古舘伊知郎の喋喋対談 わかり合うための言葉を使って相手を「論破」するなんて、使い方としてもったいない。

前編(8月2日公開)を読む

「喋る」を二つ重ねて「喋喋(ちょうちょう)」。
希代のおしゃべり・古舘伊知郎さんがゲストを迎えて、おしゃべりを重ねます。
初回は、『サラダ記念日』(87年)の大ベストセラー以降も、
時代の感性を掬い取った歌を発表し続ける俵万智さん。
俵さんは短歌で、古舘さんはおしゃべりで
〝伝えること〟を考え続けてきたお二人。
俵さんの短歌をキッカケに、対談が始まりました。

お二人のプロフィール

古舘伊知郎さん

ふるたち・いちろう●1954年、東京都生まれ。大学卒業後、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。84年に退社後も数々のテレビ番組で活躍。アントニオ猪木ら往年のプロレスラーとの知られざる交流も描いた自身初の“実況”小説『喋り屋いちろう』(集英社)が7月26日に発売。

俵万智さん

たわら・まち●1962年、大阪府生まれ。大学時代に歌人佐佐木幸綱氏の影響を受け短歌を始める。2021年、『未来のサイズ』で第36回詩歌文学館賞、第55回迢空(ちょうくう)賞を受賞。近著に、宮崎で暮した6年半を綴った短歌エッセイ集『青の国、うたの国』(ハモニカブックス)。

こうなってしまったことのほんとうの
悪いひとたち現場におらず

古舘
この歌はいろんな解釈ができると思うのですが、僕は原発事故を思い浮かべました。
そう言っていただくとすごく嬉しいです。実はこれ、2014年4月に韓国で起きたセウォル号事件についての連作の一首で、同じような構造は日本にも、そして世界のどこにでもあるということが伝わるといいなと思って入れた歌なんですね。
セウォル号も原発事故も、あるいは今も続いているウクライナでの戦争も、「そうなったこと」の本当の原因を作った人たちは現場にいない。そんなふうに、セウォル号のことを細かく歌えば歌うほど、逆に一つの事故だけではない問題が見える気がするんです。
古舘
おっしゃるとおり、世の中に現れてくる事象の本質というのは、共通するものがあるんだと思います。読む人によって、思い出すものは違うのではないでしょうか。
僕は福島第一原発に何度も取材に行っています。燃料貯蔵プールを間近に見ながら、4号機のらせん階段を下りていたとき「地獄があるとしたら、こういう世界なんじゃないか」と思いました。そういう経験があるから、僕の場合は原発事故が思い浮かんだのかもしれません。

かつての印刷工場を再現した部屋。
背後には活版印刷に使われる膨大な量の活字が並ぶ。

触れたくて触れられなかった指先に
念を残すと書いて残念

古舘
これはコロナ禍での歌ですね。最後の「残念」にすごみを感じます。
自分が当たり前だと思っていたこと、特に身近な言葉の意味を見直させてくれたのは、コロナ禍の数少ないいいところだと思います。「念を残すと書いて残念」もそうですし、〈会話って会って話すと書くんだなあ七カ月ぶりに友と会話す〉なんていう歌も作りました。
古舘
コロナ禍を詠んだ歌では、〈カギカッコはずしてやれば日が暮れてあの街この街みんな夜の街〉も好きな歌です。確かにそのとおり、「夜の街」が非常に叩かれていたけれど、どの街も同じじゃないか、と。
私は新宿・歌舞伎町のホストの皆さんとの歌会を毎月やっているので、「夜の街」へのバッシングは他人事とは思えなかった。ひとくくりにするなよ、という思いがあって作った歌です。
〈トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ〉は、その「ホスト歌会」をオンラインで開いたときに思いつきました。
古舘
パソコンの画面にホストの方がずらっと並んだ光景が浮かびますね。オンラインで人と会うとき、僕は「味気ないな」と思うだけで、「密を楽しむ」という発想はなかったです。「ホスト歌会」は、もう4〜5年やっておられるそうですね。
はい。みんなすごく上達していて、「短歌の新人賞に応募したい」と言って頑張っている子たちもいます。
普段は〈噓の夢 嘘の関係 嘘の酒 こんな源氏名サヨナライツカ〉といった女の子やお酒を詠んだ歌が多いのですが、賞に応募するために一度に20首くらい作ってきてもらったときには、震災のこと、ふるさとのこと、あるいは幼いときの性的被害のことなど、それぞれいろんなテーマを出してきて胸を打たれました。うまいとか下手とかじゃなくて、この過程がもう短歌だと思ったんです。
古舘 短歌って、自分の意識の下に沈殿している無意識の部分を導き出してくれるのかもしれませんね。

ホストの皆さんとの歌会

新宿・歌舞伎町で6店舗のホストクラブを経営する実業家・手塚マキさんの発案で2018年に始まった「ホスト歌会」。歌人の小佐野彈さん、野口あや子さんとともに、俵万智さんが指導役と選者を務める。コロナ期間中はオンラインで開催を継続。22年7月、歌会を採録した単行本2冊から選りすぐった『ホスト万葉集 文庫スペシャル』(講談社文庫)が発売された。

古舘
短歌って、自分の意識の下に沈殿している無意識の部分を導き出してくれるのかもしれませんね。
そうなんです。そういう力が短歌にあることを思い出させてもらいました。私なんかはもう短歌が日常になっていて、作り始めたばかりのころのことはすっかり忘れてしまっていますから。
古舘
でも、「短歌が日常」ってさらっとおっしゃるところがかっこいい。

腹筋と背筋を使いながら半分起き上がって、
無意識脳の指令によりまして……
古舘さんの生実況

ちなみに、古舘さんの日常はどんな感じですか。
古舘
うるさいと思います。心の中でずっと「実況」してるんですよ。22歳でアナウンサーになったとき、「とにかく起きているときは心の中で描写の練習をしろ」と言われたのが今も癖になっているんです。
たとえば朝起きたら、「腹筋と背筋を使いながら半分起き上がって、無意識脳の指令によりまして、この洗面所方向に1歩、2歩、3歩と向かっております。おっと鏡に私の顔が見えてまいりました……」。
すごい!(拍手)
古舘
前に、テレビ番組で脳科学の先生に脳の検査をしてもらったら、「あなたは異常なおしゃべり脳です」と言われました。
今の生実況を聞けただけで、今日来た甲斐がありました(笑)。
古舘
それ以外のことができないんですよ。しかも、これは今のテレビではまったく通用しない。
『報道ステーション』を降板した後、いくつかバラエティ番組をやらせていただいたんです。以前やっていたからできると思っていたんですけど、実際には浦島太郎状態。「古舘さんの話、長いから編集しづらい」とスタッフにも言われてしまった。今、テレビはだらだら話すのはダメで、短く、切れ味がいい言葉が求められるんですね。
今の時代は「効率」がすごく大事にされるからでしょうか。本当は、もっと無駄とか、余白とかを大事にすることこそが潤いだと思うんですが。

対談は22年10月27日、秋晴れのなか行なわれた。
この日が初対面だったお二人。

古舘
「失われた30年」で生活に余裕がない人が増えたこととも関連すると思うのですが、みんなタイムパフォーマンス、つまり時間あたりの効率をすごく気にしますね。映画やドラマも「タイパ」を上げるために1.5倍速で見る人も増えています。
それとともに、これは正しい、これは間違ってると、すべてが二元論で語られるようになっているとも感じます。人間なんて本来、善悪が相半ばする存在のはずなのに。
そうですね。その二つの間にあるものをちゃんと大事にしたいです。だから私、よく言われる「論破」ってすごく嫌なんですよ。言葉は本来、お互いがわかり合うためのものなのに、相手を言いくるめて言葉でやっつけてスカッとするというのは、言葉の使い方としてもったいないと思います。

サイタ、サイタ、過去最多なる
花びらのメダルの数と感染者数

古舘
以前、ロボット工学がご専門の先生から、こんな話を聞きました。よどみなくしゃべるAI搭載型ロボットを開発したら、ものすごく評判が悪かった。それで、あざといけれどわざと不必要な間を空けさせたり、とちらせたりしたら急に評判が上がったそうです。
短歌でも、ぎちぎちに詰め込むと伝わらないと感じることがあります。たとえばリフレイン。〈サイタ、サイタ、過去最多なる花びらのメダルの数と感染者数〉もそうですが、たった31文字の中で同じ言葉を2回繰り返すなんてすごい効率が悪いはずなんです。でも、それを避けて言葉を詰め込もうとすると、だいたい失敗します。やっぱり緩みや言いよどみが大事なんです。
古舘
見えない「言いよどみ」が感じられるんでしょうね。
今日お話を聞いていて、古舘さんのおしゃべりは「長歌」なのかもしれないと思いました。長歌というのは万葉の時代につくられていた歌で、最後が「七七」で終わりさえすれば、五七五七五七五七……といくらでも続けていいんです。
当時は歌って基本的に耳から聞くものだったんですね。人間が耳で何かを受けとめるには、それぐらい余裕や遊びが必要なんだと、長歌を読んでいるとすごく感じます。
古舘
嬉しいお言葉ですが、さっきお話ししたように、今は長い話――長歌はウケない時代なんですよね。余裕を持って「耳で聞いて楽しむ」ような長歌的世界はあと10年は来ないんじゃないかと、僕はちょっと悲観的です。
でも、もともと短歌の始まりは、長歌の内容をコンパクトにまとめて添えた「反歌」です。だから、長歌が作れる人は必ず短歌も作れる。古舘さんは「描写」という点では無敵だから、あとはそれを切っていく「はさみ」さえ手に入れれば、無限に短歌ができそうです(笑)。
古舘
そう言ってもらうと、やりたくなりますね。
やりましょう、やりましょう。

撮影/山口規子、ヘアメイク/林 達朗、スタイリスト/髙見佳明(古舘さん)
撮影協力/大日本印刷株式会社「市谷の杜 本と活字館」

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