昔からギャングものには目がない。そんな映画ファン、ドラマファンはたくさんいると思うが、御多分に洩れず、私も子供のころにテレビで観た『ゴッドファーザー』や『ボルサリーノ』から『アンタッチャブル』など、欧米の名作映画で描かれる大物からチンピラまでギャングたちに魅了された。
ドンパチも血みどろのファイトも、かみそりで喉を掻っ切ったり、陰謀、裏切り、絶望、見果てぬ夢……。その全てが血湧き肉躍る瞬間の連続で、彼らの生きる世界での成功は刹那的だからこそ、破滅を予感させる哀愁がまたたまらん! と思ったものだ。きっとこの頃から、私の人生はメインストリームから着実に外れて行ったんだろうな。
さて、そんなギャングものは、今ではTVシリーズこそがより一層充実していると思う。ここ20年ぐらい変わらない私のオールタイムベスト3位(順不同)の1本が『ザ・ソプラノズ』(全6シーズン、U-NEXT)。HBOの秀作で、私が初めて映画とドラマの境界線がこれほどまでに融解したのかと、その映画クオリティの質の高さに驚嘆したシリーズだ。その感動は今でも忘れることができない。
そもそも論のTVシリーズの良さとして、長尺であるからこそ、必然的に登場人物への思い入れが強くなる。しかし、その多くのキャラクターたちは幸せにはなりそうにない、最終的には命を落とすか制裁をくらう、暴力の大きな代償を払うわけだが、視聴者としてともに過ごした時間が長ければ長いほど、そこに生まれるカタルシスは大きくなる。特に、序盤では一緒にてっぺんを目指した”兄弟”たちが仲間割れしていく展開には、いつも胸が痛くなる。ああ、無情の世界。
そんな私が大好きな世界が全部盛りで楽しめるのが、英BBCのドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』だ。2013年から2022年まで、全6シーズンが放送された人気シリーズ。批評家の評価も高いが、それ以上に熱狂的なファンの存在がよく知られている。彼らが着こなす1920年代ファッションの再流行のきっかけになったとか、俳優のデイヴ・バウティスタのように番組をモチーフにしたタトゥーを入れる人も。またマンチェスターに同作品をテーマにしたバーがオープンするなどの現象も話題になった(行ってみたかった!)。
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主演は『オッペンハイマー』でアカデミー賞主演男優賞に輝いたキリアン・マーフィー。1890年代から20世紀初頭にかけてバーミンガムに実在したギャンググループ、ピーキー・ブラインダーズをストーリーのベースとした本作で、リーダー格のトーマス・シェルビーを演じている。と言っても、設定や名称には事実と同じものもあるが、少し調べてただけでも大分異なっているので、ほぼフィクションである。
第一次大戦後、犯罪組織を率いるトミー・シェルビーとその家族、架空のシェルビー・ファミリーは、バーミンガム郊外でブックメーカーを生業とするギャングとして勢力を拡大していく。当然ながらライバルも多く、同じ英国人でも階級や宗教、思想、文化的背景が異なるグループの対立は、熾烈を極める。こうした多様なギャンググループ同士の抗争は社会の映し鏡でもあり、特に欧米のギャングものを見る上での大きな醍醐味とも言える。この要素に興味がある人は、ぜひ現代の多国籍化したギャングの抗争を描く『ギャング・オブ・ロンドン』(スターチャンネルEX)を観て欲しい。
しかし何と言っても、本作のビジュアル面のかっこよさは群を抜いている。ピーキー・ブラインダーズのファッションはハンチング帽とロングコートに、メンバーのほとんどがオーダーのスーツを着用。これは実際の彼らのファッションを忠実に再現しているという。当時のバーミンガムでこのような格好をしているものはおらず、人々はこうした装いによってピーキー・ブラインダーズのメンバーと一般の人を区別していたとか。オープニングタイトルで劇中でも使われている印象的な楽曲、Nick Cave and the bad seedsの"Red right hand”が鳴り響き、ビシっとスーツを着こなして闊歩する彼らの姿は、自分まで肩で風きって歩いてしまいたくなるほど気分が上がる。
英国俳優のファンにとっては垂涎もののキャストの共演も心憎い。トム・ハーディ、ポール・アンダーソン、ジョー・コール、ヘレン・マックロリー、サム・ニールからエイドリアン・ブロディ、アニャ・テイラー=ジョイまで。ベテランから当時のニューカマーも含めて、シーズンごとに細かく脇役までじっくりと観ていくと、今では映画などでもおなじみの俳優たちが本作に出ていたのかと嬉しい発見もあるはず。このドラマの成功によって羽ばたいた才能も少なくないのだ。
現在Netflixが、BBC製作による『ピーキー・ブラインダーズ』の映画化(タイトル未定)を進めている。主演のキリアン・マーフィーとクリエイターのスティーブン・ナイト、ドラマ『ナース・ジャッキー』などを手がけたカリン・マンダバッハらが製作に名を連ねる。監督はドラマ版に引き続きトム・ハーパーが務め、ドラマ版全話の脚本を書いたナイトも続投する。
ナイトの弁によれば、映画版は「禁じ手なし。ピーキー・ブラインダーズの全面戦争だ」とのこと。また、あの世界に没入できるのかと思うと、今からわくわくしてしまう。今のうちに6シーズン全36話を観ておけば、映画版のリリースまでに十分間に合いますよ!
いま・さちえ●映画・海外TV批評/ライター・編集者。2000年からアメリカTV業界ウォッチャー。映画・海外TVの最先端を取材すること20数年。各種媒体でレビュー、コラム、特集記事などを企画・編集・執筆。著書『海外ドラマ10年史』(日経BP)、編集協力『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)ほか。海外ミュージカル愛好家。米ゴールデングローブ賞国際投票者、女性記者映画賞審査員。