【読者の手記を読んで】
終戦当時2歳だった関口宏さんは、ご自身に戦争の記憶はないとおっしゃいます。
そんな関口さんが、自らの番組で丁寧に歴史をひもとき、戦争へと至った道を検証し続けているのはなぜか――。
体験者が減りゆく今、私たちが受け継ぐべき「思い」についてお寄せいただきました。
1943年東京生まれ。父は俳優・佐野周二。俳優デビュー後、司会者として『クイズ100人に聞きました』『サンデーモーニング』等で長く活躍。
「戦争はもうこりごり」という
思いを絶やさぬために。
戦争体験に着目する特集はぜひ続けてほしいですね。戦争の恐ろしさを伝えるには、単なる知識を提供するのでは足りなくて、実際に体験された人たちの「思い」を感じてもらう必要がある。それには生の体験談に優るものはありません。
私の父は2年半、中国で従軍していました。映画俳優だった父は中国で、同じく召集されていた小津安二郎監督と再会したそうですが、詳しい話は聞いていません。無口な人でしたが、特に戦争については喋りたがりませんでした。それでも「くだらぬ戦(いくさ)をやりやがった」と言うのを聞いたことがあります。通信兵だった父は前線に出ませんでしたが、戦友をずいぶん亡くしていますから。
終戦時に2歳だった私には戦争の記憶はありませんが、戦争を特集した『アサヒグラフ』や『毎日グラフ』などが家にたくさんありました。それを読んだり、身内を亡くした周囲の人の話を聞いたりしたことが、今の私の考えをつくったと思います。
近現代の歴史をひもとく番組(※)の司会をしていますが、調べれば調べるほど戦争のような大きな出来事は、その前の小さな出来事の積み重なりだということがわかります。日本が太平洋戦争に突入した最も大きな原因は、日清・日露戦争に勝利したことでしょう。あれで「日本は負けない」というおかしな〝空気〟が生まれてしまった。その思い違いのせいで、惨めな敗戦に至る前に戦争をやめられるチャンスが何度もあったのに、逃してしまった。空気というのは本当に恐ろしいものです。
戦後81年間、日本は戦争をしないで来られました。こんな国は世界でも少数ですが、それを可能にした一番大きな力は「戦争はもうこりごり」という人々の強い思いです。しかし今、戦争を体験した人が少なくなるなかで、時代の空気が危うくなっています。たとえば憲法についていろいろ言う人たちが出てきています。そういう人たちに僕は「本当に憲法をお読みになりましたか?」と質問したい。立派な憲法です。決して米国から強引に押しつけられたのではなく、当時のほとんどの国民が「戦争はもうこりごり」と考えたから成り立ったのです。
時代の変化を「仕方がない」とする空気が強いように思うけれど、「仕方がない」というのは、変化した後どうなるかを、考える努力が足りないのではないでしょうか。
※「関口宏の一番新しい近現代史」(BS-TBS/毎週土曜12時~)