中島らもの「明るい悩み相談」選者:竹中直人さん

80年代から朝日新聞で連載された悩み相談。珍妙な相談に、異端の作家・中島らもの絶妙な回答が人気を集めました。
今回の選者は竹中直人さんです。竹中さんは、83年から放送されたコント番組『どんぶり5656』で、らもさん書き下ろしの新作コントを演じて以来、親しいお付き合いが続いたそうです。らもさんと竹中さん2人の『明るい悩み相談室』での共演をお楽しみください

【おことわり】企画や作者の意図を尊重し、オリジナルのまま掲載いたします。

竹中直人さん イメージ

竹中直人さん

俳優・映画監督・ミュージシャン。横浜市出身。91年、つげ義春の漫画を原作とした映画『無能の人』で主演・監督を務める。96年、NHK大河ドラマ『秀吉』で主人公の豊臣秀吉役を演じるなど多数の作品に出演。

相談一覧

相談①
無意識に口走る変な言葉に困惑

私はとっさのときや、無意識に口にする言葉がとても変なのです。トイレで大きな用を足して、あまりにすっきりしたのでお腹をなでつつ「ああ、食った、食った」とつぶやいてしまい、気味悪がられました。また、銭湯で入浴道具をひっくり返しそうになって思わず「オオット、マッタケ、オカアサン!」と叫んでしまい、周囲の失笑をかってしまいました。いつか大切な場でとんでもないことを口走ってしまうのではないか、と気が気ではありません。
(東京・無意識の恐怖っこ)

らもさん イラスト

らもさんの回答

あなたの場合、言っていることに一応すじが通っているので、そう被害があるとは思えません。「食った食った」というのは「出た出た」というのが下品なので、意識がセーブして、出る原因にまで反転したのでしょう。「オオット、マッタケ……」にしても単なる合いの手、気合です。初めて聞きましたが……。

昔、知人に、感動したり、怒ったり、うれしかったりするとほおに手を当てて、
「なますてーっ!」
と叫ぶ男がいました。電車の中でもどこでもことあるごとに「なますてーっ!」と叫ぶので、友人たちも怖がってあまり近づかないようにしていました。最近、調べものをしていてわかったのですが、この「ナマスティ」というのはインド、ネパールあたりのあいさつの言葉らしいですね。しかし、その人がなぜいつもこれを叫んでいたのかは、いまだによくわかりません。
わけのわからない言葉を口走る、というのでもっと怖い例をあげますと、精神病理学の言葉で「異言」という現象があります。これはある日突然、どこの国のものかわからない言葉をしゃべり出す、という現象で、まだよく解明されていません。

それにしても、高校野球の解説を聞いてますと、「ここはやはり打たんといかんですね。勝つ気でいってほしい」とか、どうしてあんな当たり前のことしかいわないのでしょうか。たまには「うーん、これはビビンチョカンチョだ。ゴンボ持って走るべきでしょう」とかその地方の人以外にはわけのわからないことを口走ってみてほしいと思います。

無意識に口走る変な言葉に困惑 イメージ

竹中さんより

竹中直人さんイメージ

ぼくは変な言葉が大好きだ。楢木という同じクラスのともだちが授業中いきなり「親の代からぁ〜」と叫んだ事を思い出す。呟いたのではなく席から立ち上がって叫んだのだ。意味不明最高だ。全く無意味に「掻いて掻いて背中を掻いてぇ〜」と言うのも好きな言葉で今もたまに言ってしまう。もちろん背中が痒いわけではない。「ナマステ」と言う音の響きも大好き。今も良く使っている。らもさんと2人で悩み相談をやりたかったな…。

相談②
洋式便器しゃがみ体質どうすれば?

私は二十数年間、和式トイレを使ってきましたが、引っ越しと同時に洋式トイレに変わりました。しかし洋式座りスタイルでは用が足せず、便器の上に乗って和式しゃがみスタイルを取っておりました。ところが数年たつうちに、一般の和式便所では便意を催さず、「洋式便器の上に乗って和式しゃがみスタイル」をしないと用を足せなくなっていたのです。この間、新幹線のトイレでこのスタイルをとり、とてもこわい思いをいたしました。どうすればよいでしょうか。
(大阪・悩めるOL・29歳)

らもさん イラスト

らもさんの回答

洋式便器が日本に紹介されてずいぶんになりますが、それへの適応能力にはかなり個人差があるようです。
一説によると、洋式便器が最初に日本で設置されたのは江戸時代後期で、場所は吉原のくるわの一軒だったといいます。これはおいらんの専用トイレだったのですが、このおいらんは洋式便器への適応が非常に早く、それ以外のトイレでは用が足せなくなりました。このおいらんを日本式トイレに案内すると決まって、「わしきはいやでありんす」と言ったそうです。
申し訳ありません。あまりの難問のためについ嘘で前半をかせいでしまいました。

排便のスタイルというのは世界各国でかなり様相を異にするようです。中でも一番変わっているのは、アフリカのある狩猟民族で、この部族は大きい方の用を足すときに、サバンナやブッシュの中を「走りながら」するということです。
これはおそらく、猛獣が今ほど減っていなくてウヨウヨしていた時代に、しゃがんで無防備な体勢になって用を足すというのが非常に危険であったためでしょう。

走りながら排便する、ということに比べれば、座ってするか、しゃがんでするかなどはたいした問題ではないように思われます。洋式便器の上に乗ってしゃがむというあなたのスタイルは、しいて名づければ「和魂洋才」型とでも言いましょうか。案外それが西洋文化と東洋文化を昇華させた、正しいスタイルなのかもしれません。
ただ、安定を崩して、落ちて頭を打つ心配があります。それで死んだら末代までの恥ですから、天井からつり革を下げて、それにつかまるようにしてはどうでしょうか。

洋式便器しゃがみ体質どうすれば? イメージ

竹中さんより

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らもさんが真摯に答えていると思ったら嘘だったのが好き。日本に洋式トイレが普及され始めた時、ぼくもどうしたら良いか分からず相談者と同じように便座の上に乗って大便をしていた。なんだかとても懐かしい…。大好きなブルース・リーの『ドラゴンへの道(1975年日本公開)という映画でブルースが洋式トイレの上に乗って用を足すシーンがある。当時スクリーンで目撃した時どれほど感動した事か…「ぼくと同じだっ!」って…。

相談③
留守中に棚や浴槽にかくれる夫

三十歳の主婦です。夫は三十五歳。三歳と二歳の女の子がいます。私たちはよく家の中でかくれんぼをします。今では夫のほうが夢中になってしまって、私と子どもが買い物に出たスキに かくれてしまいます。タンスや押し入れはいいのですが、棚の上にいたときはびっくりしました。そして、先月は沸かしておいたおフロの湯を全部流して浴槽の中にかくれていました。今に冷蔵庫の中身を全部出されたりするのではないか、とおちおち外出もできません。
(横浜市・京子)

らもさん イラスト

らもさんの回答

これはお父さんもたいへんでしょうね。家族が帰ってくるまでの長い時間を浴槽の中でひたすら耐えるのはつらいと思います。ほんの買い物のつもりが、ついでに実家へ寄って、みたいなことになった場合、お父さんはどうするつもりなのでしょうか。
ここはひとつ提案ですが、ただひたすらかくれているだけでなく、ついでに何かの用事をしてもらう、というのはどうでしょうか。

床下にもぐる場合は白アリのチェックをする。天井にひそむ場合は配線の点検、ネズミの巣の有無などを調べる。タンス、押し入れの中では衣服の虫食い状況を調べ、浴槽、トイレに入るときにはただひたすらキュッキュとみがいてもらいます。
家中クリーンになったころには、お父さんもかくれんぼは二度とごめんだ、という気になっているでしょう。

まあ、こうしてゲームで楽しんでいるうちはまだ罪がないのですが、もっと恐ろしい場合も想定できます。前に「宗教戦争」というコントを書いたのですが、これは家族全員がてんでの信仰を始めたために家の中が宗教戦争のゲリラ戦になっているわけです。
会社から帰ったお父さんが玄関でハッと気づくと、たたきのところにマリア様の像がしかけてある(お父さんはキリスト教なのです)。床下格納庫にひそむ仏教徒の妻。冷蔵庫の中で荒行にはげむ密教の息子。かもいから襲いかかるゾロアスター教のおじいちゃん。
荒唐無稽だと笑いとばすのもけっこうですが、現実に家族全員が精神的に「かくれんぼ」している家だってあるんじゃないでしょうか。

留守中に棚や浴槽にかくれる夫 イメージ

竹中さんより

竹中直人さんイメージ

家の中でかくれんぼが出来るって相当広い家を想像してしまうけれど、隠れ場所を見つけてじっと隠れているお父さんを想像するとかなり可笑しい。ぼくも多摩美術大学時代、四畳半のアパートに友達が訪ねてくる日【たばこを買いに行ってます】って置き手紙をテーブルに置いてよく押し入れに隠れていたな…。そして頃合いを見計らい「わぁー!」と障子を開けて出てくる。懐かしいなあの頃…。らもさんのお答えは想像を超えて凄まじい!

中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん

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