
80年代から朝日新聞で連載された悩み相談。珍妙な相談に、異端の作家・中島らもの絶妙な回答が人気を集めました。
今回の選者は清水ミチコさん。松任谷由実さんや桃井かおりさんなど、歌手や女優のモノマネが超一流の清水ミチコさん。モノマネをされる本人に、「私以上に私らしい」と言わしめる洞察力で、生前のらもさんを思い起こさせる3本を選んでいただきました。
【おことわり】企画や作者の意図を尊重し、オリジナルのまま掲載いたします。

清水ミチコさん
タレント。1960年、岐阜県生まれ。83年、ラジオ番組の構成作家を始め、翌年からテレビCMの声のキャラクターを務め始める。87年以降、数々のテレビ番組で活躍する一方、ライブ活動も精力的に行なっている。
相談一覧
相談①
定年後タレントになるときかない父
私の父親は六十一歳。だれが再就職をすすめても、いっこうにウンと言ってくれません。テレビと植木のお守りの毎日ですが、この前突然「タレントになりたい」と言い出したのです。テレビに出てくるオジンたちより自分の方が顔はいいし、言葉もはっきり言える、といってきかないのです。とてもタレント性のあるタイプではなく、外出嫌いで外食さえ一度もしたことのない四角四面のくそまじめな人なのです。何とかなだめる方法はありませんか。
(東京・タレントの卵の娘)

らもさんの回答
お父さんの考えに全面的に賛成します。定年後の身の処し方に困ったあげく、老人性のうつ病になっていく人が多い中で、タレントになってみたい、と言い出すお父さんの柔軟さは素晴らしいと思います。お父さんは、社会的にはひとつのレースを走り終えた人なのですから、後は自分のしたいことを何でもすればいいのです。十三や十四の子供が〝アイドルになりたい〟と言い出すのとは根本的に状況が違います。周囲が足を引っ張ってはいけません。
我々の仕事では、CFやドラマを撮るときに「がやを仕込む」ということをします。そういう「がや通行人や笑い役などのエキストラ」を専門にブッキングしているプロダクションが東京にもいくつかあるのです。お父さんもそういうところに所属すればいいのです。以前、テレビのコントを撮るときに、この「がや」を仕込む予算がなくて、仕方なくスタッフのお父さんに出ていただいたことがありました。最終電車の中で眠り込んでいる老サラリーマンで、首に「返品」という荷札がぶらさがっている、という情けない役です。もちろんセリフはありません。当日、そのスタッフのお父さんは、自分の持っている中で一番上等のスーツを着てこられました。とても恐縮して、その上等のスーツをヨレヨレの背広に着替えてもらって撮影しました。後で当のスタッフに「お父さん怒ってただろう」とたずねると、答えはこうでした。
「いや、すごく喜んで、”汚れ役もいいが、次は侍の役で出たい”と言ってた」
セリフなんかなくても、これはきっとお父さんには手ごたえのある仕事です。四角四面六十年の存在感で勝負をかけさせてやって下さい。

清水さんより

61才のお父さんがタレントになんてなれるわけがない! どう止めてあげたらいいんだろう、と、おそらく誰もがハラハラして読んでるところに、ひょうひょうとご自身の経験談を語ってくれるらもさん。らもさんを知ってる人であるならば、きっと誰もが彼の声で再生される文章ではないでしょうか。その体験談の中身もものすごくユニークでおかしいし、笑っているうちに、社会はあんがい需要と供給の妙というものがあるんだな、と呆れつつも感心させられま す。事実は小説より変。
相談②
不快指数感じぬ残りの%はどんな人?
実は私、何年も気になっていることがあるんです。それは梅雨どきの天気予報などで使われる「不快指数」のパーセンテージです。以前テレビで見た解説によると、「今日のこの数字は十人中九人が不快に感じる数字です」と言ってました。では、いったい残りの一人は「どんな人」なのでしょう。ちなみに私のまわりにいる人は不快指数が低くても「だるい」「しんどい」と連発する人ばかりです。
(橋本市・ざしきわらしはどんな人・31歳)

らもさんの回答
十人中九人が不快なのにそれを感じない残りの一人とはどんな人か。
まず第一に僕が思い浮かべたのは、「よくできた人」です。世の荒波にもまれ続けるうちについに「心頭滅却すれば火もまた涼し」という、禅僧のような悟りを開いたのですね。
梅雨の雨が降り続けば「ああ、農家の皆さんが喜んだはるやろうなあ」と考え、熱帯夜が続けば「こら、ただで東南アジア旅行にきたようなもんや」と喜びます。町内では「仏の○○さん」と呼ばれて、勘違いしたお婆さんが花を供えにくるほどです。
しかし、こういう尊い人物がそうたくさんいるとは考えにくい。
二番目に考えられるのは「外国人」ですね。日本より高温多湿な国はアジアにもありますから、そんな国の人なら日本の梅雨を待ちこがれているかもしれません。他の季節は週に一回夢の島にある「熱帯植物園」に行って憂さを晴らすのです。
三番目に考えられるのは、「不快な奴やつ」です。ラッシュ時などで必ず出会うのがこの「不快おじさん」です。不快おじさんは中年で小太り、やや寂しくなった頭を二分八にぴちっと分けています。このポマードがまず臭いのです。
ラッシュですからこの不快おじさんと正面向きになって、二十センチくらいまで顔が近づいたりします。そこで気づくのですが、不快おじさんは昨日ニンニクを食べたのですね。しかも大酒も飲んだらしい。熟柿のような臭いとニンニクの発酵臭がまじって地獄のような臭いです。不快おじさんの鼻からは鼻毛がはみ出し、肩には大つぶのフケが。
こういう「不快な奴」は、存在そのものが不快なのだから環境も不快を好むのではないかと僕は 考えますが、どんなもんでしょうか。

清水さんより

まるで人を試すかのような難問に、3タイプで答えたのが素晴らしい。よくできた人、外国人、不快な奴。細かな質問に対して、最後に不快な人の鈍感さを表現して返した答え方が、オチをつけたみたいで痛快です。らもさんと会うと、いつも二日酔いで、好きな酒を好きなだけ呑み、と幸せそうでした。悲惨な感じがしないんですね。このコーナーはシラフで書いてたのか、それとも酔っぱらいながら書いてたのか、知りたくなります。
相談③
歩いているとなぜか人にしかられる
私はなぜか、歩いていると、道行く人にしかられます。歩道橋の上をふらふら歩いていたら、サングラスのおにいさんに、「しっかり歩け!」とどなられ、冬の日にアイスクリームを食べながらバスを待っていたら、降りてきたおじさんに、「この寒いのにアイスクリームなど食うな!」としかられ、続いて降りてきたサラリーマンに、「ほんまや!」としかられました。通学途中には青いキャップをかぶったおっさんが毎日のように殴りかかってくるのでこわくてたまりません。
(徳島市・もっとしかって・18歳)

らもさんの回答
他のことはまあよいとして、その「毎日のように殴りかかってくる青いキャップのおっさん」という人物はいったい何なのでしょうか。そんなタイガー・ジェット・シンみたいなおじさんをすて置いてよいものなのでしょうか。
ところで、歩いていてよくしかられる、とのことですが、いくつかの可能性が考えられます。ひとつは、あなたが非常にキュートでセクシーな女の子である、という場合です。小学生のころを思い出すとわかりますが、男子はかわいい女の子に対しては異常にしつこく意地悪をしかけるものです。気をひきたい思いが屈折してそうした言動になるのです。「私は、チャーミングだからしかられるんだわ」と考えれば腹も立たないでしょう。
第二の可能性として、あなたは「しかりやすい顔」の持ち主である、ことが考えられます。
若いころ、友人に「受難のサカグチ」と呼ばれた男がおりまして、なにかというと人からしかられる。ある日などは、普通に道を歩いていると、いきなり「ヤ」のつく職業の人に呼びとめられました。「ワシはいま、ムシャクシャしとる。お前の顔見たら殴りたくなってきたから一発だけ殴らせろ」と言われて、アッパーカットをもらいました。
この手の人は、八の字まゆで変におどおどしているか、逆にへらへら笑っているか、という特徴があります。まず、この態度からなおしましょう。
加えて、「地方都市の特性」があります。いい意味でも悪い意味でも、他人のことに干渉するのは地方都市の特徴です。この前、東京から大阪に来たある人が、立ち食いそばで唐辛子をたくさんふりかけていたら、隣のおじさんに、「おっ、兄ちゃん〝激辛〟やの」と言われて面くらったそうです。どうしても干渉されるのがいやなら、上京するしかありません。

清水さんより

面白い人物の周りには、面白い人間が集まるのか、この「明るい悩み相談室」の投稿もかなり面白い中身が多いです。人の悩みなのに、読んでるだけでつい笑ってしまう。歩いているとなぜか人に叱られる、なんて話は聞いた事ありませんが、友人の「受難のサカグチ」さんのたとえ話も凄く気の毒で、ものすごく可笑しい。笑ってるうちに地方都市の特性の話に深くうなずかされ、読むうちに心がスッキリするのは、らもさんの手腕と、視線の優しさによるものでしょうか。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん