偉業と煩悩を等価のものとして描く
画期的女性主人公大河ドラマ。
2017年の『おんな城主 直虎』は今こそ観てほしい大河ドラマだ。
戦国時代、男の名前で当主を務めた女性、井伊直虎。激動の世、戦わずして、恵まれぬ地、遠江を守り抜いた彼女の姿は、世界が未だに戦争を放棄しようとしない2023年、痛烈な気づきをもたらすだろう。
しかし、見つめるべきは、直虎の気丈な叡智ばかりではない。偉人伝のフォーマットには到底収まらぬ、豊穣な人間模様にこそ、刮目すべきものがある。
直虎(おとわ)には、二人の幼馴染みがいた。一人は、井伊直親(亀之丞)。もう一人は、小野但馬守政次(鶴丸)。通常の三角関係ではない。恋情と友情が入り混じった独特の、この三人だけのトライアングルが通奏低音となり、全50話を支える。
政次を演じた高橋一生にとって本作は隠れた代表作であり、彼のファンの間でも一、二を争う人気キャラクターだ。
また、主演の柴咲コウは、気概と煩悩が共にある女性を等身大のリアリティで快演し、大河ドラマ史を塗り替えたと言って過言ではない。
だが、とりわけ凝視すべきは直親に扮した三浦春馬である。
亀之丞はある事情から姿をくらます。10年後、帰還するが、おとわは出家しており、許嫁だった二人は添い遂げることができない。
病弱で色白、笛吹童子だった亀之丞は、精悍で武芸に優れた快男児に変身している。三浦は、その眩しいほどの輝きをしかと画面に焼き付けながら、ふとした瞬間に暗い眼差しを浮かべる。おとわとどうにかして成就しようとする浅はかなまでの一途さをたっぷり堪能させる一方で、決して近づくことのできない哀しみを底なし沼のように用意しているのだ。この、ふくよかな謎。
悲恋の裏側にある、一人の青年のどうにもならぬ業。それを果てしない夢想の罪として精緻に体感させる三浦春馬は演技者として無双状態にあった。
彼の登場回はわずかに5回。全体の1割に過ぎないが、その存在感は姿を消してからも、最終回まで視聴者の深層にこびりつく。
夢想を生きる無双。そして、不在の在。
三浦春馬がもうこの世にいないからこそ、直親の悲哀は永遠に新しいまま。まるで迷宮入りのミステリーのように。
あいだ・とうじ●映画批評家。雑誌、ネット、劇場用パンフレットなどで執筆中。zoomトークイベント「相田冬二、映画×俳優を語る。」は通算220回を突破。2023年は、『町中華の宝石 きくらげたまご』(東京ニュース通信社)のメインライター、行定勲『映画女優(ヒロイン)のつくり方』(幻冬舎)の取材・構成を務めた。2024年は2冊の著作を刊行。