孤立しがちな子どもたちを
「大きな家族」として受け止める。
NPO法人 よのなか塾/京都府舞鶴市
取材・文=岩嶋悠里(通販生活編集部)
家に帰れば、あたたかいご飯がある。家族や友達と笑いながら、今日のできごとを取り留めなくおしゃべりできる。そんな「当り前」を知らない子どもたちのために、開かれている居場所があります。
京都府舞鶴市にあるNPO法人『よのなか塾』(2013年設立)。雑居ビルの1階に構えたこの学習塾には、夕方になると炊きたてのご飯とおみそ汁の香りが漂います。自習スペースの一角が台所になっていて、つくりたてのご飯が並ぶ「なかよし食堂」が開店するのです。
金曜日の17時過ぎ、ランドセルを背負った男の子が「なかよし食堂」に駆け込んできました。
「先生、今日のおかずなに?」「肉じゃがやで。お皿に盛るの手伝ってくれる?」「わぁ、うまそう、やるやる!」
男の子はうれしそうにうなずいて、手洗い場へ走っていきました。その背中を見守るのは『よのなか塾』代表の早田礼子さんです。
はやた・あやこ●夫の太郎さん(写真・左)と「よのなか塾グループ」を創設。学習支援からはじまり、食事支援や就労支援、通信制高校の運営など活動は多岐に渡る。
つづきを読む
学校あかん、家もイヤや。でもこの塾だけはやめたくない。
礼子さんが夫の太郎さんと「なかよし食堂」を始めたのは2015年のことです。きっかけは、『よのなか塾』に通う中学1年生の男の子でした。中学校が終わる夕方過ぎから自習スペースが閉まる21時半まで、毎日のように塾で過ごしていたといいます。
「夕飯時になると、必ず同じ味のカップラーメンを手に『お湯ちょうだい』と言いに来るんです。『そんなに美味しいの?』と聞いたら、『いや、安いから箱買いしてあるねん』と。その子はシングルマザー家庭なのですが、お母さんは昼も夜も働いていらっしゃって、とても晩ご飯を用意する余裕がない。そこでセール品のカップラーメンを買って、毎晩ひとつずつ夕飯代わりにすすっていたんです」
自習スペースは「居場所を求める子どもがいつでも来られるように」と、ほぼ365日開放されている。壁一面の本棚には、寄贈された児童書や小説がずらり。
子どものためにと時間を惜しんで働けば働くほど、子どもの成長にとって必要不可欠な食事に手が回らない。あたたかい食卓を家族でゆったり囲む時間すら持てない。矛盾した現実に、礼子さんは「なかよし食堂」を立ち上げる決意を固めます。
「もともと『よのなか塾』は“すべての人に学習の機会を”を目指してスタートしました。経済的に苦しい家庭の子どもには、特別に安い塾代で勉強を教えています。でも、そうした学校の役割だけではなくて、家庭の役割も必要としている子がたくさんいる。親御さんがかまってあげられないぶん、寂しさを抱えた子どもたちを受け止める場所をつくりたいと思いました。
幸い、このビルにはキッチンもありますし、自習スペースには小学生から中学生、高校生、資格取得を目指す大人まで、幅広い年代の人が集まります。いわば“ちいさな社会”であり“おおきな家族”ですね。みんなであたたかい食事をつくって囲めば、自然と会話も生れますし、そうするなかで自分の役割も生れていきます。
食堂でよく小さい子たちの面倒を見てくれる中学生の女の子がいるのですが、『学校行かん、どっこも行かん。クラスもつまらんし、先生も嫌い。家もイヤや、親とケンカするし。でも、この塾だけは行く』と言うんです。行き場のない子どもたちにとって、学校でも家でも吐き出せなかった想いを少しでもガス抜きできる場になっていればうれしいなと思います」
学習塾の枠を超えた「おせっかい」。
こうして始まった「なかよし食堂」は今年で5年目を迎えました。地元でレストランを営む小松美香さんの協力のもと、水曜日と金曜日はおかずつきの夕飯を大人400円、子ども200円の寄付制(任意)で、それ以外の平日と土曜日はご飯とおみそ汁を無料で提供しています。
宿題を解いたり、読書をしたりと自習スペースで自由に過ごす子どもたち。17時を過ぎると机の一角にお箸や食材が並び出し、晩ご飯の準備が始まる。
ご飯を囲むときはもちろんのこと、調理中も子どもと向き合う大切な時間だと礼子さんはおっしゃいます。隣に並んで食材を切ったり、盛りつけをしたりしていると、『なんでうちはお母さんがご飯つくってくれんのや』――そんな弱音や本音が、ポロッとこぼれる瞬間があるそうです。
「みんな、ふだんは大人びた顔で一人前にしゃべりますけど、本当は甘えたいし、わからないこともいっぱいあるのでしょうね。大葉を切ったり、みそを溶いたりするだけでも『これで正しいん?』と不安げな顔で私を見上げるんです。きっと、正解からズレちゃいけない、間違っちゃいけないというプレッシャーを背負っているのだと思います。
そうした子の多くは、学校の先生と折り合いが悪かったり、同級生からつまはじきにされたり、家で親御さんとうまく向き合えなかったりして、寄りかかる先もなければ、自分で自分を認めてあげる機会もありません。
だからこそ、キュウリひとつ切るにしても、子どもたちにとっては大きな挑戦ですし、大切な成功体験です。つくった料理を美味しそうに食べたあと、余った食材を抱えて『今度はお母さんと一緒につくる』と笑顔で帰っていった子もいました」
みんなでつくった食事を囲んでいる間も、早田さん夫妻のもとには子どもたちがひっきりなしにやってきます。「先生、また太ったんとちがう?」「アルバイトの面接ってなに着てったらええの」「なあなあ、彼女からこうやって言われたんやけど、どう思う?」周りで食事を頬張っていた子どもや大人たちも、自然と会話の輪に加わっていきます。
「こいつ、彼女できたんやって」という暴露にワッと盛り上がる子どもたち。はじめは名前すら知らなかった相手とも「居場所」を通じてつながりが生れていく。
「ほら、野菜ちゃんと食べなさい! と声をかけたり、ハローワークへ一緒に何度も通ってバイト先を探して、履歴書を書くのにも付き合ったり……学習塾なのに、かなりおせっかいですよね(笑)。
でも、ここは『おおきな家族』ですから。勉強だけではなくて、料理のように家庭で学ぶ部分もフォローして、子どもたちが世の中で生きていくための力を育ててあげたい。どんな小さなつまずきにも寄り添って、一緒に考えたい。疲れたらここでちょっと休んでエネルギーを蓄えて、社会へと大きく羽ばたいていってほしいと思います」
2019年12月現在、『よのなか塾』を利用している子どもたちは小中高生合せて100人を超えています。今年の9月には、子どもたちの居場所を長く安定して開きつづけるために、ビルの2階を改装してコワーキングスペース『まちはずれ』をオープンしました。
塾生の子どもたちは無料で利用できますが、大人の利用料金は月額3,980円。会議室や、設置されているパソコンやミシン、コピー機を自由に使えます。地元の大人たちが集まる場にすることで、資金面だけでなく、交流の面でも「子どもを地域で支える」ねらいです。
コワーキングスペース『まちはずれ』。週末には絵画教室やソーイング教室を開催。大人と子どもが垣根を超えて積極的に交流し、化学反応を起こせる場を目指している。