「喋る」を二つ重ねて「喋喋(ちょうちょう)」。
希代のおしゃべり・古舘伊知郎さんが
ゲストを迎え、おしゃべりを重ねます。
太田光さんは、古舘さんに
負けず劣らずの喋り屋。
社会のさまざまな出来事を肴に、
2時間ノンストップで語り合いました。
※対談は、2023年10月17日に行ないました。
古舘伊知郎さん
ふるたち・いちろう●1954年、東京都生まれ。大学卒業後、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。84年に退社後も数々のテレビ番組で活躍。近著に、自身の仕事の準備をすべて明かした『伝えるための準備学』(ひろのぶと株式会社)。
太田光さん
おおた・ひかり●1965年、埼玉県生まれ。88年、大学の同級生の田中裕二と爆笑問題を結成。2010年、初の小説『マボロシの鳥』(新潮社)を上梓。その他、『憲法九条を世界遺産に』(共著/集英社新書)ほか著書多数。
- 古舘
- 太田さんの小説『笑って人類!』は、スペクタクルなSFであり良質なミステリーであり、預言の書としても読める。本の分厚さも含めて「現代の新約聖書」だなと思いました。
- 太田
- ありがとうございます。後輩芸人にも「読め、読め」と言ってるんですけど、2段組みで500頁以上あるから誰も読んでくれない(笑)。
- 古舘
- テロ国家共同体と先進国の連合組織が対立する中、どう和平を実現するかが話の中心になっています。ロシアによるウクライナ侵攻の後に書かれたと思う人も多そうですが……。
- 太田
- もともと映画のシナリオとして書き始めたのが6、7年前。その企画がボツになったのが悔しくて、2年くらいかけて小説に直したんです。コロナ禍が始まる前、ウクライナ侵攻の2年前には書き終わってましたね。
- 古舘
- 主人公の一人が、日本を思わせる極東の国「ピースランド」の支持率0%のダメ総理・富士見幸太郎。その点も“今”をタイムリーに書いた話としか思えませんでした。
- 太田
- この小説が今の話に思えるのは、人間というものが結局は変わらないということかなと思うんです。富士見と秘書の五代、末松のへっぽこ3人組は、映画『社長漫遊記』の森繁久彌さん、加東大介さん、三木のり平さんをイメージして書きました。そして主席秘書の桜は『ニッポン無責任時代』の植木等さん。
- 古舘
- なるほど。森繁さんはろくでもない社長なのに、なぜか人徳があって人がついてくるんですよね。植木さんと桜も、シニカルだけど憎めない感じが重なります。
- 太田
- 1960年代の喜劇映画を見ていると、日本が実はたいして変わっていないと感じるんです。『社長漫遊記』はギャグにしてるけど、今でいう「忖度」の世界そのものですから。
- 古舘
- シェークスピアの物語が500年近くも読まれ続けているのも、どんなに科学技術が進歩しても変わらない人間の恨み妬みそねみ、ルサンチマンを描いているからだといいます。ただ、太田さんの小説が素晴らしいのは『社長漫遊記』のようにギャグで笑わせつつ、それだけでは終わらないところ。ジョン・レノンの『イマジン』のように、「この方向に進んでいけば人類はもっと素晴らしい未来が拓ける」という希望を見せてくれています。
「戦争をやめて平和を」と口にすることさえ
できない日本の空気が怖い。
- 古舘
- ウクライナへの侵攻が始まってすぐの頃、太田さんが司会をしている「サンデー・ジャポン」(TBS系)で大炎上がありました。
- 太田
- 出演者の一人が「日本はウクライナがんばれという世論だけど、片方の国に加担するのは外交として正しいのか」と発言して、それをフォローしようと「プーチンにはプーチンが思う『正義』がある」と言ったら、「プーチンを正義と言うのか」とネット上でもすごい批判を浴びました。
『ひまわり』(70年)って映画があるじゃないですか。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニのイタリア人の夫婦が第二次世界大戦で離ればなれになって、妻は行方不明の夫を探しに冷戦下のソビエトへ行く。そこで一面に広がる美しいひまわり畑を歩きながら、地元の人に「この下にナチスに殺された多くの兵士が眠っている」と言われる場面を見て、僕は「ソ連の人たちも大変だったんだな」と感じていました。ところが、あのひまわり畑は今のウクライナにあるんです。それを知ったとき、かつて僕たちが「ソ連」をひとつの国として見ていたように、ロシアの人たちも、ウクライナやクリミアを含めて自分たちの「ふるさと」だという感覚があるのかもしれないと気づいたんです。
太田光さんの
本
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笑って人類!
2023年刊 幻冬舎
税込2,420円舞台はおよそ100年後の世界。極東の小国ピースランドの首相・富士見は各国首脳が集う和平会議に遅刻。支持率0%のダメ首相が魂の言葉で世界をつなぎ、再び和平会議へと導いていく。
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芸人人語
旧統一教会・ジャニーズ・「ピカソ芸」大ひんしゅく編
2024年刊 朝日新聞出版
税込1,760円「一冊の本」誌上で連載された論考集の第3弾。「安倍元首相銃撃」「さんまさんとM-1」「芸能界の性加害」など、2022年~24年に起きた出来事に真正面から向き合う。
- 古舘
- 以前、チェーホフの『桜の園』の舞台を見ましたが、そこでも「ハリコフに行く」という台詞がありました。
- 太田
- ロシア人であるチェーホフもゴーゴリもトルストイも、おそらくウクライナは自分たちの国の一部だと思っていただろうし、その気持ちはわかるような気がするんです。だからって今そう主張するのは間違っているんだけど、プーチンにはプーチンの感じ方があるってことを言いたかったんですけどね。すぐに「ロシアの味方か!」と言われてしまうし、「戦争をやめて平和を考えよう」と口にすることさえためらわれるような「モノを言えない空気」が僕は怖いと思います。
アメリカはウクライナを支援する立場だけど、哲学者のノーム・チョムスキーはじめ、バイデン政権の姿勢を批判して停戦に向けた議論を呼びかける人がたくさんいます。アメリカのすべてがいいとは思わないけれど、言論の自由を守る姿勢はうらやましい。 - 古舘
- 僕は太田さんと違って、プーチンにも何かしらの正義があるとは思えないんです。背景に歴史的な経緯があるのはわかるけれども、やっぱり「他国の領土に武力で侵攻した」という一点で許せないと考えています。だからといってウクライナやNATOが全面的に正しいとは言わないし、ウクライナに平和が実現するための議論はどんどんするべきです。
- 太田
- 停戦が実現するかどうかは、アメリカ次第じゃないですかね。僕はアメリカのエンターテインメントに憧れ続けてきたけれど、国際政治ではいつも「ずるい」と思うんです。今のウクライナだけじゃなく、どの戦争でも戦後のリーダーシップを自分たちが取れるよう常に計算して動いているでしょう。だからプーチンとゼレンスキーが停戦交渉をしてもいいと思うタイミングがあっても、バイデンがそのテーブルを設けようとしない可能性がある。
その点、24年の大統領選挙でトランプが勝つようなことがあったら、彼は「自分が戦争を終わらせた」という実績をつくるために停戦交渉に乗り出すんじゃないですか。 - 古舘
- 彼はトリックスターだし、戦争を含めて「実利」のないことはやらない人ですから、極論を言えばトランプ大統領になったほうが平和は近い。ただ、その「平和」がどういうものかということも考えないといけません。
あと、ウクライナでの戦争でもう一つ、自分も含めた人間が持つ偏見の根強さにも気づかされました。ロシアの侵攻が始まった当初、海外メディアの一部では「これはアラブで起きているのではない、我々の同胞が殺されている」と伝えられました。これまでアジアや中東、アフリカで起きてきた数々の紛争をどう考えていたのか。
- 太田
- 「まさか現代にこんな戦争が起きるなんて」という言葉もあちこちで聞きました。でも、まさに今も戦闘が続いているパレスチナ・ガザ地区では、2008年以降何度も大規模な軍事侵攻が起きています。
- 古舘
- 僕は『報道ステーション』(テレビ朝日系)で何度も現地からレポートをしました。パレスチナ人の女の子が爆弾から逃げ惑っている様子を、安全な場所から望遠鏡で見て伝えている自分。頭がおかしくなりそうでした。
石川逸子さんの詩に「遠くのできごとに/人はうつくしく怒る」という一節があります。ウクライナやガザ地区での戦闘を見ながら「1日も早く終わってほしい」と思うのは本当だし、「今日の死者数は~」と報じるニュースを見て「人間の死を数の問題にするな」と憤りを覚えることもある。一方で「遠くのできごと」を見ながら自分の幸せを確認しているんじゃないかと言われれば、否定できない面もある気がしています。
撮影/山口規子、太田さん/ヘアメイク:小林朋子、スタイリスト:植田雅恵、
古舘さん/ヘアメイク:林達朗、スタイリスト:高見佳明
協力/衆議院憲政記念舘