「喋る」を二つ重ねて「喋喋(ちょうちょう)」。
希代のおしゃべり・古舘伊知郎さんが
ゲストを迎え、おしゃべりを重ねます。
今回のゲストは、俳優だけでなく多彩な活動を
続けるのんさん。お二人の年の差はおよそ40歳。
はたして会話がうまく噛み合うのか……、
一抹の不安を抱えながら対話が始まりました。
古舘伊知郎さん
ふるたち・いちろう●1954年、東京都生まれ。大学卒業後、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。84年に退社後も数々のテレビ番組で活躍。アントニオ猪木ら往年のプロレスラーとの知られざる交流も描いた自身初の“実況”小説『喋り屋いちろう』(集英社)が7月26日に発売。
のんさん
のん●1993年、兵庫県生まれ。俳優として、映画『さかなのこ』(22年)などの作品に主演するほか、音楽、映画、アートなど幅広いジャンルで活動する。アップサイクルブランド「OUI OU(ウィ・ユー)」のプロデュースも手がける。
- 古舘
- 今日は東京・上野での対談ですが、ここはのんさんが主演された朝の連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)に縁の深い場所ですね。
- のん
- 『あまちゃん』東京編の舞台が上野だったので、よく来ていました。
- 古舘
- かつては東北から列車で上京する際、上野駅が東京の玄関口でした。高度経済成長の時代には、「金の卵」と言われた若者たちが集団就職でやってきたのもこの場所でした。
- のん
- そうか、昔は上野が終点だったんですね。
- 古舘
- その『あまちゃん』で有名になった岩手県の三陸鉄道で、4月に『あまちゃん』ラッピング列車の運行が始まりました。のんさんが大漁旗を振って出発を見送られていましたが、懐かしかったんじゃないですか。
- のん
- あれはすごく嬉しかったです。ラッピング列車に描かれた「あま絵」(ドラマ『あまちゃん』の登場人物を描いた絵の総称)を見ていたら、「あんなシーンがあったな」「こんなことがあったな」といろいろ思い出しました。
- 古舘
- 主人公は海女さんの役でしたから、寒い季節にも海に入るシーンの撮影があったと聞きました。それをさも、海水浴シーズンのような顔で演じるわけですよね。
- のん
- 最初に海のシーンを撮影したのは9月から1ヵ月くらいで、そのときは天気もよくてすごく暖かかったんです。だけど、次の年の2月にもう一度海に潜るシーンの撮影があって、あのときは寒かった……。ウェットスーツを着ていたんですけど、それでも手足の末端がめちゃくちゃ冷たくて感覚がなくなっちゃう。だから早くその場面を終えられるよう、大げさにガタガタ震えてスタッフの方に「寒いですよ」とアピールしていました(笑)
- 古舘
- まだ話し始めて数分ですが、何度か笑顔を見せてくださって安心しました。震災から10年のとき、僕はのんさんがNHKの報道番組にゲスト出演されていたのを拝見していたんです。あのときは生放送で、すごく緊張されているご様子でした。
- のん
- やっぱり震災についてはいろんな人の思いがあるし、自分が体験していないことだから、それに対して何を言ったらいいのか難しくて、すごく硬くなっていたかもしれません。
- 古舘
- そのときの印象が強く残っていたので、今日の対談もどうなるか少し心配だったんです。でも、しっかりとお話ししてくださるので、もうすっかり肩の荷が下りました(笑)。
のんさんは俳優としての活動も素晴らしいですが、それ以外にもさまざまなジャンルで活躍されています。ちょうどいまは音楽に力を入れられていて、6月末に発売するセカンドアルバムではご自身で作詞もされていると伺いました。歌詞を考えるのはお好きですか。 - のん
- はい、好きです。
- 古舘
- でも、悩むこともあるでしょう? 以前ユーミン(松任谷由実)さんからは、歌詞が浮かばないときはペンで頭皮を刺したいような気分と聞きましたから。
- のん
- たしかに終わってみると楽しいというほうが勝つんですけど、私も今回はめちゃめちゃ悩みました。「夢が痛むから」という曲では、いつも私のライブでギターを弾いてくれているひぐちけいさんが、すごくカッコいい曲を先につくってくれて。そのカッコよさを壊さないような詞をつくらなきゃと思ったら、急に難しくなってしまいました。いまでも「これでよかったのかな」という思いが残っています。
のんさんの仕事から

映画
『Ribbon』(2022年公開)
脚本・監督・主演を務めた長編作品。コロナ禍で卒業制作展が中止になり、悶々とした思いを抱える美大生を描く。劇中で使用された絵画ものんさんによる。

Blu-rayBOX発売中、デジタル配信中。
日本映画専門チャンネルにて7月TV初放送

音楽
セカンドアルバム『PURSUE』
“PURSUE(パーシュー)”は“追及する”の意味。上の画像は、ミュージシャンの柴田隆浩さん(忘れらんねえよ)が作詞した曲「この日々よ歌になれ」のミュージックビデオの一場面。

3,300円(税込)
KAIWA(RE)CORD

YouTube
のんやろが!ちゃんねる
2021年にスタート。チャンネル登録数17万人。「三陸鉄道でぶらり旅しながら『あまちゃん』秘話を語る」「岩手ラーメンの感動を食レポしながら完食!」など、東北関連の動画も多数配信している。
- 古舘
- 他にも、信頼するアーティストの方にのんさんの来し方や思いなど何時間も聞いてもらい、それをもとに歌詞を書いてもらった曲が3曲あるそうですね。面白いアイデアだと思ったんですけど、そのうちの1曲が「この日々よ歌になれ」。公開されたミュージックビデオを見ましたが、雨の中で線路を走る場面は迫力がありました。最後は腰がちょっと低くなっていて、実況するなら「全速で大腿四頭筋を使いながら上半身は前のめりになっているぞ。ちょっと疲れが出ているのか、でも走りはやめない」という感じで。
- のん
- 古舘さんに実況してもらっちゃった。このテープの録音、あとからいただけますか(笑)。
- 古舘
- 歌詞もいいですね。「消えない傷跡 目には青タン それがなんなの? 大丈夫やで わたし強いから」。これまでの人生を振り返りながら、「それでもやっていくぞ」という決意がにじみ出ているように感じます。
- のん
- そう読み取っていただけたのはとてもうれしいんですが、「目には青タン」って実話なんです。
- 古舘
- そうなんですか!?
- のん
- 音楽ライブの当日、リハーサル前にウォーミングアップで会場の近くをランニングしていたとき、ガラスの壁にバーンってぶつかってしまって。道が反射して映っていたのでガラスの壁にまったく気づかなかったんです。すごく強く打ち付けて、目の周りが腫れちゃった。あとでぶつかったガラスを見たら、自分の顔のアブラがベターっとついてました(笑)。
- 古舘
- それは焦ったでしょう?
- のん
- 「もうすぐ本番なのに」と落ち込んでライブ会場に戻ったら、一緒に演奏してくれるメンバーたちは大笑い。「ちょっと見てくる!」と言ってガラスの跡を見に行くメンバーもいて。でも、その明るさに救われました。
結局本番までに腫れは引かず、ヘアメイクさんがもう片方の目の周りも同じくらい黒くしてバランスを取ってくれたんです。あとは前髪を額に垂らして隠してステージに立ちました。 - 古舘
- ライブの途中に「実はさっき、こんなことしでかしちゃって」と、お客さんに話しましたか?
- のん
- それは言わなかったです。
- 古舘
- もったいない。僕ならウケを狙って話しまくったでしょう。でも、結果的にその経験が歌詞に生かされたわけで、ちゃんと元はとりましたね(笑)。

私の好きな映画や音楽が「不要不急」と
社会の中で優先順位を下げられていた。
- 古舘
- 歌手以外では、映画の監督もされています。しかも主演・脚本・編集も務められた『Ribbon』。この映画、2回拝見しましたが、ヌーベルバーグの時代のフランス映画を見ているような情感がありました。
- のん
- わっ、すごい。ありがとうございます。
- 古舘
- 主人公は美大生で、通う大学の卒業制作展が、コロナ禍で中止になってしまう──というところから始まりますね。僕はこれから10年、20年と「感染症の時代」であることはもう変えられないと思っているんです。人やモノやカネがグローバルに動き続けていく以上、かつて固有の風土病だったものが世界中に伝播してしまう、そういう世界のありようはもう止められない。登場人物がコロナ禍に翻弄されるこの映画は、その意味でも見るべき映画だと思ったのですが、どんなきっかけでつくり始めたんですか。
- のん
- コロナ禍になって最初の頃に、自分が主宰する音楽フェスを中止にする決断をして、それがすごく悔しかったんです。他の仕事も全部ストップしてしまったので、ずっと家で過ごしていました。そのとき、映画とか音楽とか、私の好きなエンターテインメントが「不要不急」だと社会の中で優先順位を下げられているということを強く感じました。
それで、休むのも飽きてしまったし「何かやらなきゃ」と思ったときに始めたのが、なぜか「脚本を書く」ことでした。気づいたら、抱えていた悔しい気持ちを台詞に書き記していたんです。当時の悔しさを一番直接的に伝えられる方法だったのかもしれません。同時に、リボンという「かわいさの象徴」みたいなものによって負の感情を表現するというアイデアがぱっと思い浮かんで、「感情をリボンで表す」ことをルールに脚本を書き進めていきました。
コロナ禍で卒業制作展ができなかった美大生の作品を展示する「見逃し卒展」という展示会も見に行って、学生さんや先生にもいろいろとお話を聞かせていただきました。 - 古舘
- 作品展が中止になってしまった美大生の「何のために自分たちは必死でつくっていたんだ」という怒りやかきむしるような焦りが映画からリアルに伝わってきました。それは現実に裏打ちされているからなんですね。
- のん
- コロナ禍の初めのころって、怒りはあるけれど、誰に向けたらいいんだという感じがすごくあったと思うんです。コロナに感染して苦しんでいる人もいるし、医療従事者の方々も必死に頑張ってくれている。その中で、卒業制作展ができないことになんて怒っていいのかという鬱屈した感情。私も、フェスを中止にせざるを得なかった悔しさをぶつけられる先がなくて、もやもやが解消されない……。そういう感覚がありました。
- 古舘
- ぽっかりと、心のどこかに穴が空いてしまったような感じでしょうか。
- のん
- 卒業制作展って、関係ない方は「中止になってもしょうがない」と思われるでしょうけど、学生さんたちにとってはいまこの瞬間しかない大切な時間。美大生じゃなくても、同じような思いを抱えていた人はきっと多かったと思うので、そういう方たちの気持ちが少しでも報われたらいいなという思いを込めました。

のんさん/ヘアメイク:菅野史絵(クララシステム)、スタイリスト:町野泉美
衣装(金額は税込):イヤリング¥19,580/FUMIE=TANAKA×Ray BEAMS(レイ ビームス 新宿)、ブーツ¥75,900[参考価格]/GANNI、その他スタイリスト私物
古舘さん/ヘアメイク:林達朗、スタイリスト:髙見佳明
撮影/梅佳代 協力/上野精養軒