いま、わが国の子どもの7人に1人、およそ280万人が「貧困の状態にある」と言われています。ランドセルが買えず、入学式に1人リュックサックで出席する子。夏休みに入って給食が食べられなくなると痩せてしまう子。ふつうの子どもにとっての「あたりまえ」に手が届かない子どもが、私たちのすぐそばにいるのです。
お金のことでつらい思いをしている子どもたちに、少しでも寄り添っていきたい。私たちがはじめたのが、この「ネット1%寄付」です。
児童養護施設の子どもたちの巣立ちには、身を守る知識と独立に必要な生活必需品、そして大人との絆が必要です
認定NPO法人 ブリッジフォースマイル/東京都千代田区
取材・文=丸山裕子(通販生活編集部)
いま、日本の児童養護施設で何人の子どもが暮しているかご存知でしょうか?
およそ2万6000人――そのうち8割には親がいますが、18歳で施設を退所したあとも戻る家庭はありません。児童養護施設に入所したもっとも多い理由は、親からの虐待や育児放棄、経済困難だからです。
高校在学中からアルバイトでひとり暮らしのための資金を貯め、頼れる大人を持たないまま巣立たなければいけない高校3年生たちの自立を支援しているのが、認定NPO法人ブリッジフォースマイルです。
事務局長の菅原亜弥さんに巣立ちに必要な支援についてお話をうかがいました。
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「最近の児童養護施設では、親の死別で入所する子どもは全体の1割ほどしかいません。残りの子どもたちは親の虐待や育児放棄、経済困窮や精神疾患などで養育が困難になり、入所しています。
幼いうちに親を失う悲しみはたいへん大きいものですが、大好きな親によって傷つけられたり、手を放された経験をもつ子どもたちもまた、複雑な悲しみを抱えて施設で育ちます。
入所中は職員さんが親子関係の修復を取り持ちますが、うまくいかないまま施設を退所する18歳を迎えて、自力でひとり暮らしを始めなければならない子どもが多いのです。
2018年度からは厚労省による家賃貸付制度(児童養護施設退所者等に対する自立支援資金の貸付)もスタートしますが、ひとり暮しに必要な家電や家具、鍋やお皿などの生活必需品を買うお金は、子どもたちが高校在学中からアルバイトをして自分の手で用意しなければいけません。
私たちが取り組んでいるのが、この児童養護施設の子どもたちの退所後に備えた自立支援です。中でも要となっているのが、設立(2004年)の翌年からつづけている〝巣立ちプロジェクト″と名づけた高校3年生向けのひとり暮らし準備セミナーです。
首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)9ヵ所の公民館やセミナールームをお借りし、毎年8月から1月まで月に1回、朝10時から4時半までのセミナーを6回にわたって開いて、子どもたちにひとり暮しで必要な知識を学んでもらっています。
受講する子どもは毎年160~180名ほどです。ひとり暮しの資金をアルバイトでためなければいけない子どもたちにとって時間は貴重ですので、1回の受講につき5000円分のポイントをつけて、セミナー終了後に生活必需品と交換できるようにしています。
『ひとり暮しなんて失敗しながら慣れていくものでしょ』とおっしゃる方もいるかもしれません。私自身も、最初に自立したときは手探りでしたが、頭の中で『母はたしかこうしていたな』と記憶をたどりながら料理や洗濯をしていました。彼らには、お手本となるその記憶がないのです。
とくに集団型の大きな施設の場合は、食堂へ行けば食事が出てきますし、洗濯物を出せば畳まれて戻ってきます。その過程の『どうやって家事をするか』を目にする機会が少ないのです。スーパーで食材を選んで献立を考える姿も見ていませんし、施設にはつねに職員さんがいますから、出かけるときに戸締りや火の元の確認をする習慣もありません。
これは私たちの〝あるある″なのですが、退所したお子さんに企業からの寄付品を送ると、しょっちゅう配達期限切れで戻ってきてしまう。本人に連絡をすると、不在票の意味がわからなくて捨ててしまっているんです。
同じように、ご飯をジャーで何日も保温をするとカチカチになるとか、電気や水道はただでは使えないとか、ご近所の人に会ったらあいさつをするとか、家庭で育った人にとっての『当たり前でしょ』が、彼らにとっては『知らなかった』であることが多いのです。
知らぬ間に闇金に手を出して、自己破産してしまう子どもも多い。
全6回のセミナーのうち、2回に分けて教えているのが、契約手続きや悪徳商法、金銭管理や税金などお金にまつわるトラブル対策です。
就職したばかりですとまだお給料も少ないですし、家庭でお母さんが家計をやりくりする姿を目にしてこなかった子どもが大半ですから、生活費が足りなくなることも多い。そんなときに『電話1本で即日50万円貸します』という広告を見て、利息の意味がわからないまま闇金に手を出し、返済不能になって自己破産してしまう子も少なくありません。
もう一つ、この巣立ちプロジェクトで目指しているのは、〝巣立ち後″のつながりをつくることです。全6回のセミナーでは子どもたちの学びのパートナーとして、同じ人数の社会人ボランティアさんに参加していただいています。
たとえば、就職活動のプログラムでは、ボランティアさんに面接官役をお願いしたり、ご自身の体験談をお話しいただきます。
セミナーの回数を重ねるとお互いに打ちとけてきて、ボランティアさんから仕事のグチやお金の失敗談なんかも出てくる。これが貴重なんです。
子どもたちにとって身近な大人は学校の先生と施設の職員さんだけですから、さまざまな職業や年齢の方と関わりを持つことで、自分が社会へ出たときの心構えやモデルケースを持つことができるようになります。
このボランティアさんとの関わりが“巣立ち後”までつづくこともありますし、私たちの事務局にも“巣立ち後”の相談が持ち込まれることもあります。
先日は、職場を3日無断欠勤している子から連絡がありました。少しずつ事情を聞き出したら、職場の先輩に殴られて鼻の骨が折れたと言うんですね。治療費も払ってもらえないし、職場へもこわくて行けないと。
すぐに退所した施設の職員さんへ連絡をとって職場との間に入ってもらったところ、本人の希望で仕事は辞めることになりましたが、治療費はぶじに出してもらうことができました。
子どもたちとしては、たった6回のセミナーで出会った大人を心からは信頼できないでしょう。それでも、ほかに相談するあてがないから私たちへ連絡してくるのです。
わずかな絆であってもつながりが持てていれば、人生のスタートでつまずく子どもを減らすことができると信じています」
親に頼れない児童養護施設の子どもにこそ、進学や資格取得などのキャリアが大切。
頼れる親がいない児童養護施設の子どもたちにとって、学歴や資格は社会をわたっていくうえで大きな武器になりますが、進学率はまだまだ低いのが実情です。
2015年度はわずか26.5%。全国平均の71.2%の半分にも届いていません(ブリッジフォースマイル「全国児童養護施設調査2016」)。
生活費すべてを自分で稼いでひとり暮しをするだけでも不安があるなかで、奨学金と“巣立ちプロジェクト”のあと押しで、この春ぶじに自立と進学を果たした鈴木翔太さん(仮名・18歳)にお話をうかがいました。
鈴木さんが児童養護施設を退所したのは、今年の3月25日です。ひとり暮らしと同時に保育士の専門学校に入学し、授業とアルバイトでクタクタになって夕食をつくれないまま寝てしまう日もあるそうですが、学校生活について語る表情は自信に満ちていました。
「授業が朝9時からなので、朝6時頃に起きて朝ごはんをつくって食べてから学校に行きます。2時半頃に授業が終わるので、夕方の4時から夜9時までバイトを入れてるんですけど、授業が忙しいと疲れちゃって。施設にいたときはバイトから帰ったら夕食を部屋へ運んでくれてあったから、ホントにありがたかったです」
鈴木さんが暮していた施設は「高齢児」と呼ばれる中学生以上の子どもたちを養育している児童養護施設です。鈴木さんが入所したのは2015年7月、高校1年生の夏でした。
「6月30日が、僕たち兄妹がバラバラになった日です。うちは7人兄弟で、いちばん上が結婚して地方にいるお姉ちゃん、2番目が自分。下が高3年と高1の弟と、妹が中2と中1といちばん下が小学4年生です。保護されたとき同じ施設に空きがなかったので、弟と妹たちはいまも別々の施設にいます」
児童養護施設に保護されるまでは、結婚したお姉さんをのぞく兄妹6人だけで暮らしていたそうです。
「僕が中学校1年生のときに両親が離婚して、お母さんが僕らを引っぱって母子支援センターに入所しました。家族でアパートに移ったあと、お母さんが新しい男の人とつきあっちゃって。
最初はこっちに帰ってきていたのがだんだん減って、僕が中2くらいから週に1、2回帰ってくればいい方になりました。妹たちはまだちっちゃいのにお母さんはいなくて、なんかよくわからなくて(笑)。
僕たちの面倒は完璧に放置状態だったので、みんなで協力して生活するしかなかった」
お母さんが置いていったお金で鈴木さんと1つ下の弟さんが料理をつくり、妹さんたちの面倒をみながら学校へ通っていたところ、お母さんが交際相手のDVでケガを負って警察に相談したことから育児放棄が発覚。児童相談所に通報されて6人の兄妹たちは保護されることになりました。
「はじめは家に戻れるかもって話だったんですけど、お母さんが面倒をみきれないって。8月1日付で正式に児童養護施設に入所しました。それからしばらくは兄妹の行方がわからなくて。別々の養護施設にいると、児童福祉士から許可が出ないと兄妹でもどこの施設に居るか教えてもらえないし、連絡も取れないんです。一緒にどこかへ行っちゃうことがあるからって」
鈴木さんが兄妹の居場所を知ったのは、それから半年後でした。いつかまた兄妹で暮らしたいという希望とともに、幼い妹さんたちの面倒をみてきた経験から「将来は保育士になりたい」という夢が固まっていったそうです。
高校に通いながら放課後も土日もバイトをして100万円貯めた。
鈴木さんは施設に入所して間もなく職員さんから「18歳になったら退所して自立をする」という説明を受け、放課後も土日もアルバイトの日々がはじまったそうです。
「進学希望だったので、入学金も自分で貯めなきゃいけなくて。ファミレスのキッチンでバイトをして、平日は5時から10時。土日は11時くらいから入って上限ギリギリの7時まで働いてました。
僕の居た施設はアルバイト代の9割は貯金して職員さんが通帳を管理するというルールだったので、がんばって月8万円くらい稼いでも、使えるのは8000円くらい。マジでガマンしたから、貯金がマックスで100万円あったんですよ。入学金やひとり暮しの入居費用を払っても、まだ40万円くらい残っています」
高校時代、同級生に進学や自立の悩みはいちども話したことがなかったそうです。
「うーん……やっぱり悩みが違うから。周りの人は親がいて金銭的援助があるけど、自分は期待できないんで。施設の友だちもそれぞれ事情が違うから相談できないし、不安があってもひとりで考えるだけで」
自立して本当に自分ひとりで暮せるのか。18歳になっても自立に不安がある子どもは養護期間を措置延長し、「自立支援ホーム」で暮すこともできますが、将来を考えると施設に頼りつづけることにも迷いがあったと言います。
「ちょうど巣立ちプロジェクトが始まった頃に、やっぱり自立してひとり暮しをしたいと思いはじめたので、セミナーを受けたことが自信になりました。国民健康保険の手続きとか社会保障のこととか、知ることで安心できたことがけっこうあります。
もうひとつよかったのは、大人たちとつながりを持てたこと。いまもラインのグループがあるので悩みがあったら気軽に相談できるし、それはありがたい」
鈴木さんのいまの不安は、1年後に保育実習が始まるとアルバイトができなくなること。
児童養護施設の職員さんをはじめとする周りの大人たちに相談して申請できる奨学金をすべて申請した結果、7つの奨学金をもらえることが決まりました。この貯金で実習中の生活費をやりくりする計画を立てているそうです。
ブリッジフォースマイルの菅原亜弥さんは、「鈴木さんのように将来の目標を早くから立てて、キャリアのために進学を選べる子どもはまだ少ない」とおっしゃいます。
「何かあっても頼れる大人がいない児童養護施設の子どもこそ、安定して働き続けるためのキャリアが必要ですが、どうにも日本の学費は高すぎます。年間の平均授業料は国立で約54万円、私立で約86万円、専門学校で約60万円。自立のための毎月の生活費に加えてこの学費まで背負うとなると、子どもたちの足がすくむのは当然でしょう。
最近では文科省をはじめとする給付金型の奨学金も増えてきていますが、一方で返済型の奨学金しか受けられず、18歳でばく大な借金を抱え込んで破綻してしまうケースも増えています。
私たちの巣立ちプロジェクトでも、今後は奨学金の安全な活用方法や、進学後の生活費の予算建てを含めたキャリア設計に力を入れていく予定です」
この活動に、300万円をカンパしました。
「巣立ちプロジェクト」生活必需品・交換ポイント 300万円
※受講生には、セミナー参加1回につき5000円(全6回参加すると3万円)分のポイントと、皆勤賞でさらに5000円分のボーナスポイントが支給される。 このポイントをもとに受講生が自立に必要な生活必需品を選び、ブリッジフォースマイルから贈るしくみ。300万円はおよそ150人分のポイントとなる。
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