原発事故を起こした当事者である東京電力による測定では、透明性がありません。 原発事故を起こした当事者である東京電力による測定では、透明性がありません。
解説/小豆川勝見
(東京大環境分析化学研究室助教)

処理汚染水の問題を考える『ウェブ通販生活』のインタビュー・シリーズ。今回は東京大学大学院・総合文化研究科の環境分析化学研究室に所属する小豆川勝見(しょうずがわ・かつみ)助教に登場していただきます。小豆川さんは、原発事故発生直後の2011年4月から現在まで東京電力福島第一原子力発電所周辺などで土壌や水の放射能測定を続けてきました。現場の環境を最もよく知る1人、小豆川さんに海洋放出に関わる測定の課題を聞きました。

測定を続けるなかで放射性物質が「動く」ことを実感。

──なぜ、福島第一原発の事故後に測定を始めたのでしょうか。

小豆川
事故の状況を見て、「まずい」と思ったからです。それまで私は、国立研究開発法人・日本原子力研究開発機構(JAEA、茨城県東海村)で原子炉の材料を研究していました。原発は壊れないと信じていたのです。しかし、壊れた。そうなった以上、周辺で放射能を測ってみんなに見てもらおう、起きたことを後世に伝えようと考えました。それが責務だと思ったんです。

定点観測の一環として、福島第一原発の近くの海岸で海水を採取する小豆川さん(2019年10月)。

──12年以上測ってみて、何が分かったのでしょうか。

小豆川
放射性物質が「動く」ことを実感しました。風に乗って動くのはもちろんですが、地面に落ちた後も雨や風で少しずつ動いて、川や海にたどり着きます。山だと動く速度は遅いのですが、都市部ではあっという間に海に流れていったのも確認しました。

──放射性物質が動く……ですか?

小豆川
じわじわ移動して、ゆっくりとホットスポット(放射線量が高い場所)が形成されたり、除染した場所で再び放射線量率が上がったりすることが、12年経った今でも繰り返されています。それらの事実は、測らないと分かりません。放射性物質は目に見えないから、とにかく測るしかない。でも、測定をする専門家が増えたわけでもなくて、今でも測定が十分にできているとは言えません。
放射性物質を測ることはとても手間がかかる作業なんです。何より、分析に時間がかかる。高濃度であれば分析時間は短くなりますが、環境中にそこまで高い濃度の放射性物質はありません。また、物質の種類によって分析時間も違ってきます。例えば、放射性セシウムは1日あれば結果が出ますが、トリチウムはそうはいきません。丁寧に分析しようとすると、マニュアル通りでも1週間かかります。

──重要なことなのに、放射性物質の測定に対する認知度は決して高くないように思います。

小豆川
マイクロプラスチックや地球温暖化などの環境問題に関心はあっても、放射能汚染は「よく分からない」という人は多いように思います。原発の事故後、「放射性物質」という言葉は認知されましたが、「放射性物質」と「福島」という言葉が組み合わされると、顔がこわばる人もいます。

福島第一原発の海洋放出の測定は不十分。

──原発事故後の測定は不十分ということですが、どんな理由が考えられるのでしょうか。

小豆川
原発事故で放出された放射性物質は、福島第一原発の敷地内については東電が、敷地の外側については個別の研究者が測定しています。ただ、敷地の外は基本的には自由に測定できるはずなのに、福島第一原発の周辺海域は核物質防護という理由で、敷地の境界から3km以内に入る時には東電や海上保安庁などに事前連絡をする必要があります。連絡をしないと、東電が海上保安庁に通報し、巡視船が飛んでくることになります。また今でも残る帰還困難区域は各自治体で考え方に違いがあり、測定をするための申請書の書き方にもコツが要りますし、手間もかかります。官公庁独特の言い回しを理解したり、表現したりすることも必要ですから、外国の研究者にはほとんど無理だと思います。

──東電は事故後、福島第一原発周辺で放射性物質の値を測定(モニタリング)しています。処理汚染水の放出口でも測定しています。

小豆川
陸の測定も海の測定も十分ではありません。とくに海洋放出に関しては、放出口の1km以内は立入禁止という「謎の規制」がある。近づいて測定できないのです。当然、撤廃されるべき規制でしょう。東電は漁業権を根拠に立入を規制しているのかもしれませんが、測定を拒む理由としては希薄です。例えば、茨城県東海村にある日本原子力研究開発機構の核燃サイクル施設では、放水口には誰でも近寄ることができ、水の分析ができました。

処理汚染水放出が開始された東京電力福島第一原発の周辺海域で、放射性物質モニタリングのため海水の採取を行う船(写真提供/共同通信社)。

──近づけないと、どんな問題が起きるのでしょうか。

小豆川
処理汚染水は、水で希釈してから海洋に流しています。この希釈が、モニタリングには重要な要素なのです。海洋に出た処理汚染水はどこに流れるのか? それは海流や水温の条件にも左右されますが、放出口から1kmも離れたら、ぼやけた情報しか取得できません。
政府は「薄めたから大丈夫」と言いますが、そうではなく、どのくらい薄まったものがどう流れるかを測定しないといけない。離れた場所で、ちょっとだけ採った魚や水を測るだけでは信頼性を獲得できません。数十年も続く事業には耐えられないと思います。

──東電も政府も事故直後から、第三者による測定を拒絶していたように感じます。測定をする研究者に中止要請をするなど、測定の自由を阻害していました。

小豆川
処理汚染水の放出口での測定を認めるべきですし、誰もがいつでも測定できる環境を整えることが重要です。第三者とはそういう意味です。事故を起こした当事者の東電による測定では、透明性がありません。

モニタリングの信頼性を上げるために必要なこと。

──海洋での測定については、原子力規制委員会の専門部会「海洋モニタリング検討会」が東電のモニタリング結果に強い疑義を示し、すべて見直しになったことがあります。2013年のことです。結局、この専門部会は廃止され、モニタリングの問題は中途半端な議論で終わった経緯もあります。東電はいま、処理汚染水の測定結果を定期的に発表しているわけですが、小豆川さんはそれをどう見ていますか。

小豆川
原子力規制委員会の専門部会での出来事というのは、気象庁の研究者が東電の提出した海洋測定のデータについて「放射能測定にもかかわらず、(当然あるべき)不確かさがついていない。学生のレポートなら0点」と言い切ったケースですね。
(編集部注:「不確かさ」は放射能測定をしたときに必ず出てくる、測定値の振れ幅のこと)
あのときと同様、ALPSで処理した水に関する東電の測定値は、発表されているデータがものすごく見にくいうえに「絶対におかしい」と感じる数値もあります。敷地内の地下水をくみ上げるサブドレンと呼ばれる井戸から採取した水も、同じ井戸なのに放射能の値がゼロだったり、何千ベクレルもあったり。入力ミスかもしれませんが、確かめようがないため、われわれが集計・分析する際には除外することができず、信じるしかない。これで外部の研究者が海洋での拡散をシミュレーションするのは大変だと思います。それこそ、東電の発表の仕方は、学生なら0点です。

モニタリングポストの近くで、空間線量率を測定する小豆川さん(2021年12月)。

──信頼性を上げる方法はあるのでしょうか。

小豆川
外部の機関がどんどん入って、チェックしていく必要があります。それができていないから風評被害が生まれる。処理汚染水がどこにどれだけ拡散するかを科学的に示すべきなのに、今は基準を超過しているかどうかを見ているだけ。必要なサンプリングがどういうものなのか、その経緯が分かる資料も見たことがありません。

──放出後の測定方法や頻度に問題はないのでしょうか。

小豆川
現在、東電は週に1回程度の測定をしています。でも問題は、「頻度」より「1対1の対応」ができているかです。放出をします、放出しました、それによる海の変化はこうでした、という対応です。また、トリチウムがどう拡散するのかを見るためのシミュレーションは、初期値があやふやだと難しくなります。だから最初は丁寧すぎるくらい測定してちょうどいいんです。

──生物のモニタリングはどうでしょうか。

小豆川
サンプルが少な過ぎるのが問題です。処理汚染水の放出の絶対量がそれほど多くはないので、顕著な問題が生物に出るとは思っていないのですが、生き物が相手だと予想外のことが起きる可能性もあります。今でもクロソイという魚に極端に高い放射能濃度が検出されることがありますが、理由は分かっていません。「これこれは、こういうことですね」と説明できるまでデータの収集が必要なのに、今は判断材料がないため影響の有無は明確に言えません。

福島県浪江町の請戸漁港付近から見た東京電力福島第一原発(写真提供/共同通信社)。

判断能力を高めるための努力。

──処理汚染水については、政府の示した「基準」を下回っていれば「安全」なのでしょうか。政府は「国際安全基準に合致」しているので健康への影響は「無視できるほど」だという国際原子力機関(IAEA)の報告書を引用していますが、「安全」とは言っていません。

小豆川
安全かどうかは基準とは別問題です。例えば、風邪をひいて体温が37度になったとして、それが安全かどうか分からないのと同じです。平熱が36度の人と35度の人では違いがあります。
ポイントは、普段とどのくらい違いがあるかという相対値です。処理汚染水を流していない時とどのくらい変わるのか、どれだけのリスクの上乗せが発生するかです。ですから、測定をする立場で言えば、安全か危険かの二択での判断はできないのです。

──通常の原発で、何かのトラブルによってトリチウム以外の放射性物質が含まれている水が海に流れ出たら、その原発は、問題が解決するまで運転できなくなるのでは?

小豆川
そうですね。私は「福島だからしょうがない」「福島だから一定の基準以下なら流してもいい」というスキームありきで進めてしまった経緯はおかしいと思います。測定する立場としては、時間軸で見るしかありません。できるだけ測定を続けて、その結果を見てほしいのです。
政府や東電から安全と言われたから安全、安心と言われたから安心というのではなく、測定の結果から判断するリテラシー(ある分野に関する知識や能力を活用する力)が必要で、そうした知識欲は必要だと思うのです。知識を身につけるには負担が伴いますが、知ることで理解は進むはずです。主義主張ではなく、「数値の土台」が足りていない。土台になる数値が不十分なまま、事故から12年経ってしまったのです。

取材・構成:木野龍逸/協力:フロントラインプレス

しょうずがわ・かつみ

1979年生まれ。茨城県で育つ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2011年より福島第一原発から放出された放射線物質の測定を始め、帰還困難区域を中心に調査活動を続けている。放射線を分かりやすく子どもに伝える講演会も継続。福島県など全国の学校から依頼を受け、これまで約13,000人の小中学生に放射線授業を実施した。第1回SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞受賞。