辛淑玉さんのドラマ批評 - 濁流

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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濁流

2026/9/25公開

朝鮮王朝第14代王・宣祖時代を描く韓国大河ドラマ

画像:濁流 1

(c) 2026 Disney and its related entities

「濁流」を観て、ちょっと興奮している。
 物語は、朝鮮王朝第14代王・宣祖(ソンジョ)の時代(16世紀後半)、最下層で働く港湾労働者の目に映る絶望から始まる。

 働けど働けど搾取され、手元には生きるための最低限の米すら残らない。労働に見合う対価を要求すれば、凄まじい暴力が振り下ろされる。そして、暴力を振るった側もまた、その上の暴力によって支配されているのだ。

 この見事な支配構造を産んだのは、腐敗した朝鮮王朝だった。
 なにしろ宣祖といえば、その無能さは折り紙付きだ。その時代、臣下同士の激しい権力争いによって統治機能は麻痺し、凄まじい賄賂と暴力がはびこる下剋上の社会が出現した。

 主役は、そんな時代の濁流に抗おうとする三人の若者たちだ。

 汚職にまみれた組織の中で、なお正義を希求する官吏のチョン・チョン(パク・ソハム)。
 朝鮮一の商人を目指す、大商人の娘チェ・ウン(シン・イェウン)。
 そしてチョン・チョンの幼馴染のチャン・シユル(ロウン)。

 シユルは、尼湯介(にたんげ)の乱(1583年、女真族が朝鮮国境地帯を襲撃し、略奪殺戮を行った)で母を殺され孤児となったが、チョン・チョンの家族に拾われ科挙を志す。しかし、朝鮮王朝の差別的制度により受験資格を剥奪され、それに異議申立てをしたせいで故郷を追われ逃亡生活を強いられる。まさに転落の人生だ。

画像:濁流 2

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 たどり着いた先は、ごろつきと呼ばれる最下層の港湾労働者として働くことだった。

 ドラマでは、国家運営が破綻した結果、それぞれが自身の既得権を最大限に利用しながら暴力を武器に生き残りを図る収奪合戦が繰り広げられる。

 とりわけ、一方的に奪われるだけの民の姿が胸に刺さった。
 正しいことを求める人たちが追い払われ、小悪を成敗できるのは中悪で、中悪の生殺与奪の権を握っているのが大悪とくれば、最後は大悪しか残らない。

 そしてこれは、また間違いなく資本主義社会の原理でもあり、財閥を中心とした韓国現代社会の有り様そのままでもあるのだ。

「濁流」は、一言でいえば「救いがない」。日本の多くの視聴者は暗澹たる気持ちを抱えることに慣れていないから、本作の終わり方には戸惑ったのではないだろうか。

 だからこそ、シーズン2があるとしたらどのように描かれるのかが気になった。

 最下層の民は、騙し合いながらも助け合い、また助け合いながらも奪い合う。生きるにはそうするしかないのだ。

画像:濁流 3

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 これほどまでに、貧乏が生む複雑な心理を描けた作品は本当に少ない。

 中でも、港湾労働者をまとめるチンピラのリーダー、ムドク(パク・ジファン)が面白い。彼はシユンの弱味に付け込んで手下にし、渡し場の頭領の座を狙う。強きに弱く弱きに強いお調子者で、その滑稽な姿に階級社会で生き残ろうとする最下層の姿が凝縮されているのだ。気が付いたら最後までムドクの姿をハラハラしながら見つめていた。

 パク・ジファンの演技力にも脱帽した。彼がいなければ、二人の男と一人の女、しかもドラマ「砂時計」のような、ヤクザと国家公務員、そして資本を代表する女性商人、という韓ドラ定番の組み合わせの陳腐さが鼻についたかもしれない。

画像:濁流 4

(c) 2026 Disney and its related entities

 チョン・チョン役のパク・ソハムはKPOP出身で、BLドラマ「セマンテックエラー」でその存在を知ったが、あのときのチャラい役とは正反対の不器用な官吏を見事に演じた。
 もう少し出演シーンがあってもいいのにと、少しだけ残念だった。

 シユル役のロウンは素晴らしかったと言える。ロウン目あてに観たファンは多かったと思うが、人気俳優にありがちな、どんな役をやっても俳優自身が前面に出てきてしまう、ということが全くなかった。ロウンは今回の役で「ロウン」を見事に消し去った。今後が楽しみだ。

画像:濁流 5

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 女性商人を志すチェ・ウン役のシン・イェウンには「ジンニョン・スター誕生」での圧巻の演技で注目していたが、『ザ・グローリー 輝かしき復讐』で、あの悪役を演じていたと後で知って驚いたものだ。

 今回は、凛とした気品があり、後半に行くほど彼女の演技力が光ったように思う。

 続きが待ち遠しいなぁ。

今回ご紹介した作品

濁流

配信
ディズニープラス スターで全話独占配信中

情報は2026年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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