3人のお母さんたちが綴るコロナ禍日記。

山下美奈さん(38歳)と莉子ちゃん(小5)の2週間

8月1日(土)

 今日はいつもより早く目が覚めた。とても大事な日だ。あるシングルマザーの支援団体から先着2000名、お米とQUOカードのプレゼント企画があるからだ。コロナウイルスで家計に影響があった家庭に無料で送るという企画だ。
 連絡を受けたのは昨日。どうしても受け取りたい。再来週から始まる夏休みに備えたいからだ。

 最近の娘は成長期を絵にかいたような食べっぷりだ。米はすぐになくなってしまう。おかずだって、ペロリと2人前食べてしまう。この支援のありがたいところは、QUOカードもくれるところだ。おかずや、トイレットペーパーも買える。
 学校がないと、水、トイレットペーパー、電気、ガス代がかかる。4、5、6、7月の請求額には目も当てられなかった。節約できることも限られている。だから、この支援に応募したいと考えた。

 2月まで私は派遣で働いていた。しかしコロナの影響で売り場は閉鎖。3月から全く仕事はない。他の派遣会社にも登録しているが、先着順だ。メールとLINEで派遣情報が入ってくるのだが、どこの売り場も休業が多いから一瞬で募集は終了する。

 仕事がない、給料もない。米はある。
 よかった。いっこだけはある。

8月2日(日)

 最近は、コロナの影響で開催されないこども食堂のかわりにお弁当の配布が月2回ある。私はこのこども食堂に関わるボランティアさんが大好きだ。お弁当より、ボランティアさんに会いたいから行く率が高い。いつも優しく迎えてくれる。
 不登校だった娘を心配して、色々な相談先を教えてくれた。勉強も教えてくれた。そして、今コロナで仕事がなくなった私を心配し、励ましてくれる。ありがたい。

8月3日(月)

 派遣募集のメールが久々にきた。これは時間的に行ける! と応募するもタッチの差でなくなる。来月の生活、どうしようか。真っ青になって座りほうけていた。

 午後、電話が鳴る。8月17日から毎週月曜日、4時間だけバイトをしないかと連絡がある。ボランティアで通っていたところからの依頼だ。ありがたい。迷うことなく返事をする。

8月4日(火)

 市営住宅の補欠当選の通知が来る。やった! 今のマンションは昨年の台風で被害にあい、ずっと雨漏りをしている。豪雨で避難勧告が出ると、私たちも避難所に行く。天井に雨が伝ってきていて、いつ壁紙が破れるかわからないから。安心して家で休んでいられないから。
 カビも生えてきて、扉をしめ切っているとカビ臭くて息が詰まる。床も腐ってきた。娘は夜中にぜん息の発作が起きることが増えた。

 何度か大家さん、不動産屋に伝えるもなかなか直してくれない。母子家庭だから強く言えないとわかっていての対応らしい。
先日はっきりと言われた。
「住む場所があればいいでしょう」
「カビを生やしたのはあなたでしょう」
母子家庭、生活保護、そんな風に見られていることを再確認させられる。

8月5日(水)

 こども食堂から封筒が届く。内容は、9月から食料のパントリーが始まること。先着30名。申込書が同封されていた。パントリーの話は前から知っていた。何度か申込書を手渡されたが、正直迷っていた。
 甘えていいのだろうか。娘はどう思うだろうか。受け取りに行くという事は、私は母子家庭です、貧困ですとアピールしに行くようなものと取られないだろうか。ずっと申し込みをためらっていた。

8月7日(金)

 パントリーの申し込みを決める。添え状を手書きし、封をした。
 いざ、投函に行くもポストの前でたたずむ。ひたすら考える。いいのだろうか。わずかばかりだが、仕事が決まった。必要ないのではないか。私より必要な人がいるのではないだろうか。

 後ろから、ポンポンと背中をたたかれる。誰かな?と振り向くと娘だった。
「こんなところでなにしてるの?」
と娘が言う。正直にパントリーの申し込みを悩んでいることを話すと、娘は「ふーん」とだけ言って、私の手から封筒をさっと奪い、ポストに投函する。

試してみたら?
嫌なら辞めたら?
他人の目を気にするなって教えたのはお母さんでしょ?
困っているなら、困ってるって言えば?
少なくとも、こども食堂の人はなにも言わないよ。

 娘、でかくなったなぁ。夏の太陽より眩しい。

8月8日(土)

 米が届く。箱をあけると、私はホッとすると同時に涙が込み上げてきた。中には化粧品やお菓子、出汁や醤油が入っていた。実家から物資の届かない我が家だから、他人の配慮、想いに胸が熱くなる。ただただ嬉しい。社会から忘れられていないことを再確認できた気がする。仕事に行く時、化粧をしなければならない。その時に使わせていただこう。

8月10日(月)

 娘、久しぶりに始まる発作。我が家のルーティーンが戻ってきた。毎朝起きると、娘がトイレより先に行く場所。冷蔵庫、食料をしまっている備蓄戸棚だ。生活に不安が出てきたらしい、娘の無言のサインだ。

 数年前、私は病に倒れた。その時は一切の家事ができなくなり、買い物もできず、近所に知り合いもいなかった。娘はあの時がまた来るのかと不安になると、必ずこのルーティンをする。言葉には出さなくても、行動に出す。それが子どもだ。

 夜、娘を安心させるために、一緒に買い物に出かける。ある程度の肉、魚と野菜、トイレットペーパーや洗剤を買い足す。

8月11日(月)

 今日は娘がお友達の家へ遊びに行く日。夏休み前から一緒にお昼ごはんを食べようと誘われていたようだ。
娘は遊びに行く前、必ず聞いてくる。
「持っていっていいお菓子ある?」
 初めて友達の家に数人で訪ねて行ったとき、みんながお菓子を持っていたことに驚いた。それ以来、何か持っていくものがないか聞いてくるようになった。
 うちはお金なんてない。人にあげるものより先に自分たちが食べるものがないのだから、あるわけない。
 娘は考えているらしい。

 しかし今日は、食材は大量にある。稲荷寿司とサラダ、焼売を作って娘に持たせる。昨夜から仕込み、昼に完成させ、ジュースも持たせ、娘をだしてやった。
 帰宅すると、お友達の家に沢山の食べ物を持って行ったので安心して遊べたことを教えてもらった。

8月12日(水)

 今年は誰も聞いてこない。
「実家に帰らないの?」
 コロナだから、と今年はハッキリ答えられる。
 毎年くるお盆。この質問を聞かなかった年はない。そのたびに答えに困っていた。お盆が来なければいいとまで思った。この時期はあまり外に出ないように心掛けていた。帰らないとハッキリ言える2020年。これだけはコロナで良かったこと。

8月13日(木)

 市役所に現況届を出しに行く。これがないと、色々な手当が貰えなくなる。毎年の事だ。市役所の人も、ニコニコと笑顔で聞いてくる。前の旦那さんから養育費を貰っているかどうか。

 業務だから、手続き上必要な質問だから。と自分に言いきかせ、答える。毎年のことだが嫌になる。毎年のわかりきった質問で私は、心底落ち込む。その度におこるフラッシュバック。養育費が払われない理由を聞かれる時もある。しんどい。

8月14日(金)

 午後、娘から数ヵ月間ねだられているおもちゃを見に行く。流行りのブレイブボード。1万円はする。お金もない、置き場もないのに。娘は欲しいしか言わない。それはそうだ。どの級友も持っているから。楽しいのも知っている。しかし、そう簡単に買ってもらえない代物だということも娘は十分理解している。

 だから、いつも見ては帰宅する。いずれ買ってもらえる日を夢見て帰宅する。先ず支払い、次に食料、日用品、衣類。ちゃんと理解しているからこそ、見て満足して帰る。
 娘よ、ありがとう。