもっている人はごくわずか。3.11の過酷な原発事故で多数の地元民が悲惨な目にあったのに、その責任は東京電力や歴代政権にあって、自分たちは関係ない、責任はないと考えている人がほとんどです。
それは国会議員選挙の際「候補者の原発に対する政治的姿勢」など考慮せずに投票しているからです。投票時に考慮するのは景気対策などで、先日の参院選挙でも「柏崎刈羽原発」の再稼働のことを考えて投票した都民などほとんどいなかったはずです。
原発の再稼働や新設をめぐる東京都民投票を実施すれば、どういう結果になっても責任者が明確になります。もし再稼働賛成票が多数を占めれば、誰が新潟に原発を「押しつけ」ているのかがはっきりします。それは主権者・住民である私たちです。
私は東京都民が、住民投票でそういう「押しつけ」の選択をしないと考えますが、もしそうされたら、柏崎市、刈羽村をはじめとする地元の人々は「こちらに押しつけず東京湾に造れ」と都民を批判すればいい。それによって、はじめて都民の多くが「差別・押しつけ」の事実に気付き、原発についての本質的な議論が始まります。
──今回の台湾での国民投票から、私たちが学べる点は多い?
- 今井
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そう思います。選挙であれ国民投票であれ、選択を間違うことは必ずあります。いつの時代でもどの国においてもそうです。間接民主制にせよ直接民主制にせよ、民主主義は賢明な人たちだけで成り立つものではありません。それでも、私たちはできるだけ愚かではない賢い選択ができるよう努力しなければなりません。その努力とは、主権者である私たちがよく学び、よく考え、よく話し合って、デマに騙されたり惑わされたりすることなく、正確な情報をつかみ考えたうえで投票に臨むことです。
各地で次々と進む日本の原発再稼働についても、選挙で選ばれた立地自治体の議会や首長らから電力会社が「地元合意」を得たら再稼働・新設ができるという今のルールを、住民投票もしくは国民投票での主権者の承認を不可欠とするルールに改めるべきではないでしょうか。
選挙・間接民主制とは異なる国民投票・直接民主制を賢く活かすために、今回の台湾での「原発・国民投票」から学ぶべきことは多いと思います。
※今回の台湾「原発国民投票」の現地での取材動画を『今井一の「東西南北縦横斜め」』で公開中です。
いまい・はじめ
ジャーナリスト、[国民投票/住民投票]情報室代表、「INIT国民発議プロジェクト」企画・運営委員。
民主化に揺れた1980年代のソ連、東欧取材を皮切りに「国民主権、市民自治」の視点から国内外で現場取材を重ねる。『CZEŚĆ!うねるポーランドへ』(朝日新聞出版)、『「解釈改憲=大人の知恵」という欺瞞』(現代人文社)、『「憲法九条」国民投票』(集英社新書)ほか著書多数。
台湾(中華民国)
台湾(中華民国)の人口は約2,300万人で国土面積は日本の九州とほぼ同じ。「台湾」と「中華民国」どちらが正式名称なのか? 「中華民国」は統治主体、「台湾」は統治されている地理的な地域名だという解釈もあるが、同国の旅券(パスポート)には、「中華民国」「台湾」の両方が明記されている。
台湾(中華民国)は実質的に独立国といえるが、「一つの中国」を標榜する中国共産党・中国政府は、台湾について「中国の一部だ」としている。そのため、日本の報道機関の中には(中国政府への忖度からか)今回の国民投票を「住民投票」と記しているところもある。
日本との歴史的関係
日清戦争に勝利した日本は半世紀にわたり台湾を統治していたが、第二次世界大戦での敗戦に伴い統治終了。ほぼ入れ替わるように、毛沢東・中国共産党との内戦に敗れた蒋介石・中華民国政府が中国大陸を出て台湾へ撤退し、この地域を統治するようになった。
1952年、日本はその中華民国と国交を回復し友好な関係を維持していたが、田中角栄・毛沢東による「日中国交正常化」(1972年)を機に日台間の公的な外交関係は解消され、現在に至る。ただし、民間レベルでの経済・文化交流は友好的で、台湾市民の「親日ぶり」はよく知られているし、日本人の台湾旅行も盛んだ。
2017年、蔡英文政権が打ち出した脱原発方針により「2025年までに原発はすべて運転停止」という条文が電気事業法に盛り込まれた。だが、翌18年に原発推進派はその条文の廃止の是非を問う国民投票を仕掛け、「条文廃止」が賛成多数になり、当該条文が同法から削除された。
2021年には、建設工事が中断されていた第4原発の工事を再開し稼働することの是非を問う国民投票が行われ、原発所在地の新北市や屏東県を含む10県・市で稼働反対が稼働賛成を上回り第4原発は稼働されず。
| 発電所 | 原子炉 | 起工日 | 臨界開始日 | 商業発電開始日 | 運転終了日 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第1原発 | 1号炉 | 1972.06.02 | 1977.11.16 | 1978.12.10 | 2018.12.06 |
| 2号炉 | 1973.12.07 | 1978.12.19 | 1979.07.15 | 2019.07.16 | |
| 第2原発 | 1号炉 | 1975.11.19 | 1981.05.21 | 1981.12.28 | 2021.12.27 |
| 2号炉 | 1976.03.15 | 1982.06.29 | 1983.03.16 | 2023.03.14 | |
| 第3原発 | 1号炉 | 1978.08.21 | 1984.05.09 | 1984.07.27 | 2024.07.27 |
| 2号炉 | 1979.02.21 | 1985.02.25 | 1985.05.18 | 2025.05.17 | |
| 第4原発 | 1号炉 | 1999.03.31 ※未完工 | |||
| 2号炉 | 1999.08.30 ※未完工 |


