「あのドラマ、面白そうだけど、長いんだよなあ」なんて敬遠している作品、ありません? 年末年始はイッキ見するチャンスです。ウェブ通販生活の人気連載「週刊テレビドラマ」の筆者が、「ぜひ見るべき!」という「おすすめドラマ」を紹介します。

松本侑子

韓流ブームの発端となった記念碑的な傑作。

20年前の2003年、NHK・BSで放送され、日本に韓流ブームを巻き起こした記念碑的な作品です。さらに全世界に韓国ドラマのすばらしさを知らしめた歴史的な傑作です。

ヒロインのチョン・ユジン(チェ・ジウ)は、初恋の男性カン・ジュンサン(ペ・ヨンジュン)を亡くした過去があり、今でも忘れられない。すると彼に生き写しのイ・ミニョン(ペ・ヨンジュン一人二役)が現れる。この男性は、死んだ恋人と、どういう関係なのか。しかしユジンには、婚約者キム・サンヒョク(パク・ヨンハ)があり、彼女の心は、二人の魅力的な男性の間でゆれまどう。

やがて物語は、ユジン、ミニョン、サンヒョクの親たちの若き日に遡り、ミニョンには出生の秘密が隠されていたとわかる……。

イラスト/西村オコ

交通事故、記憶喪失、今につながる過去の因縁と謎、三角関係、病気、近親恋愛の恐れ、一度は失われた恋の復活。そしてドラマの映像美、ロマンチックな音楽。現在の人気恋愛ドラマの原型は、すべて「冬のソナタ」にあるのです。

これは私が最も多く見たドラマです。何十回と見て、その度に泣き、時に号泣しました。20年前、私の母も姑も、毎週の放送を夢中で見ていました。

実らなかった初恋の記憶と感傷、失われた若さへの郷愁、人を思う純粋な心の美しさ……。それだけではありません。

私たちのまわりには、「ヨン様」人気を小馬鹿にして嘲笑するミソジニーの風潮があります。「冬ソナなんか、どうせオバサンが好きな下らない昼メロだろう」というようなエイジズムもあります。そうした女性差別に、子どものころから中高年になるまで、幾度となく小さな傷をおってきた女たちの悲しみと痛みを癒やす力が、このドラマにはあったのです。女性を真剣に愛するミニョンとサンヒョクという二人の男性の優しさと真心に、女たちは慰められ、救われ、涙を流したのです。

まつもと・ゆうこ●作家・翻訳家。『巨食症の明けない夜明け』(すばる文学賞・集英社文庫)、『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』(新田次郎文学賞・光文社文庫)、金子みすゞの生涯と詩の評論『金子みすゞと詩の王国』(文春文庫)など。新刊は第8巻『アンの娘リラ』(モンゴメリ著、松本侑子新訳、文春文庫)。

寺脇研

ヒロインの強さ、逞しさはみごとなもの!

オム・ジョンファが女医役で主演、と聞くだけで観たくなってしまう。1990年代初頭に俳優デビューし、『風の吹く日は狎鴎亭洞へ行かなくちゃ』(93)で早くもチェ・ミンスとW主演している。同時に歌手としても活動を始め、96年に「天だけが許した愛」がヒットして以来人気を集め歌謡賞の常連となっているというのだが、わたしはそちらには疎く、専ら俳優オム・ジョンファの大のファンなのである。

惨殺された幼い娘の復讐を果たす母の悲しくも残忍な殺人犯ぶりを鬼気迫る勢いで表現した『オーロラ姫』(05)に、すっかり魅了された。誘拐された幼い娘を15年間も探し続ける『悪魔は誰だ』(13)といい、強烈な母性愛を発揮する信念に満ちた女性像が素晴らしい。

Netflixシリーズ『医師チャ・ジョンスク』独占配信中

それが今度は、結婚で引退して以来20年のブランクを乗り越えカムバックしていく医療ドラマだ。20年近く前の『どこかで誰かに何かあれば間違いなく現れるMr.ホン』(04)で正義感を貫く過激な歯科医、『私の生涯で最も美しい一週間』(05)でフェミニスト医師を演じていただけに、年を経てどんな女医ぶりを見せるか楽しみだった。

期待通り、ヒロインの強さ、逞しさはみごとなものだ。その上、息子、娘へ注ぐ母性愛、患者に寄り添う熱い医者魂も描かれているから、彼女の一挙手一投足に声援を送りたくなる。不実な夫、夫に味方する姑、はたまた病院の中での人間関係を乗り越えていく過程に全面的に共感できるのだ。従順に支えていたにもかかわらず長年浮気を続け、外に子まで作っていた夫に対し堪忍袋の緒が切れ逆襲に転じるくだりでは、見ている側も快哉を叫んでしまうだろう。

重たいエピソードも多いが、ヒロインの新しい恋も芽生えかけるし、何より全篇を通じてテンポの良いコメディタッチなので、楽しく観ることができるのもいい。人生が長くなった現在、五十路にして再び医師となる彼女の「100歳時代の50歳は若者よ!!」とする勢いに、わたしたち高齢者は励まされる思いだ。

てらわき・けん●映画評論家・京都造形芸術大学教授・元文部官僚。1975年、文部省(現・文部科学省)入省の一方で、映画評論家や落語評論家としても活動。2006年、文科省退官後は京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)教授として映画学科、マンガ学科を担当。『戦争と一人の女』(2013年)から映画製作も始める。『韓国映画ベスト100』(朝日新書)ほか著書多数。

辛淑玉

観れば勇気が湧く135話の大ヒット作。

ホジュン(許浚 1539-1615)は朝鮮王国を代表する名医であり、世界記録遺産にもなった朝鮮随一の医学書『東医宝鑑』を世に送り出した人物だ。この書は中国や日本でも広く普及し、日本では徳川吉宗の命により、1724年に「官版医書」として刊行されている。

このホジュンの半生を描いた代表的な作品に、1999年放映のドラマ『ホジュン 宮廷医官への道』全64話がある。これが後にホジュンの子ども時代を加えた形でリメイクされ、2013年に『ホジュン~伝説の心医~』全135話として放送されて大ヒットとなった。

ホジュンは、武人の父と、側室でしかも奴婢身分の母との間に生まれた。正室の子との身分差別に苦しみ、一度は道を踏み外すのだが、その後、生涯の師となる町医者と出会い、その下働きをしながら医学を学び、医術に人生を捧げることを誓った。

やがて宮廷に入り王の主治医にまでなったが、14代王(宣祖)の死の責任を取らされ流刑に処された。(朝鮮では王が死ぬと、それがどのような死であっても王医が責任を取る。)しかし、監視の目を潜り抜け、命を懸けて、後世のために医学書を編纂した。

ホジュンを流刑地から救い出し『東医宝鑑』を完成させたのは15代王の光海君だ。彼もまた庶子であった。

光海君の父宣祖は、壬辰倭乱(豊臣秀吉の朝鮮侵略)が起きると、民を見捨てて自分だけ今の中国に逃亡した。

この時、李舜臣将軍などの能力ある臣下を起用して朝鮮を守ったのが光海君だった。民を捨てて逃げた宣祖は人気がガタ落ちとなり、戦争が終わって朝鮮に戻ってからも、自分より優秀な庶子である光海君を毛嫌いし続けた。その嫉妬がらみの嫌がらせは歴史に残るほどだった。

正室の子が病弱だったため王位は光海君が受け継いだが、最後はクーデターにより済州島に流刑となった。ホジュンは、この光海君がいたからこそ、その職務を全うすることができたのだ。

貧しい民の命を救うための医学書は、ホジュンと光海君という、不条理な身分支配に命を懸けて抗い抜いた二人の「庶子」によって世に送り出されたのだ。

ドラマ『ホジュン』は光海君にはほとんど触れていないが、見終わると、どんな困難の下でも希望を失わずに生きていこうと、勇気が湧いてくる。

しん・すご●人材育成コンサルタント。博報堂特別宣伝班を経て1985年、企業内研修の会社を起業。企業内研修、インストラクターの養成、職能別研修などを行う一方で、テレビ出演や講演も多数行う。『怒りの方法』(岩波新書)、『差別と日本人(角川ワンテーマ)』など著書多数。