ネコの作家 第4回「漆造形と猫絵画」

第4回「漆造形と猫絵画」

えのきえみさん、榎俊幸さんイメージ

漆造形作家

妻・えのきえみさん

画家

夫・榎 俊幸さん

プロフィール

えのきえみさん

えのき・えみ/東京都生まれ。東京藝術大学大学院漆芸専攻修了。2015年、第29回日本煎茶工芸展にて京都府知事賞を受賞。

榎 俊幸さん

えのき・としゆき/1961年、東京都生まれ。東京藝術大学大学院視覚伝達デザイン修了。作家・宮本輝の長編小説『流転の海』シリーズの装画を手がける。

※榎俊幸さんのホームページ、えのきえみさんのエッセイブログはそれぞれ「榎俊幸」「うちにゃんこ」で検索。

猫フィギュアができるまで

石粉粘土で形を作る イメージ

1.石粉粘土で形を作る。

乾燥後、漆を塗って石粉粘土に吸わせる イメージ

2.乾燥後、漆を塗って石粉粘土に吸わせる。

下地も漆でつけて強度と耐水性を増し、絵の具で着色 イメージ

3.下地も漆でつけて強度と耐水性を増し、絵の具で着色。

完成! イメージ

完成!

蒔絵ができるまで

漆で絵を描いた上から、粉筒(写真右)で金粉を蒔き付けて乾かす イメージ

1.漆で絵を描いた上から、粉筒(写真右)で金粉を蒔き付けて乾かす。

蒔絵に漆を摺り込んで固める。飴色の漆を上塗りして研ぐ イメージ

2.蒔絵に漆を摺り込んで固める。飴色の漆を上塗りして研ぐ。

磨いてつやを出して仕上げる。工程ごとに1日以上乾かせば完成 イメージ

3.磨いてつやを出して仕上げる。工程ごとに1日以上乾かせば完成。

自分が思う“かわいさのツボ”を
大事にしています。

えみ
「漆」と聞くと、彫った木の表面に塗って……というものを思い浮かべる方が多いのですが、私が作っている「乾漆(かんしつ)」はそうではありません。粘土で形を作って石膏で型をとり、型に麻布と和紙を、漆と米糊を混ぜたもので何層にも貼り重ねて形を作っていきます。乾けば薄くて丈夫で、木を使うよりも細かく、自由な形が作れるんです。私は大学の工芸科で漆に出合い、卒業後も現在まで乾漆の制作を続けています。
俊幸
私はもともと大学時代にデザインを勉強していたのですが、大学でアーティストの先生方と接するうち、画家を志すようになりました。デザインを先に学んでいた分、日本画・洋画を専門に学んでいた人と比べて技法を自由に選択できたので、画材は現代美術で多用されるアクリル絵の具を選びました。伝統的な日本画にない風合いを追求していき、現在の画風に到達しました。
作品1 イメージ
えみ
猫を作るようになった転機は、夫と結婚してすぐの頃。偶然黒い子猫を拾って家族になったのをきっかけに、猫をモチーフに乾漆の作品に挑戦しようと考えました。最初に作ったのは猫の「香箱座り」を再現した『ハコ座りの猫箱』。そこから猫の作品が増えていきました。
そして「うるめ」と名づけたその黒い子猫との出会いをもとに、ブログで描き始めたのがエッセイ漫画『うちにゃんこ』です。登場するのはうちの猫たちで、キャラクターとしてフィギュアも作りました。石粉粘土に漆で下地を付け、アクリル絵の具で着色するオリジナルの製法なのですが、石粉粘土だけのものより水に強く丈夫です。
俊幸
妻が猫の作品を作る比重が増していった2012年ごろ、お世話になっているギャラリーから夫婦展のお話をいただきました。そのころの私は猫については「気が向いたら描く」という感じでしたが、せっかくなら夫婦で「猫」に統一して出品してみようということになり、猫の作品を集中的に描きました。それ以降、猫をテーマにした夫婦展を定期的に開催しています。個展に出品するような作品はアクリル絵の具や日本画絵の具、金箔銀箔を用いて制作しますが、猫展のために制作する時は墨で描くことが多いですね。即興性を大事にして一発描きです。猫は言ったとおりにポーズをとってくれませんから(笑)、日頃から観察して気になるポーズや表情をストックしておくのが重要です。写真的なシャッターチャンスというよりは、ごくありふれた、猫好きな人が「あ、猫ってこういう恰好するよね」と思えるポーズを探すようにしています。
日本画の材料は大型ホームセンターでも手に入りますが、金箔など特別な材料については東京・上野にある画材店で、和紙を使う場合は専門店で購入しています。
作品2 イメージ
えみ
私の場合は専門店で漆を購入していますが、所属している「日本文化財漆協会」が国産漆を栽培しているので、年に1度、会員への頒布も利用しています。和紙は奈良の手すき和紙を使っています。手すき和紙もそうですが、漆刷毛や蒔絵筆などの漆芸の道具はそれ自体が伝統工芸品で、その職人さんは減ってきてしまっています。
私にとって漆の勝負どころは、塗りの作業です。漆が「乾く」とは水分が抜けることではなく、空気中の水分から酸素を取り込んで「酸化重合」という化学反応で固まるということです。乾かすには専用の木箱の中で、70~80%の湿度と20~25度の温度を保つ必要があり、その日の湿度や温度によって乾く時間も仕上がりも変わってきます。常に漆の機嫌に合わせて作業を進めなければならず、こちらを振り回してくるところは漆と猫とで相通じるところがありますね(笑)。他にも猫の目を金で蒔絵したり毛並みに箔を貼ったりするなどといった細かい作業の連続ですから、1つの作品を仕上げるのには半年ほどかかります。

即興の絵は思い通りにいかない分、
自分の経験が出てきます。

俊幸
私は猫を描くことは、人や猿、架空の動物なども描く普段の画業とは切り離して考えています。画業の息抜きのように描くのが猫。だから技術を表現しようというよりはもっと素朴に、その時の自分の気分や猫から癒された気持ちを込めて、「手早く簡単に、ササッと」を心がけています。どんなポーズで、といったことを決めるのは時間がかかりますが、作業自体は5分か10分です。ヘタウマに描きつつ、技術が隠れている……というのが伝わる絵を目指しています。
えみ
夫は普段はもっと細かい作業で絵を描いているんですが、隣で見ていると猫はデッサンのように描いています。
作品3 イメージ
俊幸
丁寧に時間をかけて描けば、自分の思い通りにできる。でも、即興では自分が描き続けてきた経験でしか描けません。制作時間が10分でも、その「10分」の後ろには私の何十年という積み重ねがあるんです。
えみ
夫は人間、動物、架空の生き物まで、何でも描けるところが羨ましいですね。私は今後もいろんな表情、いろんなポーズで作っていけたらと思っています。猫だけではなく、猫と器がコラボしたような形の作品にも取り組んでいます。
作品4 イメージ
俊幸
妻は「猫」という現代人に人気で需要のあるものを、伝統技法を用いて高いクオリティで作り続けている。大学で学んだことを活かして、唯一無二のものにアップデートしているのが素晴らしいなと思っています。
私も「自分の『猫』といえばこれだよね」というキャラクター、自分の定番と言えるようなものを見つけていきたいですね。

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